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自我を繋ぐ「真名」の鍵

「逃がさねえよ、タクミ!」

 ヤスシが地面を叩くと、俺の足元が泥濘ぬかるみと化し、自由を奪われた。

 土魔法『グランド・メルトダウン』。

 ずぶずぶと膝まで泥に沈み、身動きが取れない。そこへ、頭上からキヨシの放った巨大な岩石が降り注ぐ。俺は竹槍を地面に突き立て、その弾力を利用して棒高跳びの要領で強引に真横へと跳んだ。

「凍てつきなさい……」

 逃げた先には、カレンが展開した広域魔法が待ち構えていた。氷結爆弾『フロスト・バースト』。

 すべてを凍てつかせる冷気が四方に弾ける。空中で体勢を崩していた俺の腹と太ももを絶対零度の魔力が掠め、触れた忍者装束や鎖帷子がパキパキと音を立てて砕け散った。

 鎖帷子の内に「比礼のサラシ」を巻いていたおかげで皮膚の壊死こそ免れたが、冷たいというより、肌を裂かれるような激痛が走る。

 痛みを感じた瞬間、俺の脳裏に「シノガラ」に刷り込まれた「冷徹な真名の呪詛」が木霊した。

(殺せ。シノガラに仇なす者は、誰であろうと屠れ。ハタムラの掟こそが絶対なり――)

「ぐあぁぁっ!」

 俺は咆哮した。それは苦痛によるものではなく、精神を乗っ取ろうとする呪いへの抵抗だった。

 竹槍を握る手に力がこもり、節がミシリと悲鳴を上げる。

 視界が不気味な赤に染まる。仲間たちの動きが、スローモーションのように手に取るようにわかった。どこを突き、どの関節を外せば、最短で彼らの息の根を止められるか。その「正解」が、無慈悲な知識として脳内に溢れ出していく。

 「覚醒」「ゾーン」「無我の境地」。表現は何でもいいが、それは俺をただの「殺人マシーン」へと引きずり込もうとする深淵だった。

「……やめろ、俺は……こいつらを……!」

 再びシオンが踏み込んでくる。今度は俺の喉笛を狙った、逃げ場のない一撃。

 だが、俺の体は意思を無視して動いた。竹槍の石突で地面を叩き、その反動でシオンの懐へ潜り込む。最短距離。槍を振るうまでもない。空いた左手でシオンの顎を打ち抜き、意識を断とうとしたその時――。

「タクミ、ダメ!!」

 リナの叫びが響いた。

 その声にわずかな隙が生じる。背後からヤスシの土魔法が俺の背中を強打した。

 吹き飛ばされ、地面を転がる俺。周囲を囲む四人。そして、その様子を特等席で見物する龍魔王カグナール。

「……くっ、これが『試練』だってのかよ……」

 俺は口端の血を拭い、再び竹槍を構えた。

 仲間たちの瞳には、まだ正気に戻る兆しはない。俺の意識は、深淵へと引きずり込まれようとしていた。「ハタムラ」の掟、殺戮の本能、そして「シノガラ」の暗き情動が、俺という個人の境界を侵食していく。

 四方から迫る猛攻。シオンの剣が空を裂き、カレンの氷刃が肌を削る。だが、俺の体は冷徹な戦闘機械と化し、最小限の動きですべてを回避しながら反撃の機を窺っていた。

「……もう、無駄な抵抗はやめろ……ッ!」

 内なる獣が、仲間の喉笛を食い破れと叫ぶ。その時、突き飛ばしたはずのリナが、死地を潜り抜けて俺の懐に飛び込んできた。

「タクミ、自分を捨てないで! 呪いに負けないで!」

「離れろリナ! 俺は……俺じゃなくなる!」

 振り払おうとした俺の胸ぐらを、リナは力強く掴んだ。その瞳を真っ直ぐに見つめて叫ぶ。

「私は知ってるの! 真名の呪詛の解呪方法を。タクミ、あなたの真名を思い出すの! 何かヒントがあるはずよ。シノガラの戦士と認められた時に授かる名が……! 思い出して、本当のあなたの名『真名』を――!」

 竹蔵のこともそうだが、シノガラの技が飛躍的な進歩を遂げた背景にこの異世界が絡んでいるとしたら……。

 脳裏をよぎったのは、秋山先生が古文の時間に語っていた言葉だ。

『竹取物語のかぐや姫は、月からじゃなくて異界から来たお姫様だという説があるの。無理難題を吹っかけて男を振る物語じゃなくて、本当は試練を乗り越えた男と結ばれる物語……。その元ネタと言われているチベットの伝承「斑竹姑娘ばんちくこじょう」こそが、真実の物語なのよ』

 そして、目の前の龍魔王の名は、かぐやを連想させる「カグナール」。 偶然ではない。すべてはこのカグナールに繋がっている。


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