虚(うつ)なる依り代:時空を貫く爆発的成長
「ふむ、ミロンは疾く亡くなりしはずなれど……。生き残りたる魔獣どもに食らはれにけるにや。異界から来たあやつにとりては、トレミエール王国のことなどは、いともおろかなることにこそ。ただ掟を守ることのみを、魂の刻印と心得たれば」
その瞳に慈悲はない。あるのは、悠久の時を眺めてきた者特有の乾いた虚無だ。
「他人の力には侍れど、第二の試練を遂げたれば、いざ、第三の試練へと進まむ。おのが自身の望みのままに、もとの世界へ返して奉らむ。されど、汝らがわらわの相転移の法を受けて、命ながらへてあらばこそ――『相転移』!!」
不吉な宣告と共に、カグナールを中心に『相転移魔法』が発動した。
大気が震え、空間そのものが悲鳴を上げる。土に含まれる鉱物、空気中の水蒸気、窒素、炭素、酸素……それらすべてが、物理法則を無視して変質していく。
固体から液体、液体から気体、気体からプラズマ。そして、プラズマから純粋なエネルギーへ。 暴力的なまでの奔流が、世界を、物質を、存在を摺りつぶしていく。
「くそっ……! 『籠獄』!!」
俺はとっさに竹の檻を再構築し、リナを抱きしめるようにしてその中へ飛び込んだ。
だが、この程度の防御で防げるエネルギーではない。檻の竹が、暴風雨に晒された枯れ葉のように、ミシミシとひび割れていく。
(カグナールはどうやってこのエネルギーの渦に耐え、時空を超えたんだ……!?)
思考を加速させる。何かがあるはずだ。竹、サンカ、そしてこの場所。 ……そうだ、竹だ!
古来より、竹は聖域を仕切る結界であり、その「虚」なる空洞は、神霊が天から降り立つ際の依り代だと考えられてきた。異常なまでの成長速度は、死の世界である「黄泉」を振り払う、爆発的な「生のエネルギー」の象徴。
(試す価値はある……!)
「異界との惜別、空なる内へ! 我らを包む成長速度よ、節目を乗り越えさせたまえ!!」
俺はクナイで手の平を切り裂き、その鮮血を竹の隙間から地面へと滴らせた。
「タクミ!? 何をしてるの!?」
怯えるリナを、俺は力強く見つめ返す。
「賭けだ。この場所には、竹の地下茎のネットワークが張り巡らされている。俺たち『サンカ』の血が引き金になれば……爆発的な成長が始まる。この『籠獄』を竹の空洞へと誘う結界にするんだ!」
かつて、この場所で時空転移が行われたはずだ。竹の中から現れたカグナール自身が、その証拠。
そして、俺達は賭けに勝った。
血が土に触れた瞬間、地鳴りとともに筍が突き出し、異常な速度で成長を始めた。
周囲の竹が『籠獄』を包み込むように重なり合い、巨大な一柱の竹へと同化していく。俺たちはその「虚」――絶対的な静寂に満ちた空洞の中へと閉じ込められた。
外側ではエネルギーの暴風雨が吹き荒れ、物質が粉砕され、波動へと変換されているはずだ。
だが、この内側は驚くほど静かだった。変換されたエネルギーを、この巨大な竹そのものが成長の糧として吸収しているのだ。
浮遊感。 まるで高速エレベーターに乗っているようだが、重力という位置エネルギーさえもが吸収されているのを感じる。
やがて、空間の限界点を超えた。
大きく揺らいだかと思うと、一転して竹が急激に収縮を始める。溜め込まれたエネルギーの放出。
「……っ!」
真っ白い、何も存在しない空間に放り出された。
飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、光の裂け目を見つけ出す。そこへ、泥沼を這うような執念で潜り込んだ瞬間――俺の意識は闇に落ちた。
◇ ◇ ◇




