シノガラの秘匿と王都の落日
ミロンが魔法を放つべく、両手を前に突き出した瞬間。
「我が名はロザリア・トレミエール。……我が名が命ずる。動くな!」
響いたのは、この国の第一王女、ロザリアの声。 その声を聞いた途端、ミロンの身体は呪縛に囚われたかのように硬直した。アキヤマによる完璧な声帯模写――「声化け」の術だ。
「――終わりだ」
アキヤマは自らの指先にクナイを当て、滲んだ血を地面へと滴らせた。
「『地下茎は繋がり、理は一つ。此の節を飛ばし、次の節へ芽吹け。――叢生転移』」
ミロンの足元から、巨大な竹が爆発的な勢いで成長した。
身動きの取れない彼女の身体は無慈悲に串刺しとなり、そのまま天高くへと突き上げられる。
「なぜ……?」
血を吐きながら、ミロンは最期の疑問を絞り出した。
その視線の先、虚空に浮かび上がるようにアキヤマが現れる。
「勇者・お松。貴様の境遇には同情する。王女の『真名』により意思を奪われ、竹藏に三百余年もの間『籠獄』に繋がれた恨み。昇龍を討った褒美が、勇者同士の殺し合いだったという絶望。王国を呪うのは道理だ」
「そこまで……知っていて……(なぜ、あたしの邪魔をするんだぞ……)」
言葉は、途中で途絶えた。 中庭に突如として出現した竹林。多くの魔獣がその犠牲となったが、運よく難を逃れた個体もいた。 だがアキヤマは、残った魔獣に背を向け、静かにその場を去ろうとする。
「お松。お前が死ぬ理由はただ一つ。『シノガラ』の存在を知ってしまったからだ。そのおかげで、お前がお松だだと知ることが出来た。掟「ハラムラ」に従い、消えてもらう」
彼女は最後に、一瞥もくれずに呟いた。その彼女の瞳は万華鏡のように色彩が渦巻く虹彩を称えていた。
「竹蔵が残した『神隠し』の文献は役に立った。奴が異世界から持ち込んだこの竹は、サンカのルナ・カグナールの血を引く者の血によってのみ、その理を顕現させる……」
――エピローグ――
惨劇から数日が過ぎた。
王都を覆っていた硝煙と血の匂いは、皮肉にも季節外れの雨によって洗い流されつつあった。
下町の片隅にある半壊した酒場。
そこには、分厚いレンズの眼鏡をかけ、地味な官服に身を包んだ「しがない下級官吏」の女性の姿があった。アキヤマだ。彼女は周囲の喧騒に溶け込みながら、安酒のグラスを傾けている。
隣の席では、命からがら逃げ延びた商人と、片腕を吊った冒険者が声を潜めて語り合っていた。
「……聞いたか? 本丸に逃げ込んだ王族連中の話」 「ああ。城門を閉め切って自分たちだけ助かろうとしたらしいが……皮肉なもんだ。そこを目掛けて魔獣がきたらしいじゃないか」
冒険者が忌々しそうに吐き捨てる。
「逃げ場のない豪華な回廊が、そのまま屠殺場に変わったそうだ。あの高慢だった貴族たちも、命乞いをする間もなく魔獣の胃袋に収まった。勇者を召喚した第一王女のローズ様だって、最後は原型も留めない無残な姿で見つかったって噂だぜ……」
「勇者召喚のため、代々同じ名を引き継いでいたって話なのに代が途切れたってことか? じゃあ、あの勇者たちは間に合わなかったのか?」
「結局、国を守るべき王族が真っ先に蹂昂されて、国は事実上の崩壊か。皮肉なもんだな、勇者を道具のように扱ってきた報いかよ」
アキヤマは、その会話を興味なさそうに聞き流していた。
彼女にとっての任務は「シノガラの秘匿」と「情報の抹消」であり、王国の存続など二の次、三の次だ。
復讐に燃える勇者が死に、彼女を縛り付けていた王族もまた、自らが招いた災厄によって食い尽くされた。ただそれだけのこと。
(……因果応報、というわけか)
アキヤマは最後の一口を飲み干すと、懐から数枚の硬貨を取り出し、テーブルに置いた。 眼鏡を指で押し上げ席を立つ。
「お会計。……お釣りは入りませんわ」
店主にボソリと告げ、彼汝は雨上がりの霧が立ち込める路地裏へと消えていく。
その足取りは軽く、そしてどこまでも気配がなかった。王都を揺るがした地獄の宴も、彼女にとっては、収集した膨大な情報の中の一片に過ぎない。
次に彼女が何者でどこに現れるのか。それを知る者は、この世界にはもう一人もいなくなっていた。
◇ ◇ ◇
すべてが終わった戦場から、何事もなかったかのように立ち去るアキヤマ。
彼女の瞳に宿る万華鏡のような虹彩、異世界から持ち込まれた「竹」の謎、そして彼女が従う掟「ハラムラ」と「シノガラ」の正体……。王国が崩壊したとしても、彼女の暗躍する世界はこれからも続いていきます。
世界の危機を救う華々しい勇者たちの陰で、決して歴史に名が残ることのない「観測者」たちの物語を、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
またどこかの路地裏か、あるいは歴史の転換点でお会いしましょう。
ーーってまだまだ「サンカの技で無双」は続いていきます。よろしかったら、感想や評価をお願いします。




