神話の比礼(ひれ)――合流したサンカの知恵
「……ところで、どうして二人がここにいるのよ。すっごく助かったけど」
「シオンも同意。でも、賢龍がいたし。まさか、タクミたちも幽霊?」
シオンが冷静にツッコミを入れたその時、タクミがある一点を凝視した。
「……待て。そこに転がっているのは賢龍なのか? なんで『ヤツ』だけ消えてないんだ? 屍 獣は実体を持たない瘴気の塊だったはずなのに」
不気味な違和感。
カレンが「えっ?」と聞き返そうとした瞬間、タクミの顔色が激変した。
「カレン、イージスの盾だ! 早く!!」
嫌な予感に突き動かされたタクミの怒号。
「『イージス・セブンズ・ホーリーフィールド』!!」
カレンが条件反射で竹盾を掲げた、ほぼ同時だった。
――ドォォォォォォォォォォォッッッッン!!!!!
賢龍の残骸が、天を衝くような大爆発を起こした。
カレンが展開した『イージス・セブンズ・ホーリーフィールド』の内側だけは無傷だったが、盾の外側は悲惨だった。
実体化した瘴気の直撃を受け、周囲数百メートルは、鼻を突く凄まじい腐臭とともにドス黒い闇に塗りつぶされていた。
爆発の凄まじい余韻が、鼓膜を震わせ続けていた。 盾の光壁一枚隔てた向こう側は、命あるものが存在してはならない「死の世界」へと変貌している。
「……あ、危なかった。タクミが叫んでくれなかったら……」
カレンが荒い息をつきながら盾を下ろすと、周囲にはどろりと濁った黒い霧――実体化した瘴気が立ち込めていた。その中心、かつて賢龍だった場所には何も残っていない。
「カレン、大丈夫か? 」
タクミが汚れを払うように、手に持っていた「白い布」をバサリと振った。 それを見たヤスキヨが、不思議そうに顔を近づける。
「なあタクミ、さっきから気になってたんやけど……。その布、なんや? 屍獣が蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていったけど」
「これか? ……これは竹蔵が残した魔道具の『比礼』だよ。大国主命が蛇や蜂を追い払うのに使ったっていう神話にあやかって名付けたと思う」
タクミは布を肩にかけると、周囲の瘴気を忌々しげに睨んだ。
「この屍獣の正体は、瘴気が実体を持った不浄な『蟲』だ。この比礼には不浄を退ける強い力がある。それに知っての通り竹は瘴気を浄化し、神域を作る植物とされている。竹矢は屍獣にとって最高の魔道具だったわけだ」
カレンは自分の持つ竹盾を見つめた。また、これに命を救われたのだ。
シオンの表情は晴れない。彼女は爆発の跡地を指差した。
「……でも、おかしい。賢龍ほどの存在が、死に際に自爆するなんて」
「……その通りだ。これは武人の潔さを持つ賢龍自身の意思じゃない」
タクミが苦々しく吐き捨てる。
◇ ◇ ◇
アプリコット王国の世界樹からトレミエール王国の王都に向かってダイビングした俺達は、緊急事態の予感がして白煙の上がる王都の一角へと急降下した。
そこには数百メートル四方にわたり、凄まじい戦闘の痕跡が刻まれていた。瓦礫さえも吹き飛ばされ、剥き出しになった地面には幾つものクレーターが穿たれている。
その中心、光の壁が辛うじて押し留めているのは、折り重なるように群がる黒い影――魔獣?の群れだった。
「あそこにカレンたちが!」
「ああ。……あの影、ただの魔獣じゃないな。傀儡か」
「傀儡?」
首を傾げるリナに、俺は修行時代に叩き込まれたサンカの知識をなぞる。古部族のサンカの伝承には、陰陽師や修験者の知恵も混じっているのだ。
「死霊術の一種だ。死骸を操り、死に際の怨念を瘴気として実体化させている。……だとしたら、浄化が効くはずだ。リナ、あの影に魔力を込めた矢を叩き込め! 俺はあの中にダイブする」
「わかった。タクミを信じるわ!」
リナは迷うことなく和弓を引き絞った。
放たれた矢は空を切り、次々と屍獣の額を貫いていく。その腕前は、『時津風流弓術派』を開いた戦国時代の伝説の始祖さえ凌駕せんばかりだ。一分間に三十射という驚異的な速射により、屍獣の輪郭がぼやけ、霧散していく。
「ええっ、消えた!?」
「驚くことはない。瘴気が浄化されて実体を保てなくなっただけだ。よし、援護を頼む!」
リナがこじ開けた隙間に着地した俺は、マジックバックルから「ある物」を取り出した。かつて竹蔵が愛用していた、一見するとただの布――『比礼』だ。
これを屍獣たちに向けて大きく仰ぐ。
途端、あれほど狂暴だった影たちが、嫌悪感を示すように距離を取った。イージスの盾への圧力が一気に緩む。
この布は、出雲族の末裔であるサンカが育てた害虫を寄せ付けない特殊な綿花から織られたものだ。神話において、黄泉の国の姫『スセリビメ』が出雲族の開祖『大国主』を蟲の試練から救った際に授けたという『比礼』の伝説。それをサンカは真実として受け継いでいた。
このことはみんなには話せないが……。
「リナ、残りを掃討するぞ!」
リナの放つ竹矢が雨のように降り注ぎ、俺は撃ち漏らした個体を片っ端から拾い上げた矢で突き刺していく余裕を取り戻したヤスキヨも、俺の動きに呼応してトドメを刺して回った。
やがて屍!? 獣はすべて倒し、カレンやシオンの顔にも生気が戻る。
だが、安堵したのも束の間、シオンが倒したはずの賢龍が不気味に膨れ上がり――自爆した。
「自爆…… じゃあ、私たちが倒すことまで計算してたってこと!?」
カレンの声が裏返る。 ヤスシが訳知り顔で疑問に応えた。
「ネクロマンサー系の闇魔法だな。死者を操り人形にし、最後は爆弾として使い捨てる……」
ヤスシが苦々しく吐き捨てる。自らを『ミロン』と名乗った昇龍は、四大属性に加えて闇属性まで使いこなすらしい。実に厄介な相手だ。
ミロン。その名の響きだけで、周囲の腐臭がさらにきつくなった気がした。敵を倒してもなお、その死体を使って周囲を汚染し、追撃の手を緩めない。
その執念深さに、一行の間に凍りつくような沈黙が流れた。




