現代版・竹取異聞:天の羽衣は忘却を纏う
いよいよ最終回となりました。最後までお付き合いください。
「元の世界へ返らむ代償――それは、この地にて歩みしすべての足跡、勇士らが紡ぎし絆の記憶を、根こそぎ奪ひ去ることなり」
荒れ狂う『相転移』の渦の中、ルナ・カグナールは誰に聞かせるともなく、昏い追憶に唇を歪めた。
「をかしからずや。背を預け、命を賭して戦ひ、信と愛みにて結ばれたる汝らが、もとの世界にては名さへ思ひ出せぬ赤の他人となりて、ただ空しくすれ違ひゆく。真名の呪縛だに逃れたる心の通ひ路さへ、すべては空ろなる平穏に呑み込まれぬるなり」
彼女は相転移によってすべての物質が成り果てへと変じ、瘴気の森と化したかつての領地を、冷ややかに見下ろす。
「いざ、三つなる験――それは奪はれたる記憶を取り戻すこと。かつてわらはがこの世の恨み、怒り、絶望のすべてを置き去りにして、日本といふ異界にて溢るる慈しみに育まれ、与へられたる試練を富や権力に形作られたる偽りの愛ならで、命を賭して真摯に励みし蘭破と真の愛を得て、子だに為したといふに……。
やはり、この世に騒乱起これば呼び戻されにけり。『天の羽衣』――竹の節の中に封ぜられたる記憶の欠片に触れたがために。
こなたらも同じことなるべし。……さて、今の彼らにとりては、世界を救ひし伝説も、命を懸けて守り抜きし絆も、昨夜見たる『覚えなき夢』にだにならじ。
ただ、『ハタムラ』の『真名縛り』をも破りしタクミ、そしてリナの絆。二人の恋の行方こそが、忘却に抗ふ鍵となるか、あるいは叶はず、空虚なる日常に埋もれ ゆくか? せめてもの慰みに、縁だけは刻みておかむ」
ルナ・カグナールの眼前には、エネルギーの暴風雨が止んだ後の、圧倒的な虚無が広がっていた。
「……この景色は、わらはに課せられたる罰なり。殺戮の世界に生きたる記憶は、美しきのみにあらず。渇望せしはずの愛しき人との平穏こそ、いと退屈なるものなりけり――」
◇ ◇ ◇
次に目が覚めたとき、俺は自宅の庭に生えた竹の傍らで、ボロボロの制服を纏っ
た姿で倒れていたらしい。
戦闘で負った傷は「比礼」や「シノガラポーション」のお陰で痕が残らず、ボロボロの制服だけが異世界の名残であり、向こうの世界で手に入れた鎖帷子やマジックバックル、比礼はこちらの世界に転移することは出来なかったようだ。
「らしい」というのは、なぜそこで倒れていたのか、その間の記憶がまったくないからだ。
ただ、妙な夢を見ていた。
顔に靄がかかったような、名前も思い出せない五人の男女と共に、何か理不尽な運命に抗っていたような……。
結局、中間テストの勉強によるストレスと過労で、夢遊病のように徘徊していたのだろう、という結論で落ち着いた。 だが、おかしいこともある。
(うちの庭に、あんな立派な竹なんて生えていたっけ……?)
不思議に思っても、家族や近所の人は誰も疑問を抱いていない。。
「竹っていうのは、条件さえ揃えば一晩十メートル伸びることもあるからな」 そんな笑い話で済まされている。
翌日。中間テストの最終日。 試験を終え、これ以上ないほどに弛緩していた放課後、担任の先生が修学旅行の班分けを提案した。
「気の合う者同士だと揉めるからな、くじ引きで決めるぞ」
クラス委員が急造したくじを引いていく。俺はというと、別に同じ班になりたい奴もいなければ、憧れのマドンナもいない。
その結果、俺の班のメンバーは、勉強もスポーツも平均以下。いわゆる「圧倒的モブキャラ」の集団だった。
そして、なんの感慨もなく修学旅行の日を迎えた。
京都の街中。グループ行動の俺たちは、名所・嵐山を散策していた。
俺はといえばグループから少し離れ、つまらなそうにスマートフォンの画面に目を落としながら、雑踏の中を歩いていた。
これが終わったら「期末試験」「夏休み」そして「学祭」。 頭の中にあるのは、そんな「平凡で平穏な人生」の断片ばかりだ。
ふと、反対側から歩いてくる一人の生徒と肩が触れそうになる。
――同じ華嶺高校の制服。リナだった。
二人は文字通り、至近距離ですれ違う。
かつて背中を預け合い、互いの名を呼び、心が通い合った二人の距離は、今はわずか数十センチ。
だが、俺の目に映ったのは「見知らぬ他クラスの生徒(通行人)」であり、リナが感じたのは「どのクラスの人?」という程度の、砂粒のような淡い印象だった。
互いの名は喉の奥まで出かかって、そのまま忘却の彼方へと溶けていく。
その時、土産物屋のデジタルサイネージに、竹林の小径の広告が流れた。
ライトアップされた竹林が風に揺らぎ、幻想的な緑の光を放っている。
「……あっ」
俺の足が止まった。
なぜか胸が締め付けられるような、言いようのない喪失感に襲われた。
同時に、数歩先でリナも振り返っていた。
二人の視線が、一瞬だけ交差する。
もし、ここでルナ・カグナールが言った「竹の節の中の記憶」に触れることができたなら。もし、このありふれた景色の中に、あの「異世界」の残像を見出すことができたなら――。
「すみません。どこかでお会いしましたっけ?」
俺が声を絞り出そうとした瞬間、海外旅行客の団体が騒ぐ喧騒に、すべての音はかき消された。
お互いに再び、逆の方向へと歩き出す二人。
第三の試練を乗り越えるのは、そう容易なことではなさそうだ。
それでこそ現代版『竹取物語』。
その様子を、カグナールはどこかで冷笑を浮かべながら眺めているに違いない。
(完)
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
『現代版・竹取異聞:天の羽衣は忘却を纏う』、ここに完結となります。
異世界での大戦を終え、元の世界に戻る代償として支払われたのは「絆の記憶」。
かつて命を懸けて戦った仲間たち、そして心を通わせたリナとも「ただの他クラスの生徒」としてすれ違ってしまう……。神道において神域の結界であり、時空の依り代でもあった「竹」が、現代の日常に静かに佇むラストシーンはいかがでしたでしょうか。
誰もが知る『竹取物語』の「天の羽衣を羽織ると地上の記憶をすべて忘れてしまう」という切ない設定を、異世界の因果、そしてサンカの呪縛を巡る「試練」として再構築してみました。
喧騒にかき消されたタクミの言葉、そして振り返ったリナの視線。
ルナ・カグナールが仕掛けた「第三の試練」を二人が乗り越え、いつか忘却の彼方から本当の「真名」を取り戻せる日が来るのか――。そんな二人の未来に、少しでも想いを馳せていただけたなら幸いです。
ここまで読んでくださった皆様の応援が、何よりの執筆の励みになりました。
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また別の物語、あるいはこの忘却の続きでお会いしましょう。本当にありがとうございました!




