虚実一閃:死を運ぶ無音の矢
この竹は、ミロンの『ブラック・ライトニング』が持つ性質――すなわち『最小単位の死』とその『連鎖』を受け継いでいる。
だが、その死の力は切り口にしか宿らない……いや、違う。
竹の天然成分である『竹オイル』そのものが、あの絶対的な死の成分を内包しているんだ。
あの忌まわしきコールタールの沼を、地下茎の段階で取り込んでいたということか。
「――そうと分かれば、やりようはある」
俺はヒロンに向けて数個の煙玉を叩きつけた。
当然、依り代の壁に阻まれたが、それでいい。目的は爆煙と光によってヒロンの五感を封じることだ。
その隙を突き、俺は足元に落ちていた二本の矢を素早く拾い上げた。
クナイを走らせ、一本の矢先に細工を施す。それを、ヒット&アウェイでワイバーンと対峙していたリナへ、竹筒に入れて投げ渡した。
リナは竹筒に収められた二本の矢の意図を瞬時に察し、短く頷いて俺の傍らに舞い降りた。
後は彼女が継ぐ、時津風流の実力を信じるだけだ。
かつて鵺を退治した源頼政は、暗闇の中で姿の見えない怪異を『心眼』によって射抜いたというが……。
リナは全神経を研ぎ澄ませ、煙の向こう側を凝視する。
「――南無八幡大菩薩」
祈るように唱え、弦を引き絞る。
放たれた矢が煙を切り裂いて飛翔した。
風を切る音に反応し、旋回していた依り代が動く気配が伝わる。そして――肉薄した依り代に矢が突き刺さる、鈍い音が響いた。
だが、その刹那だった。
「ぎゃあああああああッ……!?」
鼓膜を突き刺すような悲鳴と共に、何かが崩壊する音が周囲に反響した。
同時に、あれほど執拗だった依り代たちの気配が霧散するように消えていく。
リナが風魔法を放ち、充満していた煙を吹き飛ばした。
視界が開けた先には、胸を深く射抜かれ、地面に横たわるヒロンの姿があった。 その周囲には効力を失い、黒く変色した依り代が散乱している。
「時津風流秘奥義――『虚実一閃』」
リナが静かに呟いた。
俺もその技の名を知っていた。リナがそれを習得しているかどうかは賭けだったが……俺の勝ちだ。
二本の矢を同時に放ち、囮である一本目の影に本命の二本目を潜ませる。
二本目には、俺が竹オイルが染み出しやすいように細工を施していた。さらに、その加工は『シノガラ秘伝』のフクロウの羽を模した切り込みにより、風切り音を消した『無音の矢』となっている。
依り代が一本目に気を取られた瞬間、死の成分を纏った二本目が防壁を潜り抜け、標的の胸へと吸い込まれたのだ。
やがて、ヒロンは矢の刺さった箇所から黒く侵食され、消滅していく。
その光景を眺める俺の心は、酷く冷めていた。
だが、リナの呟きで我に返った。
「どんな事情があったのか知らないけど……竹蔵さんに裏切られたって言ってたよね。本当は、戦いたくなかった。でも、やらなきゃやられるんだよね。……私、やっぱり非情になりきれないなぁ」
「……リナの言う通りだと思う。勝つか死ぬか、本当にその二択しかないのか」
(「シノガラ」の「ハタムラ」は命より重い。けど、俺を縛るその理は、一体どこにあるんだろうな……)
後半は言葉にしなかった。ただ、俺はこの仲間たちを失いたくない。それだけだ。
そんな重い空気を振り払うように、カレンたちが駆け寄ってきた。
「タクミ! 足から血が出てるじゃん! 『アルティメット・ヒール』! ……ふふん、どう? あたしがいて良かったでしょ」
「ミロンがおらんかったのは幸いやったけどな」
「ミロンと青龍がいっしょにおったら、流石のシオンでも荷が重いで」
ヤスキヨの発言に、再び緊張が走る。
「ああ、カレンのおかげで万全だ。すぐにシオンを追いかけるぞ!」
「「「うん!」」」
難しいことは後だ。 今はただ、この仲間たちに害が及ばないことだけを願い、俺たちは城の深部へと駆け出した。
◇ ◇ ◇




