漆黒の雷光――崩れ去る七色の加護
俺はいつものように竹槍を構えてはいたが、どうやら今回ばかりは俺の出番はなさそうだった。
なのにゾワリ、と背筋に虫唾が走る。サンカの修行で無理やり叩き込まれた『危機察知能力』が、脳内で警報を鳴り響いた。
「回避ッ!!」
俺の裂帛の叫びに、仲間たちが即座に反応する。シオンは『縮地』によって空間をスキップし、リナもまた弾かれたように上空へと駆け上がった。
俺たちは咄嗟に土壁の裏へ滑り込み、カレンが展開する『イージスの盾』の加護へと身を寄せた。
直後、轟音が世界を震わせた。
ドッガガガガガガッ!!
大地を抉る暴虐な響きとともに、目の前の土壁が塵となって吹き飛ぶ。俺たちを襲ったのは漆黒の雷光。それがイージスの盾から放たれる光の障壁と衝突し、激しい火花を散らして拮抗する。
だが、その均衡は脆かった。最も密な網目を持つはずの『菊底編み』で組まれた盾が、バキバキと悲鳴を上げて崩壊していく。切り出してから時が経ちすぎたこの竹では、魔力吸収と放出両方の限界を超え、もはや裂け目が生じ始めていた。
―― 一瞬でいい。ワープのための「隙」さえ作れれば……!
俺はマジックバックルから、古の神宝『比礼』を掴み出した。
「俺が払うと同時に跳べッ!!」
叫びながら、俺はあえて守りの外――死地へと踏み出す。荒れ狂う放電の中、迫りくる漆黒の奔流を『比礼』で一煽りする。神気を含んだ風が闇を裂き、わずかにその軌道を逸らしていた。
だが、カレンは動かない。ロザリアが放った魔法『真名隷属』の呪いがカレンとシオンが四天魔龍のミロンから逃げるのを拒んでいるのだ。
シオンは玉砕覚悟の特攻にでようとミロンの漆黒の雷光の前に身を躍らせんとする。
その様子を俯瞰していたリナはカレンとシオンの様子がおかしいのに気が付いた。誰かに操られている意思を持たないくすんだ瞳に、なにかに取り付かれたような人形のような動き。
早く正気に返さないとタクミが死んじゃう。どうにかしなきゃ!!
その時、思い出したのが、今朝、カレンが云った一言『すべてを音をタクミに集めると、頭がグワングワンって……』、そうだ!! すべての音をシオンとカレンに集めて目を覚まさせる。
「『音素収束』っ!!」
シオンとカレンに耳に自然界のすべての音が集められ、耳元に不快な爆発音が響き、脳を揺らす。
「「うんっ!?」」
顔をしかめたシオンとカレンの瞳に意思がやどる。
真名による支配は「言葉」を媒介にする。リナは偶然、音の壁でロザリアの耳元に残る幻聴「声(呪い)」を遮断したのだ。
一瞬、ロザリアの支配の鎖が緩む。
「今よ! !」
リナが風を操り、動けないカレンとシオンの体を強引に俺の方へと吹き飛ばした。
我を取り戻したカレンは俺の言葉を理解した。
「「ディメンション・ゲート!!」」
背後から響く、余裕を失った詠唱。足元に魔法陣が輝き、視界がぐにゃりと歪んだ。
シオンもリナも、俺の意図を正確に読み取っていた。竹の神通力が失われた今、勇者パーティといえど無理は禁物。窮地の際の即時撤退は、出立前からの約束事だったはすだが……。
シオンとカレンになにが起こった? 昨日のローズとの謁見のせいか……。
次に視界が捉えたのは、セラムの城壁内だった。異変を察知した門番が血相を変えて駆け寄ってくる。
「どうされた! ……うっ!?」
近寄った門番が、俺の右腕を見て思わず目を背けた。
『比礼』を振るった俺の腕は、あの漆黒の雷光をまともに浴び、爛れたように腐食していた。鼻を突く異臭が漂い、闇の浸食は今もなおズブズブと内部へ潜り込んでいる。
「『アルティメット・ヒール』ッ!!」
カレンが叫ぶ。受けた傷を「なかったこと」にする究極の治癒魔法。だが、白光が腕を包んでも、腐敗の浸食が止まるだけだった。失われた肉体は戻らない。
「な、なんで!? どうして治らないのよ!?」
「……多分、魔法ってのはイメージの力なんだろ。だとしたら、俺たちのイメージが『あいつ』の闇に追いついてないんだよ」
俺は苦渋に顔を歪めながら答えた。
カレンは「わけがわからない」と食ってかかってきたが……そんなのは俺だって同じだ。
なにせ俺は、魔法なんて一つも使えないんだから。
カレン以上に泣きじゃくり、取り乱していたリナが、縋るように言葉を紡ぎ始めた。なんとか現状を打破する「とっかかり」を掴もうと、必死に記憶を掘り返しているようだ。
「……病気を治すイメージって、今までは『アルティメット・ヒール』があまりに完璧すぎて、怪我を一つの『現象』として丸ごと治してたわ。でも、病院の治療は違う……はず。傷口を消毒して、壊死した細胞を取り除いて、そこに新たな細胞を移植する……。そうでなくても、人間には本来、細胞が増殖して傷を塞ぐ力が備わっているわ。……あの漆黒の闇に触れたものは、生物でない物も、その『形』そのものを失っていたけれど……っ」
「――パンッ!!」
不意に、ヤスシが乾いた音を立てて手を叩いた。
過分な評価ありがとうございます。また、続ける元気をもらいました。




