再起の白竹、漆黒の禁忌」
そうなれば、このセラム辺境領が人類にとって「最後の防衛ライン」となる。
「……龍魔王復活まで残された猶予は、あとどれくらいだ?」
焦燥を奥歯で噛み殺しながら、マジックバックルから竹の束を取り出した。
カレンの『イージスの盾』、リナが放つ矢、そして俺が振るう竹槍……。
時間の停止したバッグ内でも、竹に宿した魔力の減衰は避けられない。その不足を補うべく、俺は夾竹桃の猛毒を限界まで吸った『白竹』を削り、手裏剣、矢尻、そして槍の穂先へと加工していく。
アプリコット王国で収穫した竹のストックも、底が見え始めている。
魔力値ゼロの俺にとって、竹を失うことは、戦場での死を意味する。
「……いや、まだだ。まだ終わってない」
俺にはまだ、サンカの血が叩き込まれた技がある。
そして、この世界の理と融合し、魔道具へと昇華した『七つ道具』、そして、新たに生まれかわったこの両腕がある。
ただの「巻き込まれ転移者」で終わるつもりは、毛頭なかった。
◇◇ ◇
「ああっ、逃げられちゃったぞ~」
すべてを無に帰す暗黒の雷――『光を喰らう闇』を放った張本人、ミロンは、どこか他人事のような軽い調子で振り返り、ヒロンに告げた。
「……その言い方、微塵も残念そうには聞こえませんが」
飛龍の皮肉に、ミロンは「あはは」と無邪気に笑う。
「あたいとしては、あの忌々しい『イージスの盾』を粉砕できただけで御の字だぞ。 これで龍魔王様の封印も、内側からだけでなく外側からも解けるって分かったんだぞ」
「なるほど。文字通り、引導を渡す準備が整ったというわけですか」
「その通りだぞ」
「ならばミロン、あなたは封印の排除に取り掛かってちょうだい。あたくしは魔獣を率い、トレミエール王国を焦土と化してきましょう。あの厄介な若造とて、漆黒の雷に打たれては容易には再起できないでしょう」
「うん、わかった。よろしく頼むぞ」
ミロンが瘴気の霧の向こうへと転移すると、残されたヒロンの元に、飢えたワイバーンたちが群れをなして集まってくる。
「貴様ら! 腹が減っているだろう? トレミエールの人間どもは、ペオニアの奴らに負けず劣らず絶品だぞ……!」
その言葉に応じるように、百を超える翼が空を覆う。魔獣たちは咆哮を上げ、狂喜乱舞しながらセラム辺境領の方角へと飛び去っていった。
「帝国全土に散らばる五万の魔獣が集結するには二週間はかかりますね……。まずは帝都で人間の肉を貪る一万の精鋭を、ミロンの転移で王都へ送り込むとしましょう。勇者も軍隊もまとめて踏み潰し、引導を渡してやるのもよいかも……。ミロンが封印を解くまでの間、瘴気の森に残る千の魔獣たちに侵攻させると、ヒューマンどもは勝手に絶望を深めて、良質な瘴気を漏らしてくれるでしょうね」
ヒロンは傲然と吐き捨てると、霧の向こうへと姿を消した。
嵐が去った後、竹林の跡地へと這い出してきたのは、ゴブリンやオークといった醜悪な下位魔獣たちだ。 彼らは一様に、黒く塗り潰された大地の前で足を止めた。 そこには、コールタールの沼を思わせる『漆黒の禁忌』が広がり、万象を拒絶する虚無として横たわっていた。
一匹の無知なゴブリンが、主の命令通りにその闇を越えようと足を踏み出す。
触れた瞬間――。 ゴブリンの肉体を繋ぎ止めていた存在の輪郭が、音もなく瓦解した。
断末魔すら上げることなく、熱に溶けるロウ細工のように、その身は灰燼へと帰していく。
獲物を求めて喉を鳴らしていた魔獣たちが、その光景を前に石のように凍りつく。 ミロンもヒロンも失念していたのだ。
大気に溶けて無害な瘴気に変わるまでの二週間、その場所が、触れるものすべてを死に至らしめる『絶望の象徴』であり続けるということを。
◇ ◇ ◇




