傀儡(くぐつ)の勇者たち:真名(まな)の呪縛
俺から膨れ上がる尋常ならざる殺気に、カレンたちが怯える。
「……タクミ、あなたがその『シノガラ』のメンバーなの?」
リナが恐る恐る尋ねてきた。
だが、その問いに俺が答えるより早く、カグナールの唇が不自然に動いた。
『我が名はロザリア・トレミエール。我が名において命ずる。龍魔王は死んだ。最後の命令――勇者同士で殺し合いなさい』
その声は、王女ローズ・トレミエールのものと瓜二つだった。間違いない、これはシノガラの術『声化け』だ。内側から湧き上がる抗いがたい衝動に翻弄されながら、俺はその「声真似」の真意を測りかねていた。
しかし、その声を聴いた途端、カレン、シオン、ヤスシ、キヨシの瞳から光が消えた。自我を失い、虚ろな、それでいて底知れぬ殺気を漲らせた目へと変わる。
「……殺られる前に、殺るんだ」
シオンが『縮地』で肉薄し、いきなり俺に斬りかかった。精彩を欠くその動きをわずかに左へ飛んで回避する。だが、着地しようとした地面から棘のような土柱が突き出た。俺は竹槍でそれの頭を弾き飛ばし、足場にして空中へ逃れた。
しかし、そこにはカレンが放った氷の弾幕が待ち構えていた。
(二、三発は食らうな……!) 竹槍を構えて覚悟を決めたその時、空中で逃げ場のない俺の腕を、何者かが掴んだ。
リナだった。彼女だけは正気を保っているのか。
追撃が迫る。俺はリナに掴まれたまま竹槍を高速回転させ、穂先と石突の節の部分で氷弾を受け止めた。竹の空洞に氷を誘導し、遠心力でカレンたちへと投げ返す。
仲間たちはそれぞれ、自身の得意魔法で反射された氷弾を迎撃した。どうやら奴らの第一標的は俺らしい。
一方で、俺の心の内側では、助けてくれたリナに対してすら激しい殺意が湧き上がっていた。暴れ出そうとする右手を、リナを払い退けて、左手で必死に押さえつける。
「リナ! 俺から離れろ!!」
落下しながら、俺はカレンたちの範囲魔法の射程に晒される。
その様子を遠巻きに見つめる龍魔王の目は、酷く穏やかだった。
「サンカの里の翁が慈しみと真実の愛情で結ばれたことにより、その情けに育まれ、瘴気に狂いし我も、ついに本心を取り戻したり。
もはや勇者らへの怨念は露ほどもなし。されど、この者らの絆を再び結ばんがためには、三つの試練が待ち受けたり」
彼女は独りごとのように、淡々と「理」を説く。
「其の一、四天龍魔を筆頭とする魔獣らとの軍に打ち克つこと。
其の二、勇者が『真名』の呪縛に絡め取られし四人、更にはシノガラの掟を護らむと真名に繋がれしタクミ……これら己が身を呪いより解き放つことなり。
さなくば、よしんば元の世に帰りつくとも、互いに殺め合う定めとならん。そして三つには……。いや、二つ目を越えずば詮なきこと。ここで朽ち果てるも、またこの者らの定めなれば」
かつてカグナールもまた、真実の愛を求めた求婚者に難題を与え、それを乗り越えた者と結ばれたという。
サンカの伝承において、その物語は『斑竹姑娘』として語り継がれている。「富や権力で成す偽りの愛への断罪。そして、命がけで難題に挑み、乗り越えなければ本当の愛は得られない」という教訓とともに。
カグナールの宣言が遠くに聞こえる。元に世界に帰る為に乗り越える三つの試練? 四天龍魔の率いる魔獣に打ち勝ち、真名に縛られた魂の解放? そしてさらに一つ。
だがその最後を考える刹那の時間さえない。
空中から着地する間もなく、俺を囲む大気の密度が跳ね上がった。
自我を失い、人形のように虚ろな瞳をした仲間たちが、それぞれの武器と魔法を構える。かつて背中を預け合った信頼は霧散し、そこに渦巻いているのは「タクミを殺す」という純粋な殺意だけだった。
「リナ、離れてろって言ってるだろ!」
俺は自分の中に沸き上がる、リナの喉元を掻き切りたいという衝動を必死に抑え込み、彼女を突き飛ばした。その直後、俺がいた地面が爆発した。
「……排除」
短く呟いたシオンの姿が、かき消えるような速度で眼前に現れる。
『縮地』から火属性の魔力を乗せた神速の刺突。俺は手にした竹槍を垂直に立て、その切っ先をわずか数ミリのところで受け流した。金属が擦れ合う不快な音と共に、鮮烈な火花が散る。
シオンの剣筋は、普段の冷静さを欠いている分、逆に予測不能な暴力となって荒れ狂っていた。
数合打ち合ううちに、俺の竹槍は何本も砕け散り、地面に無残にバラまかれていく。 マジックバックルから新たな竹槍を取り出し、距離を取ろうとバックステップする俺に、さらなる魔法の兆候が迫る。




