竹の生命力(ミトシス)を宿す腕
「なるほどな。漆黒の闇による『死』が生物・非生物を問わず等しく訪れるっちゅうことは、あの魔法は『形あるものは必ず壊れる』ちゅう定義を強制的に働かせとるんや」
「……わかったで。死の正体は『最小単位の崩壊』や」
ヤスシの言葉を引き継ぐように、キヨシが鋭く補足する。
「生物やったら細胞、鉱物やったら単位格子。死んだ個体をヒールで戻せへんのは、再生の土台となる『設計図(最小単位)』そのものが壊されてるからや。
……やとしたら、生物の蘇生は『細胞分裂』、鉱物の修復は『結晶格子』の再構築――これやな」
「細胞の死……。だから、死んだ部分はヒールでは治せない……理屈はわかったわ。でも、細胞分裂をこの手で成功させるなんて、そんな精密なイメージ、私には……!」
カレンが自信なげに、聖杖を握る手を震わせ、うつむいた。
「いや、できるはずだ。……そうか、サンカの秘薬に竹の成分が含まれている本当の意味が、今知ったよ」
俺は痛む体を押し、マジックバックルから『シノガラ・ポーション』を取り出した。
「竹は世界で最も成長が早い植物だ。一日で一メートル以上も伸びる、あの爆発的な生命力……。カレン、お前も見たはずだ。この世界の竹が持つ、驚異的な『細胞分裂の加速力』を。これを『魔法のブースト(触媒)』として利用するんだ!」
俺は腕に巻いた『比礼』を傍らに置き、爛れた両腕に直接ポーションを塗りつけた。
焼けるような激痛に視界が火花を散らすが、俺はカレンの瞳を真っ向から見据えて頷いた。
カレンの目に、迷いはなかった。この地へ降り立ったあの日、竹が一瞬で急成長し、魔獣を貫き天へと突き抜けたあの光景が、彼女の脳裏に鮮烈なイメージを刻みつける。
カレンは『ゴッデス・スタッフ』を強く握りしめ、魂の底から叫んだ。
「――『有糸細胞分裂加速』!!」
詠唱が響いた瞬間、両腕が眩い翠緑の光に包まれた。粉末状の竹のエキスが、俺の肉体に根を張るように食い込んでいく。
凄まじい熱量。細胞の一つ一つが猛烈な勢いで複製を繰り返し、コンマ数秒の間に組織が膨れ上がる。
「ガ、アアアアアアッ!!」
バキバキと、骨が鳴り肉が爆ぜる音が響く。
俺の肩からは、竹の節を思わせるしなやかで力強い筋組織が、そして瑞々しく輝く新たな皮膚が、怒涛の勢いで再生されていった。
それはもはや「治療」という生易しいものではなかった。 竹という触媒を介し、俺の両腕は、人の理を超えた「原初の生命力」を宿す新たな肉体へと再構成されたのだ。
「タクミ、本当に……大丈夫なの?」
不安げな瞳を向けるリナに「ああ」と短く応え、俺は彼女が抱えていた愛弓を手に取った。
「リナ、これをメンテナンスさせてくれ。腕が動かなかった間、ずっと気になってたんだ」
マジックバックルから竹ひごと蔓を取り出し、作業を始める。
指先の感覚が以前よりも鋭敏になっている。皮一枚、細胞一つが世界の振動を拾い上げているかのような錯覚。弓の表面にあるごく小さなささくれや、弦のわずかな伸びが、吸い付くように指先へと伝わってきた。
俺は愛おしむように、丁寧に指先を滑らせる。
木材のわずかな歪みを一つひとつ読み取り、優しく「あるべき場所」へと導いていく。
指先を通じて伝わる、馴染み深い竹の弾力。それが新しい肉体を通じて、じんわりと魂に溶け込んでくるのを感じた。
「よし。これで……前より良くなってるはずだ」
弦を張り直し、リナへと手渡す。
彼女が試しに弦を弾くと――ピィィン、と高く澄んだ音が、張り詰めた治療室の空気に溶け込んだ。
「……すごい、しっくりくる。タクミの手、本当に元通りになったのね」
「ああ、元通りどころか……完全復活だ!」
心配をかけた仲間に向けて、俺は努めて大げさにはしゃいで見せた。不安を払拭するように。
だが、心中は冷徹な分析に支配されていた。
国境沿いでミロンに完膚なきまでに叩きのめされ、俺たちはセラム辺境領への退却を余儀なくされた。あの防衛の要であった竹林は、奴の放った『ブラック・ライトニング』によって、跡形もなく消し飛んだ。
塵一つ残らぬ焦土。国境の防護壁としての機能は、もう存在しない。
ペオニア帝国と同じく、このトレミエール王国にもあの境界の向こうから魔物が溢れ出すのは、もはや時間の問題だった。
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