這い寄る黒きトラウマと、空駆ける光の矢
シオンに発破を掛けられたカレンは迫りくる魔獣に向かってゴッデス・スタッフを掲げていた。
「『冷気爆弾』!!」
頭上に現れた巨大な魔法陣を砲台に、連発で魔獣たちへ冷気爆弾は炸裂した。嫌悪感しかないGをはじめとする昆虫型魔獣に瞬間冷却が効くに違いない。その予想は大当たりだった。
魔獣たちはカレンの想像どおり冷気に弱く体中に霜が取り付き、つららが垂れ下がり動きが止まる。
「『アース・スパイク』!」
「『ロック・バレット』!」
カレンの左右からヤスキヨたちの詠唱が響く。
地表から突き出した土の棘が魔獣を貫き、硬化した石礫の弾丸が次々と敵を蜂の巣に変えていく。
だが、異変はすぐに起きた。
倒したはずの魔獣たちが、ギチギチと不快な顎音を鳴らしながら、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。
「なっ……物理攻撃が効いてないのか!?」
黒い影のような屍獣たちは、物理的な衝撃を「透過」しているように見えた。それでも、石礫に触れた部分はわずかに歪み、苦悶の唸り声をあげている。
「いや、苦しんではいるみたいや。多分、物質を動かしている『魔力そのもの』だけがダメージ与えているんやろうけど……!」
「くそ、どんどん近づいてくるぞ!」
影の濃淡だけで形作られた異形の昆虫型魔獣。そこに「ゾンビ」の如き不死性が加わり、不気味さは加速する。
カレンの顔から血の気が引いていった。
生理的な拒絶感が心の底から湧き上がる。カサカサと地面を這い回る、異次元の速度。パニックが、すぐそこまで迫っていた。
「『アース・ウォール』!!」
ヤスキヨが叫ぶ。カレンを守るように、目の前に半円状の土壁を展開した。
だが、屍獣たちは止まらない。まるで抵抗の大きな半透膜を通り抜けるように、土の壁からその黒い体が「染み出して」くるのだ。
壁を透過した「ヤツ」が、カレンの目前まで迫る。
恐怖による金縛り。カレンの目玉だけがそのおぞましい動きを追っていた。
「ギャーーーッ!! こっちに来ないでーーーっ!!」
ついに限界を超えた。
カレンは半狂乱になりながら、背負っていた「竹ザル」を前方に突き出した。
「『イージス・セブンズ・ホーリーフィールド』!!」
瞬間、ただの竹細工にしか見えなかった盾が、七色の光を放って炸裂した。
カレンを中心に展開された円状の七重の光壁。それが突進してきた屍獣を弾き飛ばし、その場に縫い留める。
光を浴びた屍獣たちは、まるで油を注がれた炎が燃えるように激しく悶え始めた。
「光だ! 光が効いてるんだ!」
「押し返せ!!」
ヤスキヨもカレンの持つ竹盾に魔力を流し込み、彼女の体を背中から支える。
だが、光に焼かれる仲間の骸を乗り越え、さらなる屍獣が山のようにのしかかってくる。光の障壁に伝わる重圧。カレンの体力の限界は近かった。
「……っ、なにか打開策はないの!?」
「『アルティメット・ヒール』で回復はできんのか!」
「無理よ、今ちょっと手が離せない……っ!」
両腕で盾を支えるのが精一杯だ。聖杖『ゴッデス・スタッフ』を振るう余裕など、カレンには 一欠片も残っていなかった。
その時だ。
天から降り注いだ数十の光の矢が、積み重なった屍獣を貫いた。
射抜かれた屍獣は、輪郭をぼやけさせ、煙のように霧散していく。
「え……?」
驚きに目を見開いた三人の視界に、空を旋回するハングライダーと弓を構え空を飛ぶリナの姿が飛び込んできた。
「タクミ! リナ!」
リナが正確無比な射撃で屍獣を屠る中、タクミを乗せた機体が屍獣の群れのど真ん中に急降下した。
(あんな『G』の群れの中に突っ込むなんて……!)
カレンは想像しただけで吐き気を催したが、現実は逆だった。屍獣の群れは、蜘蛛の子を散らすようにタクミから逃げ出したのだ。
タクミは何か「白い布」をぶんぶんと振り回していた。
そのまま地面に降り立つと、散らばった矢を拾い上げ、逃げ惑う屍獣を次々と刺殺していく。
その光景に、ヤスキヨがハッと我に返った。
「ワイらもやるで!!」
「よっしゃ!! 『アース・ウォール』!!」
逃走経路を遮るように土の壁がそびえ立つ。
退路を断たれ、動きの鈍った屍獣たち。透過が始まる前に、リナ、タクミ、そして障壁から飛び出したヤスキヨと合流したシオンが、残った敵を根こそぎ消滅させた。
「……逃げた奴は、放っておいていいかな?」
タクミが肩で息をしながら呟くが、カレンは即座に首を振った。
「ダメよ! 一匹見たら三十匹は居るはずなんだから!」
「あはは、大丈夫。私が空から仕留めといたよ。この周り、更地になって隠れるところもないしね」
リナの言葉に、ようやくカレンの肩から力が抜けた。




