枕元の密書と、枯死したはじまりの地
王女の部屋から出たカレンとシオンは毒気が抜けたようにいつもの調子に戻っていた。
薬物ではないか? いや暗示系か?深追いは危険だ。俺たちは与えられた部屋でマジックバックルの点検やリナの弓の整備をすませ……世界樹の木登り、二国に渡るハングライデング、そして戦闘の一日に、泥のように眠りについてしまった。
翌朝、枕元に一通の手紙が置かれていることに気づく。
「……っつ!?」
慌てて内容を確認する。
『元の世界に帰る方法は龍魔王の封印にある。封印魔法は時空を超える――だが、お前以外はこの世界に残ることになるだろう』
殺気が無かったにしろ、俺の枕元まで近づける奴がいるのか?
同じ『サンカ』の『シノガラ』の教官級の使い手が――この世界にもいる?
帰還の条件――封印魔法って俺は魔法が使えない――俺しか帰れないのは魔法の代償が必要だからなのか?
いずれにしろ、目的地はローズ王女の思惑と一致した。
「やるしかないか……」
独り言が口からこぼれた。
「起きてるー?」
ノックもそこそこに、メンバーが部屋になだれ込んできた。
「すっごい眠そうなんだけど……、リナ、世界中の音をタクミの耳元に集めて挙げて」
「カレンさん。そんなことしたら、頭がグワングワンって、リナも頷くんじゃない」
カレンのとんでもない発言に、しんみりしていた俺も元気を取り戻した。
「朝メシ持ってきたぞ! 食ったら出発だってよ」
「勇者の旅立ちだちゅーのに、夜逃げみたいなあわただしさやな」
ヤスキヨがパーティの余り物らしき料理をテーブルに並べる。俺たちの飯は貴族の払下げかよ。
「私の弓のメンテは終わってる?」
「シオンの『ゴット・ファング』は?」
「イージスの盾も忘れないで」
静かだった朝が一気に騒がしくなる。
「先に食ってろ。今出すから」
俺は整備を終えた弓や直刀をマジックバックルから取り出した。
「どうせ、わたしの転移魔法で行くんだから、忘れ物があってもすぐ戻ってこれるし。気楽に行きましょう」
カレンがおかずを挟んだパンを俺の口元に放り込んだ。
「ウグッ、ああっ、よろしく頼む」
無理に陽気に振る舞う仲間の空気に俺も乗ることにした。
◇ ◇ ◇
俺たちが最初に召喚された地――、カレンの転移魔法で俺たちはそこに来ていた。
訪問したその場所は、見る影もなく一変していた。
突如として生い茂った竹林は見るも無残に茶色く枯れ果て、魔獣が蹂躙した痕跡か、根元からへし折られた竹が累々と横たわる荒野と化している。
わずか二週間足らずでの全滅。それは竹が持つ『一回繁殖性』という性質でも説明はつくらしいが、他所でも同時に発生していることから、俺達の世界ではこれを「シンクロニシティ(意味のある偶然)」、あるいは「破滅の前兆」だと呼び、恐れていた。
なるほど、エルフの国であるアプリコット王国でも同様の事態は起きていたが、ここは想像以上に壊滅的だ。
肺を焼くような大気は重苦しく、漂う瘴気は以前にも増して濃度を上げている。
本来、竹は瘴気を浄化し、清浄なマナを吐き出す自然のフィルターとしての役割を担っていた。その営みが失われた今、瘴気を取り込んだ魔獣たちはより凶暴に、より醜悪に狂いっている。
もはや、今の竹には魔獣の足蹴に耐える力すら残っていない。
時間停止機能を持つマジックバックルの中にある竹も、一度外に出せばたちまち劣化し、朽ちていく運命だ。魔力そのものを竹に宿らせることができる勇者たちとは違い、周囲のマナを魔力に変換できない竹には、硬化も柔軟性も備わっていない。ただの、もろい植物の残骸でしかないのだ。
エルフの女王・プラムに会った時の竹を持った魔獣との苦戦が脳裏をよぎる。
『竹同士はその力を相殺する。そうなれば、最後は魔力の勝負になるんじゃ』
魔力値ゼロの俺では、その土俵にすら立てない。
(竹が絶滅したこの世界で、俺に何の価値があるっていうんだ……?)
ヤスキヨが皮肉ったように、俺はただの「無意味な巻き込まれ転移者」に過ぎないのではないか。
そんな暗い思考を吹き飛ばすように、突如として地響きが轟いた。
大量の魔獣が、トレミエール王国を目指して殺到してくる。
ガルムにグリズリー、オルトロス、キマイラ。本来は哺乳類をベースとして瘴気を取り込んだ魔獣のはずだが、その皮膚は鱗に覆われていたり、軟体動物のような不気味なヌメリを帯びていたりと、見るに堪えない変異を遂げている。
極彩色の毛皮から所々肉塊が除くその醜悪さに、生理的な嫌悪がこみ上げた。
「『アース・ウォール』ッ!!」
ヤスキヨの詠唱と共に、轟音を立てて高さ五メートルの二重土壁がせり上がる。
直後、ドォォォォン! と凄まじい衝撃音が響いた。
魔獣たちが狂ったように壁へと激突し、鋭利な爪を立ててガリガリと岩肌を削り取る。
「『ウィンド・アロー』!」
リナが『フライ』で宙を舞い、壁の向こう側へと風の魔力を込めた矢を連射する。
シオンも『縮地』で瞬時に壁の頂へと移動し、眼下の狂乱を見下ろして目を細めた。
「血だらけになりながら、この壁を壊し、乗り越えようとしている。……本来、臆病なはずの野生動物にはありえない生態ですね。これもミロンによる『玉砕命令』ですか」
シオンは冷徹に告げると、上段に構えたゴッド・ファングに極大の魔力を集約させる。
「せめて、貴方たちに永遠の安らぎを――『アビス・フレアー』!!」
刹那、魔獣たちの頭上から燃え盛る火柱が叩きつけられた。
シオンを中心に扇状の地面が爆ぜ、その凄まじい熱量によって大地はドロドロとしたマグマのように溶けている。




