真名(ロザリア)の強制力――変貌する勇者たち
「ところで、この一面の瘴気の泥はどうするの? 触れただけで腐り落ちそうだけど」
カレンが顔をしかめて地面を指差した。
「こいつの出番さ」
俺は竹槍の先端に比礼を括り付け、即席の『ハタキ』を作った。それで泥を叩くと、見る間に瘴気が浄化され、元の地面が顔を出す。俺は予備のハタキをヤスキヨに放り投げ、二人で手際よく「掃除」を済ませた。
ようやく落ち着いたところで、互いの状況を報告し合う。
シオンたちは念願の神聖武具を手に入れていた。
「天衝幽玄流の日本刀とは勝手が違うけど扱いやすいよ」
「魔法の威力もあがったしね」
目の前で自慢げに掲げられた神聖武具に興味が惹かれ、見せてもらうことした。
『ゴット・ファング』を手に取り、鞘から抜いて目の前に掲げる。
それは直刀に近い片刃の日本刀であった。しかも、この荒波のような特徴的な刃紋は……。
俺はサラシで刀身を傷つけないように保持し、目釘を外して柄から抜き取った。
表銘の刀工は『十八代目焔羅虎鉄』、裏銘には『天正五年卯月』と刻まれている。サンカの戦国時代における伝説的な刀工だ。六甲でも数振りの日本刀をみたことがあるが、これは主に忍者が使う直刀の形態で、刺突において最高の適正を発揮する。
竹炭の高温を利用して刀を打つ今は失われた匠の技だったはずだ。
(竹の鋭気を取り込んでるから、屍獣となった賢龍にトドメをさせたのか……)
竹蔵が召喚された時に持っていた刀が神聖武具へと昇華されたにちがいない。
「忍者が使いそうな刀だね」
鑑定で分かった事実は伏せ、ごく簡潔な感想だけを述べた。
「人剣合一を可能にする機能美を兼ね備えた剣」
俺がゴット・ファングを返すと、シオンはそれを愛おしそうに抱えた。
(サンカのような暗殺者の道具ではなく、本物の剣士に使われるなら、虎鉄さんも本望じゃないかな)
そう思うと俺の心は少し暖かくなった。
「まずは王城に戻り、スタンピードの討伐をロザリア王女に報告しないと」
カレンの言葉に、俺は小さな違和感を覚えた。
「ロザリア?ローズ王女じゃなかったけ? それに、まず王様に報告じゃないのか?」
「……王様には会えてないかも。とにかく、私たちを歓迎してこの討伐命令を出したのは、そうだった第二王女のローズ・トレミエール様なんだよ」
忍び込んだ先が王女の寝室だったとなれば、その埋め合わせに無茶な命令を聞くのも仕方ないか。四天魔龍がいるとは想定外だったろうが、勇者の免罪符としては安いものだとでも考えたにちがいない、とこれまでの経緯を聞いた俺は単純に考えていた。
「タクミもリナも一緒に行こうよ。ローズ様は私たちを召喚した大魔法使いでもあるんだから」
「義を見てせざるは勇無きなり、だ」
カレンの言葉にシオンも同意し、俺たちは共に城へ向かうことになった。
王都の被害は、幸いにも下町の一部に留まっていた。凱旋する勇者たちの姿を見つけるなり、街は一転してお祭り騒ぎに包まれる。
王城に入ると衛兵に案内されて、石造りの豪華な大広間にはシャンデリアが煌めき、勝利を祝う料理が並んでいた。着飾った貴族たちが円舞に興じる喧騒を避け、俺たちは渡り廊下を進む。
最初に向かうのは、今回の依頼主――ローズ王女の私室だった。
「迅速は働き、さすが勇者様です」
満面の笑みで出向かえたローズ王女だったが、俺の方を見て怪訝な顔になった。
「――この者たちは?」
「あたしたちと同じ勇者として召喚されたタクミとリナよ」
カレンの答えにローズ王女は首を傾げた。
「召喚した勇者は五名のはずですが、六人居ますね?」
「タクミは勇者じゃないけど、彼は凄いの」
「竹の扱いが天才的なんです」
「竹を加工出来るのはタクミだけやで」
「タクミが居なければ、チュートリアルで死んでたで、わいら」
俺以外のみんなが俺の凄さを口にするので少し気恥ずかしい。
「わかりました。タクミ殿は錬金術師のような方なんですね。それは頼もしいこと。――ですが、事態は一刻を争います。先ほど入った報告によると、隣国――セオニア帝国は魔獣により滅亡しました。次は我が国です。
瘴気の森との国境沿いに魔獣が集まっているとのことです」
ローズ・トレミエール王女は、改めて居住まいを正した。
「我が名はロザリア・トレミエール。我が名において命じます。瘴気の森との国境に出向き、魔獣そして四天龍魔を討ちなさい」
「「「「ははっ」」」」
突然、片膝を付き、胸に手を当て忠誠の姿勢を取ったカレンとシオンそしてヤスキヨ。
(王女がいきなり名前を名乗ったけど、ローズではなくカレンたちがさっき言ったロザリアと言ったぞ……ロザリアっていうのは真?
