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――――エピソード0(ゼロ)―――――――

 濃密な瘴気が立ち込める「瘴気の森」最深部。

 かつてそこには、四つの国境が交わる要衝を守護する鉄壁の要塞、カグナール領主城がそびえ立っていた。この地を治めていたのは、獣人の国――ラドンゴ王国の最強の一角。ドラゴンの血を引く公爵家である。

 だが、どれほど外壁を固めようと、内側から食い破る「裏切り」の前には無力だった。

 国境紛争による内憂外患、人々の不安と恐怖。滞留したマナは大地を腐食させる霧となり、領地は常に深い霧に閉ざされていた。そこへ追い打ちをかけるように、ペオニア帝国が大規模侵攻を開始する。

 援軍を求めた公爵に対し、叔父の名声を恐れるラドンゴ国王は出兵を拒絶。やむなく同盟国トレミエールへ救援を乞い、公爵はいつ来るとも知れぬ援軍を待ちながら、絶望的な防衛戦を続けていた。

 ついに、待ちわびた同盟国の旗が地平線に見えた。だが、それこそが地獄の門が開く合図だったのだ。

 トレミエールの援軍は、すでに帝国と密約を交わしていた。

 「剣神」と謳われた領主の武威も、卑劣な罠の前には屈するしかなかった。最愛の妻と娘を人質に取られ、無条件降伏を余儀なくされたのだ。

 しかし、彼の眼前で行われたのは、言葉を絶する蹂躙だった。

「……あああああああああああッ!!」

 怒りと悲しみで理性を焼き切った領主は、大気に満ちる瘴気を限界を超えて取り込み、己が魔力へと変換した。 凄まじい瘴気の渦が巻き起こり、周囲の小動物――ハエ、蚊、ゴキブリ、ネズミまでもが一気に魔獣へと変異する。

 彼自身もまた、竜人の限界を超えた異形の存在「龍魔」へと変貌を遂げていた。

 瘴気を纏った「剣神」の刃は、もはや天災だった。数十メートルに及ぶ斬撃は、人間の鎧を紙細工のように切り裂き、包囲していた兵士たちを瞬時にひき肉へと変えていく。

 返り血に濡れた公爵は、その端正な顔に冷酷な笑みを浮かべ、トレミエールの指揮官へと迫る。

 その背後では、変わり果てた姿の妻と娘が横たわっていた。

 すでに息絶えた妻。そして、白髪に変じ、老婆のように肌が枯れ果て、魔獣にすら劣る辱めを受けながらも、かろうじて息を繋いでいる娘。その惨状がさらなる狂気を呼び込む。

「貴様には、十倍の苦痛を与えてやろう。まずは逃げられぬよう、その足を……」

 足の切り口には魔獣化したハエがたかり、瞬く間に蛆が肉を貪り始める。指揮官の絶叫が城内に響き渡った。

 公爵はせめてもの復讐として、瀕死の娘を抱き起こし、その光景を見せようとした。

 だが、娘の精神は、父以上に崩壊していた。

 父が放つ瘴気を呼び水に、彼女は周囲の瘴気を一気に吸収。傷ついた体は瞬時に再生し、瑞々しい若さを取り戻すが――その瞳からは光が消えていた。

 爆発した邪悪な魔力により、半径一キロの植物が一斉に変異を開始する。奈落の樹木「クリムゾン・アビス」が大地を突き破り、略奪に耽っていた兵士たちを幹へと絡め取った。彼らは生きたまま精気を吸われ、見る間に干物となって果てていく。

 中心に浮かぶのは、光を切り裂くスリット状の瞳孔と、万華鏡のような虹彩を持つ少女。 数多の魔獣がその足元に傅く。

 ――ここに「龍魔王」が誕生した。


ここまで読んで頂きありがとうございました。


この物語の原点、そして、最終稿につながるエピソードです。三回に分けて投稿しますが、「サンカ」という幻の古部族のことを知って、竹取物語と結び付いてしまったことで生まれた小説です。

かぐや姫と「サンカ」の出会いは凄惨な裏切りと絶望から始まります。「最強の守護者」がなぜ、人類を脅かす「龍魔王」へと堕ちてしまったのか。その狂気と、娘・ルナに変異が訪れるシーンの緊迫感を楽しんでいただければ幸いです。


次回、復讐の軍勢が大陸を飲み込みます。そして、この絶望的な状況に現れる「異世界の勇者」とは一体何者なのか。ぜひご期待ください!

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