人剣合一――死線を越える桜雪
水中のシオンは、すでに意識の限界を超えようとしていた。
口から漏れる断末魔の泡。しかし、それは敗北の吐息ではなく、不屈の詠唱。
「……っ、『紅蓮渦炎』……!!」
白煙とともに激しい水蒸気爆発が巻き起こる。至近距離にいたミロンはワイバーンごと吹き飛ばされた。
爆炎に紛れて落下するシオンをヤスシが辛うじて抱きとめる。
「無茶苦茶や。水蒸気爆発って一歩間違ったら死ぬやつやん!」
「そこは……、身体強化でなんとか……」
弱々しく答えるシオン鎧は弾け飛び、肌は爛れている。
「シオンのバカ! 女の子は顔を絶対に傷つけたらダメだって言ってるのに!」
「カレンがいるから心配ない」
「そういう問題じゃない! ……って、焦って忘れてた。『終焉の再生』!!」
カレンはゴッデス・スタッフを掲げ、シオンの輪郭を撫でるように光を放った。
時間が巻き戻るかのように傷が消え、喪失した組織さえも瞬時に再生していく。
「すげえ~!!」
「さすがゴッデス・スタッフ。以前のパーフェクト・ヒールの『修復』を超えた、文字通り完全再生だね」
キヨシの言うように、アルティメット・ヒールは流れた血や疲労さえ「無かったこと」にする奇跡の御業だった。
「まったく、こういう馬鹿がいると困るんだぞ」
体勢を立て直したミロンが戻ってきた。シオンはその視線を真っ向から受け止め、天衝幽玄流派の鉄則を口にする。
「天衝幽玄流に敗北の二文字はない。あるのは勝利か死か、それのみ」
「ふん! 前の勇者にも同じような奴がいたんだぞ。異世界の奴らはどいつもこいつも頭がおかししいんだぞ! ――――なら、お似合いに相手を召喚してやるんだぞ。『冥界の目覚め(ライズ・オブ・アビス)』!!」
ミロンの詠唱に応じ、地面に漆黒の深淵の口が開く。そこから這い出してきたのは、色彩を持たず、影と光の濃淡のみで構成された影を持たない屍の魔獣の群れ。
蜘蛛、ムカデ、ゲジゲジそしてGなど生理的に嫌悪する魔獣の群れの中から、見知った人影現れる
「賢龍!! こいつらの相手を頼んだぞ!!」
ミロンは人影に向かってそう言い放つ。
「わたいは昇龍。わたいの名は恐怖の代名詞と伝えよ」
と名乗り、自ら出した転移陣の中に消えていった。
「あれが魔法の天才、昇龍?!」
「女だったんや」
「それどころじゃないでしょ。賢龍って、死んだはずじゃないの?」
「わいら、瞬殺やったで、まじか~、ヤバないか?!」
かって圧倒的な力で自分たちをを蹂躙した存在。その記憶が「呪縛」となり、全員の足を縫い付ける。
だが、シオンだけがその心の檻を破り、凛として告げた。
「賢龍はシオンに任せて。他の魔獣や屍獣はカレンたちで食い止めて!」
シオンの鋭い叱咤が、凍りついた空気を切り裂いた。
「……っ、わかってる。わかってるよ、シオン」
カレンが震える声で答え、ヤスシが震える膝を叩き、無理矢理に立ち上がる。その隣で、キヨシもまた蒼白な顔を押し上げた。
「やるしかないやろ……」
冥界からの異形の来訪者、賢龍は生前のような威厳に満ちた色彩を失っていた。全身が煤けた影のような「無色の闇」に包まれ、その眼窩にはただ虚無の燐光が宿っている。しかし、そこから放たれる不気味さは以前の比ではない。
「……あいつら、生きてた時よりヤバない?」
「死霊化による生物の制限を取っ払った『屍の超越者』。ミロンの奴、とんでもないものを残していったな」
賢龍が大きく両腕を広げた。
それを合図に、周囲を取り囲むように屍獣たちが一斉に動き出す。四人を包囲するように、どす黒い波がじわじわと距離を詰めてきた。
「逃げるつもりなんてないわ。カレン、打ち合わせ通りにお願い!」
カレンがゴッデススタッフを構え、ヤスキヨの二人は拳に魔力を込めて、迫りくる影の魔獣たちへ向けて迎撃を開始する。
一方、カレンによって「再生」したシオンはその場に残り、賢龍と対峙していた。
ミロンとの戦いで受けた傷も痛みもない。だが、賢龍に秒であしらわれたあの時の「死の予感」だけが、魂の奥底にこびりついていた。
(天衝幽玄流――勝利か、死か――だがその先に究極奥義「一の太刀」がある)
シオンがゴッド・ファングを正眼に構える。その瞳から迷いが消え、紅蓮の闘気が再び揺らめき始めた。
賢龍が拳を構えた。その拳に前回と違いガントレットが填められている。切っ先を躱すのではなく受け止める。驕りが消えた分厄介だとシオンが警戒を強めた。
その瞬間、空間そのものが軋むような不快な音が響き、一瞬でシオンの間合いへと肉薄する――縮地!
