黒雲を穿つ毒槍、セラム防衛戦
ヒロンに使役された魔獣の群れが、怒涛の勢いで国境沿いへと集結しつつあった。
だが、その進路を阻むのは、あいつ――ミロンが放った『ブラック・ライトニング』がもたらした死の傷跡。どろりと大地に横たわるコールタールの沼地が、魔獣たちの進軍を物理的に断絶していたのだ。
しかし、空を行く者たちにとって、地を這う絶望など意味をなさない。
沼地を軽々と飛び越え、トレミエール王国の領土へと侵攻を開始する蝗、蜂、カマキリといった昆虫型魔獣の黒雲。さらには蝙蝠やグリフォンなどの鳥類型魔獣が、陽光を遮り空を埋め尽くす。
セラム辺境伯は、このかつてない「空からの蹂躙」に対し、即座の決断を迫られていた。
一方、セラム城塞までの一時撤退を余儀なくされていた俺たちも、カレンの機転と「竹」の生命力によって窮地を脱していた。俺の両腕を蝕んでいた「死の闇」は完全に駆逐され、今や細胞レベルでの再構成を遂げている。
「……よし。準備は整ったな」
修復された『イージスの盾』。
夾竹桃の劇毒を抽出し、強化素材『白竹』に染み込ませた特製の毒槍。
さらには、竹蔵がもたらした忍具をドワーフたちが改良し、火薬を組み込んだ最新鋭の魔導兵器。
これらは俺たちの武器である以上に、辺境伯軍という「組織」の牙を底上げするための切り札だ。
戦端を開いたのは、先陣を切った鳥類型魔獣の群れだった。
「いっけえぇぇ!」
シオンの放つ極大魔術『紅蓮渦炎』と、カレンの『冷気爆弾』が空中で交差、炸裂する。
高ランクの魔物たちは魔力障壁を張り、硬質な鱗で直撃を凌ごうとするが、そこへリナの『トルネード・アロー』が容赦なく突き刺さった。風の螺旋が障壁をドリルさながらに粉砕し、強靭な肉体ごと魔獣を撃ち抜いていく。
序盤こそ辺境伯軍の優勢で進んだが、空を覆い尽くすほどの「蝗型魔獣」が飛来すると、戦場は一変した。
圧倒的な「数の暴力」が広範囲攻撃魔法をも圧殺し、戦況は泥沼の乱戦へと引きずり込まれる。
「ひるむな! 投下準備!」
辺境伯軍の兵士たちが、俺の与えた『焙烙火矢』――現代の手りゅう弾に相当する魔道具――を次々と投げ込む。足元には地雷『梅火』を敷設し、跳躍する蝗共を牽制する。
戦場の要所では、谷底を埋め尽くす決死の防衛線がファランクスを形成していた。
アプリコット王国から輸入し、秘蔵していた竹槍を構えた「百人百列」の槍襖。だが、蝗共の猛攻はその人壁すらも食い破ろうとしていた。
「道は――シオンが作る!」
劣勢の地点へ、シオンが『縮地』で躍り込む。聖剣『ゴッド・ファング』が閃くたびに魔獣の屍が積み上がり、その後ろをカレンが駆け抜けながら聖なる癒しの光を振りまく。ヤスキヨは大地を操り、幾重もの土壁と棘を突き立てて防衛線を死守していた。
それでも、多層構造を成す蝗の雲は止まらない。
地上に降り立った数千の顎が人間を噛み砕く、おぞましい咀嚼音が戦場に響き渡る。
頭上を越えようとする連中に対しては、リナが風を纏わせた対空砲火で空を射抜き、文字通りの「絶対防空圏」を展開していた。
そんな地獄のような乱戦の中、俺は「共食い」によって異質化した個体の駆除に奔走していた。
同族を喰らい、その魔力を取り込んで巨大化した個体は、体高四メートルを超える「歩く災害」へと変貌を遂げている。
「デカいだけなら、ただの的だ」
俺は四メートルに及ぶ『白竹の毒槍』を振るう。再構成された新たな腕は、超長尺の槍をまるでおもちゃのように軽々と操る力を秘めていた。
舞うような槍さばきで、首と胴を繋ぐ関節の隙間を的確に穿つ。
「――終わりだ」
一突き。
劇毒が回った巨大魔獣は、殺虫剤を浴びた虫のようにのたうち回り、次々と絶命していった。
この地獄の防衛ラインを辛うじて突破できた数少ない個体たちも、その先に待ち構える光景に絶望することになる。
セラム砦の頂に靡くのは、神宝『比礼』の旗印。
瘴気を浄化し、魔を撥ね退けるその波動に、魔獣たちは本能的な恐怖を感じて足を止める。
そこには城塞の守護を任されたブッシュ騎士団長、そして「剣聖」アッシュをはじめとする、真の猛者たちが待ち構えていた。
「ここから先は一歩たりとも通さん……虫ケラ共がッ!!」
ブッシュの咆哮が響く。
「弓隊、一斉射撃!!」
放たれた竹矢の雨に、魔術師たちの風魔法『トルネード・ブースト』が加速を加える。 突撃してきた魔獣の群れが、次々と空中で弾け飛ぶ。
「聞け、セラムの勇士よ! 我らが守るのはこの国の民、そして君らの家族だ! 我らが引かぬ限り、この砦は不落の伝説となる! ――命を燃やせ! 全軍、突撃ッ!!」
勝鬨が上がる。先頭を走るブッシュは大槍を横一文字に薙ぎ払った。
ただの一撃。 鋼の如き硬度を誇る魔獣の甲殻が、紙細工のように粉砕される。盾で防ぎ、剣で砕く。その質実剛健な戦いぶりは、まさに「歩く要塞」そのものだった。
その隣で、対照的に「静」を体現していたのが、剣聖アッシュだ。
彼は群がる魔獣を前にしても、抜刀すらしていない。
一匹のグリフォンが空から猛速で急降下し、その鋭い爪がアッシュの喉元を裂こうとした瞬間――。
「――遅い」
銀光が一閃。
抜刀の瞬間すら視認させぬ神速の居合が、グリフォンの巨躯を真っ二つに両断していた。
断末魔すら上げさせず、アッシュは静かに刀を鞘に収める。
返り血の一滴すら浴びぬその身のこなし。彼が通り過ぎた後には、糸の切れた人形のように崩れ落ちる魔獣の残骸が積み上がっていく。
「剣聖」の異名は伊達ではない。彼の周囲数メートルは、触れるものすべてを断つ「不可侵の死域」と化していた。
「ハッ、兄貴、少しは手加減しろ。砦が壊れるぞ」
「云ってくれる。アッシュ。お前こそ、獲物が残っておらんぞ!」
猛者たちの笑い声が、硝煙の舞う戦場に響く。
セラムの砦に靡く『比礼』の旗の下、最強の守護者たちが立ち塞がる限り――この国境が破られることは、決してない。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




