天衝幽玄流の極致:因果を飛ばす一撃
青龍が退屈そうに溜息をつき、ようやく剣を抜いてシオンの鼻先へ向けた。
「異界の勇者よ。言い残すことはあるか?」
「……まだ、未完成の奥義があるわ」
追い詰められながらも、シオンの瞳は死んでいない。むしろ爛々と闘志を燃やしていた。
そこへ、リナの放った二本の竹矢が鋭く割り込む。
青龍はそれを軽快に躱すと、視線だけを上へと向けた。
崩壊したテラスから戦況を見守っていた俺たちと、青龍の視線がぶつかる。
「『虚実一閃』……、隙を突いたつもりだったのに」
リナが不満げに零すが、無理もない。青龍の放つ覇気は、武道の達人が展開する不可視の境界――「制空圏」そのものだ。その領域に踏み込めば、虚実を織り交ぜた攻撃すら看破される。
だが、シオンを見捨てるという選択肢はない。
俺たちは土が剥き出しになった廃墟のホールへと飛び降りた。
青龍は深追いせず、すっと距離を空けて場所を譲る。
「ふん。そこの男はそこそこやれるようだが、前勇者『タケゾウ』には程遠いな。ヒロンとミロンはお前たちがやったのか? 共通の恨む敵を持つ者として手を組んだが、所詮はヒューマン。こんな未熟者に後れを取るとは、期待外れもいいところだ」
俺たちを値踏みするように、青龍の爬虫類めいた縦長の瞳が細められる。
ステータスやスキルを見抜く鑑定眼か?
俺も相手の器量を測る心得はあるはずだが、奴の底知れなさは計り知れない。
抜身の剣を構えた青龍と対峙し、俺の体は微かに震えた。これが恐怖なのか、あるいは強者と対面したことによる武者震いなのか、自分でも判然としない。
仲間たちも同様らしく、ヤスキヨに至っては腰が引けている。
脳内で警報が鳴り響く中、俺がみんなを庇うように一歩前へ出ようとした――その時。 俺の肩を押し退け、シオンがふらつきながらも剣を構えて前に出た。
「……貴方の剣技は見切ったわ。天衝幽玄流が求める『理想の剣』なら、貴方を倒せる。不可能だと思っていたけれど、今の私なら、それを体現できる。……貴方に、これを躱す術はないわ」
シオンは正眼に構え、静かに呼吸を整える。その佇まいはあまりに静謐で、嵐の前の静けさを思わせた。
青龍も何かを感じ取ったのだろう。 シオンのゴット・ファングの形状を最大限に生かした究極奥義――「最速の突き」を警戒し、迎撃の構えを取る。八相の構えから魔力を纏わせ、切っ先を鋭くシオンへと向けた。
「限界突破――『絶空斬』っ!!」
シオンが鋭い気合と共に息を吐く。
だが、彼女はその場からピクリとも動かなかった。……そう見えた。
一拍遅れて、青龍の胸から鮮血が噴き出した。
「「「な、なっ……!?」」」
青龍だけでなく、俺たちまでもが目を疑った。何が起きたのか理解できない。
青龍は信じられないといった表情で胸を押さえ、膝から崩れ落ちた。
これこそが「天衝幽玄流」の到達点――「過程」や「軌道」を排除し、「斬り終えた(刺し終えた)」という結末だけを現実に固定する、概念上の剣。
「限界突破」による剣人一合の境地にあって、初めて成し遂げられる神業だった。
突然、キヨシが手を打った。
「そうか! シオンさんのスキル『テレポーテーション』や!」
「流石ね、オタクのキヨシ。その通りよ……」
シオンは短く肯定すると、精根尽き果てた様子でその場に座り込んだ。
俺やリナ、カレンにはまだ理屈が呑み込めない。疲弊したシオンに代わり、キヨシが解説を引き継ぐ。
「テレポーテーションとワープは似てるけど、原理が全く違うんだ。ワープは空間を曲げて二点を繋ぐ『移動』だけど、テレポーテーションは物体の『位置交換(入れ替え)』なんだよ。「宇宙戦艦」や「レールガン」やと常識やな」
「なるほど……。で、さっきの『刺した結果だけが確定した』っていうのは?」
「シオンさんは自分自身じゃなく、『剣』を青龍の胸の内に転送したんだ。刀の刃と、その場所にあった青龍の血肉を入れ替えた。だから、物理的に『斬る』というプロセスを経ずに、内部から破壊したわけさ」
「そんなことが……!」
「普段だと空気と自分の体を入れ替えるから無意識にできてるんだろうけど、自分じゃない刀身と生身の血肉相手に位置交換を行うのは、魔力の消費が尋常じゃないはずやな」
「ヤスシの言う通りよ。剣と私の境界が無くなる人剣合一の『限界突破』がなかったら、一生成功しなかったと思うわ」
シオンがようやく重い腰を上げた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴオオオッ!!
大地を揺るがす轟音が響き渡る。