シオンの呼吸に合わせてゴット・ファングが光を放つ。シオンの頭の中に自然に言葉が浮かんだ。
「『限界突破(トランセンデンス』!!」
ゴッド・ファングから放たれた幾条もの光の帯がシオンの体に巻き付き、その身体能力を限界以上にまで引き上げた。
「――おおおおおっ!!」
シオンの放つ一撃が、賢龍の影のガントレッドと正面から激突する。
爆圧が周囲の魔獣を吹き飛ばし、地面がクレーターのように陥没した。かつては視認することすらできなかった一撃を、シオンは今、真っ向から受け止めていた。
さらに賢龍の僅かな筋力や魔力の動きから先読みするシオン。
(左上段、右中段、私が受け流せば右回し蹴り、ダッキングで躱すと後ろ回し蹴り、受け流せば上段裏拳)
シオンの思考を先回りしてるかのごとく、ゴット・ファングが賢龍の音速のコンビネーションアタックを受け止める。
剣と体の境界が感覚の中で失われていく。
この高揚感はアッシュと試合った時以来だ。
これがゾーンに入ると言うことだというように、数十合の打ち合い後、後方飛んで呼吸を整えるシオン。シオンは引き延ばされた時間が元に戻る感覚に囚われた。
死霊化した賢龍に呼吸の乱れがない。
逆にシオンの方はまるで二つの体を制御していたように精神を消耗している。
(限界は近い)
シオンの表情に焦りが浮かぶ。思考を読んだように目の前に『シンクロ率100%、残り3秒』の文字が浮かぶ。
(わざわざ数値で教えてくれてありがとう)
どういった仕組みでステイタス画面?が見えるのかは分からない。でも数値で確認出来たのは僥倖だ。
天衝幽玄流は、戦国時代剣聖と言われた塚原卜伝の流れをくむ。その塚原塚卜伝の秘奥義「一の太刀」の真髄を「人剣合一」と口伝された唯一の流派だという。
「3秒あれば十分、秘奥義で参る!! 「桜雪一閃『改』」!!」
シオンは上段に白銀に輝くゴッド・ファングを構えまま、賢龍の間合いに「縮地」すると同時に、一刀両断の切っ先から数百の閃光が桜の花びらが吹雪くように賢龍に襲い掛かかる。
だが、対の先読みを駆使して、すべての斬撃をガントレッドで受け止め、カウンターで返してくる。コンマ数秒の間に数十合の打ち合い。そんな打ち合い中にも、ココロの中でカウントは続いていた。
「ニィーー、イチィーー、ゼロ!!」
ゴット・ファングの望むままに踏み出した一歩、シオンの意識が同化した切っ先は……、トランセンデンスのタイムアップと同時にその輝きを失ったまま、影の刺突となって他の閃光にまぎれて、賢龍の心の藏へと突き刺さった。
「今度は、シオンの勝ち」
シオンは突き刺さったゴット・ファングの柄をグッと90度捻り傷口を広げるとその勢いのまま引き抜き背を向けた。
胸から引き抜かれた賢龍はその反動で前のめりに倒れていく。
シオンは賢龍を打ち破り、背を守っているカレンたちの方を視た。




