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地平を埋める魔獣と、一筋の鮮血

 斥候からの「魔獣の群れは集結したまま動きを見せていない」という報告を受け、俺たちは行動を開始した。

 セラム城塞都市から、かつてミロンの『ブラック・ライトニング』を喰らって撤退を余儀なくされた因縁の地へ。カレンの転移魔法が、一瞬で俺たちを戦場へと誘う。

 目の前には、視界を遮るほどの漆黒の霧が立ち込めていた。

 その先から伝わってくるのは、想像を絶する魔獣の気配。さらに遥か後方には、巨大な影――飛龍の姿も確認できる。

「……これ、俺の出番はなさそうだな」

 これほどの数だ。ちまちま戦うより、大規模魔法で一気に蹴散らすのが手っ取り早い。

 カレンとリナも同じ結論に至ったのだろう。二人が静かに前に出た。リナはすでに宙へと浮遊し、弓に矢を番えている。

 足元に広がるコールタールの如き沼の危険性は、身をもって知っている。そして第六感が告げていた。この不気味な黒霧も、同様に死を招くものだと。

 霧を挟んだ睨み合いが、数時間続いた。

 やがて、陽光に押されるように霧が晴れ、戦場の全貌が露わになる。

「……見たままを言うわね。地面が見えない。全部魔獣よ」

 リナが、色を失った顔で告げた。

 幅百メートルほどの回廊状の地の地平線の彼方まで魔獣の背中で埋め尽くされている。

 チッ、ここから『瘴気の森』まではまだ十数キロある。これらをすべて掃除しなければ、目的地に辿り着くことすら叶わないというわけか。

 そんな絶望的な思考を、リナの鋭い声が切り裂いた。

「巨大な魔法陣が……!? ――嘘、数百メートルにわたって魔獣が消えたわ!」 「ミロンの移転魔法ね! 行先は……まさか王都じゃないでしょうね!?」

 カレンが、かつて魔法陣から魔獣軍を率いて現れたミロンの姿を苦々しく回想する。

「……消えたのは一部。残っている数は、その十倍以上だ」

 シオンが冷静に戦力を分析し、聖剣の柄に手をかけた。

「わいらはどないする? 牙城を叩くんか、それとも王都の守りに戻るんか?」

「あたしたちに下された命令は、龍魔王の討伐よ」

 カレンの決然とした言葉に、俺たちは深く頷いた。狙うは首魁のみ。

「それじゃあ、私から先制攻撃よ! 『トルネード・アロー』っ!」

 宙舞うリナが、暴風を纏った矢を連射する。

 密集していた魔獣どもは風の刃に巻き込まれ、細切れになって飛散した。瞬く間に数筋の道ができるが、それも束の間、後ろから押し寄せる魔獣がすぐに穴を埋めていく。

 後ろからの圧力に押し出され、前方の魔獣が「ところてん」のようにこちらへ溢れ出してきた。どうやら、手強い個体は後方に控えているらしい。

 ついに漆黒の沼が完全に消失した。

 死を恐れる魔獣たちが、後方からの圧力に突き動かされ、狂乱状態で突進してくる。

「烏合の衆が……『ボルテックス・インフェルノ』! 『アビス・フレアー』っ!!」

 シオンの放つ火柱が天を突き、カレンの冷気爆弾が魔獣の群れへと叩きつけられて氷漬けになる。

 返しの刃で放たれた横薙ぎの一閃が、紅炎の波紋となって周囲を焼き尽くす。

 先頭の魔獣たちが消し炭へと変わるが、それでもなお、後続の勢いは衰えない。

「くっ、元凶の飛龍ヒロンを叩かなければ埒が明かない! カレン、リナ、ここは任せたわ!」

 シオンは短距離転移『縮地』を繰り返し、魔獣の海へと躍り込んだ。

 彼女が跳ねるたびに巨大な火柱が上がり、炎の波紋が広がる。それはまるで、水面を跳ねる石が描く「水切り」の軌跡のように鮮やかで、そして致命的だった。

「もう、シオンったら無茶ばっかり! 怪我する前に追いつくわよ!」

 カレンが氷の礫をマシンガンの如く乱射し、その傍らでヤスキヨたちが石礫を打ち出して援護する。

 俺はといえば、夾竹桃の毒を吸った白竹槍を手に、弾幕を潜り抜けてきた魔獣の急所を突いていた。だが、正直に言って打ち漏らしも少なくない。

 魔力を持たない俺が、賞味期限ギリギリの竹を振り回したところで、辺境伯軍のブッシュやアッシュといった猛者には遠く及ばないのだ。

 そして――ついに、竹に宿っていた魔力が底をついた。

 身長三メートルを超えるオーガの喉を突いた瞬間、衝撃で竹が砕け散る。

 毒槍の刃は分厚い鱗一枚に阻まれ、致命傷には至らなかった。

 振り下ろされる巨腕。余裕を持って回避したつもりだった。だが、肉厚な指の隙間から隠されていた鉤爪が飛び出し、俺の右腕をざっくりと切り裂いた。

「ぐっ……!」

 転がるように追撃をかわす。鮮血が辺り一面に飛び散った。

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