日本古来でも、真名は忌み名として相手に知られると支配されるという習慣があるが、異世界では日本とは逆で、相手に真名を名乗ることで支配できる? または何かの呪術かも? 俺は警戒を強めた)
俺自身自己紹介もさせてもらえず、なし崩し的に次の命令が下ってしまった。
リナの表情が驚愕に変わる。
「……そんな。私の弓もガタついていますし、矢の補充だって必要です。シオンやカレンの防具だってボロボロなんですよ?」
リナの反論は、ローズ王女にとって計算外だったに違いない。
『魅了』がレジストされた――。当然、リナもローズの真名を知っていたからだが。
その動揺を隠すように、彼女は扇子で口元を覆う。そして、リナの装備を射抜くような視線で蔑んだ。
「そんなみずばらしい弓で、龍魔王を討伐しようなんて……。よろしい、宝物庫の『聖弓』を授けましょう。それで貴汝も、勇者としての体裁は整うはずですわ」
冷ややかな侮蔑を含んだ提案。だが、リナは即答した。
「結構です。この世界の弓はボウガンかクロスボウですよね? 私は和弓以外使うつもりはありませんから」
「そやそや! 報酬もなし、ご馳走もなし。ブラックすぎやろ、労働条件の改善を要求するで!」
「ほんま……、魔獣に殺される前に過労死してしまうわ」
ヤスキヨのコテコテな関西弁が響く。支配されても大阪人の魂は捨てられないらしい。……が、今は突っ込むのはそこじゃない。
「召喚者に問いたい。俺たちが元の世界に帰る方法はあるのか?」
ローズ王女の顔に焦りが走った。
「我が名はロザリア・トレミエール。その名において命じます……勇者よ! 他の不届き者を黙らせ、速やかに国境に赴きなさい!」
凛とした、だがどこか強制力を孕んだ声が部屋に響く。
直後、忠誠を示す姿勢で傅いていたカレンとシオンが、グルンと音を立てるような勢いで俺たちを振り返った。
「ロザリア王女の命令は絶体よ!」
「つべこべ言わず、言われた通りに」
虚ろな瞳、上気した頬。
二人の表情は、まるで甘美な毒にでも酔いしれているかのようだ。
――やはり、この顔、見覚えがある。
六甲での活動中、嫌というほど見てきた『薬物による意識喪失』のそれだ。
自白剤、スコポラミン、あるいはこの世界特有の『精神操作魔法』か? キーは真名にまちがいない。
(……チッ、不味いな)
ここで騒ぎ立てれば、周囲の衛兵すべてを敵に回すことになる。
「リナ、ここはカレンたちの言う通りにしよう。その代わり――王女様、四人の装備新調をお願いしたい。和弓の方は俺が何とかする」
「よろしいでしょう。明日の朝までに用意させますわ」
俺の提案にリナは渋々頷き、ヤスキヨも文句はないと口を噤んだ。
結果として王女の要求を呑んだ形だが……今はこれが最善だ。




