竹花の髪飾りが呼ぶ、血の奔流
シオンはすでに『縮地』で跳んだ先で、静かに刀を鞘に納めながら首を傾げている。
「おかしい。手応えが……」
血だらけのはずのカムイは、一度だけ短く鳴くと、何事もなかったかのように雄々しく翅を広げた。
「ふーっ。治癒能力、あるいは再生能力ですか? それにしては、手応えそのものが希薄だったような……」
地上で対峙するシオンとカムイ。そして、後方で二人を見守るヒロン。ヒロンが何かを画策しているように印を結んでいる。
その緊張感の中に、カレンが俺とプラムを連れて転移で割り込んだ。 シオンと睨み合うヒロンを見た瞬間、プラムが驚愕の声を上げる。
「なんで……お梅がワイバーンを駆ってるんだ!?」
「お前は、プラムか? ふん、竹蔵に裏切られたのよ! 『ハタムラ』だかなんだか……知りすぎたと言われてな。だから復讐してやることにした。この世界そのものにな!!」
「何をわけのわからんことを……!」
「うるさい。話はここまでだ。陰陽師『ヒロン』の真骨頂を、これからお見せする。――急急如律令、出でよ式神!」
ヒロンの呪文が響くと、巨大ワイバーン『カムイ』の姿が揺らぎ、無数の人型の依り代へと変貌していく。 さっきまでの巨体は、呪力によって形作られた実体のない魔獣に過ぎなかったのだ。
「実体がないから私の剣が届かなかったわけ? だったら、今度はその依り代を斬るまでよ」
シオンが愛刀『ゴッド・ファング』を正眼に構える。
俺は二人のやり取りから、ヒロン――お梅がサンカの『シノガラ』の秘密を知ってしまったのだと悟った。それで絶対的掟である『ハタムラ』による粛清か。だが、竹蔵は世界が違い情が移り殺しきれなかった。ならば、俺がその掟を執行すべきなのか……。
そこまで思考が及んだ時、何者が心に呼びかけ、感情が急速に冷えていく。お梅を完全な敵と認識した。
この印は徳川時代の術式を用いた召喚呪術。剣には剣をか? その気配を感じ取った俺は、シオンに向かって走り出していた。
「天なる轟雷、地なる鉄火。一弾に魂を込め、標的を断て。――火縄武者、推参! 急急如律令!」
ヒロンの詠唱が完了する。 彼女の周囲を舞っていた依り代が、火縄銃を構えた鎧武者へと姿を変えた。銃口には青白い呪いの火が灯り、一斉に引き金が引かれる。
「銃だと?! 危ない!」
予想の外れた俺はシオンを突き飛ばすように飛び込んだ。 陰陽道ゆかりの呪力の塊である『青い光線を引く弾丸』が、シオンの残像を撃ち抜く。
躱したと思ったのも束の間、弾丸は絶え間なく放たれていた。シオンが我に返り「ファイアウォール」で防御を展開したときには、すでに俺の右足のふくらはぎを一発の弾丸が貫通していた。
「くっ……!」
苦痛に思わず声が漏れる。だが、それ以上の驚きが俺を襲った。
横たわる俺の足元から、溢れ出した鮮血が光の奔流となって地面を迸っていく。 なぜ、俺の血に反応して魔力が駆け巡るのか――。
……ああ、そうか。 以前、ここで賢龍に襲われた際、カレンに渡したはずの「竹花の髪飾り」を落としていたんだ。
この地下には、竹の地下茎が縦横無尽に広がり、芽吹く瞬間を今か今かと待っていたのだ。
「『地下茎は繋がり、理は一つ。此の節を飛ばし、次の節へ芽吹け。――叢生転移』」
俺の詠唱とともに、竹が爆発的な勢いで成長を開始する。
鎧武者たちを串刺しにしたまま、それは瞬く間に20メートルに達する成竹へと姿を変えた。 貫かれた鎧武者たちは元の依り代へと戻り、見る間に黒く変色して、朽ち果てるように消滅していく。
竹林の向こうで、ヒロンが呆然と立ち尽くしていた。
しかし彼女はすぐさま、残った鎧武者たちに呪力を送り込み、俺たちへの一斉射撃を再開させる。
俺はマジックバックルから竹の束を取り出し、盾とした。
かつて長篠の戦いで織田軍が用いた『竹束』。鉄砲の弾丸を防ぎ、騎馬隊の突撃に対抗するための可動式防壁だ。
ド、ドォン!
鈍い音を立てて呪力弾が着弾するが、そのエネルギーは竹に吸い込まれるように消えていく。この竹は魔力だけでなく、呪力すらも吸収する性質を持っているようだ。
俺は素早く『忍びポーション』と『比礼の包帯』を取り出し、足を撃ち抜かれた傷に応急処置を施す。




