重力を捨てた夜――世界樹からのダイブと少女の誓い
クナイを足先の固定具として装着する。本来クナイは、投げるものではなく石垣を登るための踏み台や掘削に使うもの。俺はこれを幹に突き刺し、ロッククライミングの要領で垂直に登り始めた。
「……タクミ、それ世界樹の呪いとかないの?」
横でふわふわと飛ぶリナが心配そうに言うが、人間で言えば皮膚の一枚を掠めるようなもの。俺はザクザクと登り続ける。
だが、五合目付近でついに限界が訪れた。
枝一本が家を建てられるほど太く安定しているのが救いだが、腕はパンパンで、握力が消えかかっている。
「……っ、しんどいな。このままだと、てっぺんに着く前に日が暮れるぞ」
「ふーん、タクミも人並みに疲れるんだ。意外」
隣で休んでいたリナが、いたずらっぽく笑った。彼女は呪文の準備を始める。
「仕方ないなぁ。タクミでお試し! ――『ライト(Wright)!!』」
「ラ」の音を舌を巻くような見事な「R」の発音で唱えたリナ。
足元に魔法陣が浮かび上がるが、特に衝撃はない。
「……何をしたんだ?」
「プラムから教わった『軽量化の魔法』だよ。さあ、立ってみて」
促されるまま立ち上がろうとして、俺は仰天した。
自分の体が、まるで羽根のように軽い。地面を蹴ると、ふわ、と重力を無視して体が浮き上がる。
「なっ……!? 体の重さを感じないぞ!」
「論より証拠! 登ってみてよ!」
再び幹に取り付くと、その差は歴然だった。
今まで自分の体重を支えるために必死だった腕の力が、ほとんど必要ない。手甲鉤を引っ掛け、足を軽く蹴るだけで、バッタのように跳ねながら垂直の壁を駆け上がっていける。
「すごい……! 自分の体重がこれほど行動を制限していたなんてな!」
「私も自分にかけてみるよ。――『ライト!!』」
リナもまた、風船になったかのような身軽さで笑い声を上げた。
俺たちは、魔法という異世界の力と、忍びという日本の技を融合させ、夕闇が迫る世界樹の頂を目指して一気に跳躍した。
三時間におよぶ登攀を終え、俺たちはついにユグドラシルの頂へと降り立った。
眼下に広がるのは、息を呑むような大陸の全貌だ。
ところどころに低い丘や山はあるものの、大陸全体が「瘴気の森」を頂点として、東の海へとなだらかに続く巨大な扇状地になっていた。南北には切り立つ断崖――プラムが言っていた「国境の壁」が天を衝くようにそそり立っている。
「……スカイツリーの倍以上の高さから見る景色か。不思議と、国境の先まで見えるな」
理論上、地球の丸さでは数百キロ先が限界のはずだが、ここは異世界だ。五〇〇キロメートル先の国境すら、この頂きからは手にとるように分かる。そのさらに向こう側は地平線に消えているところを見ると、この星もどうやら丸いらしい。
隣で景色を眺めるリナの表情は、どこか硬い。
「リナ。ここから一〇時間は飛び続けることになる。魔力は持ちそうか?」
「うん。たぶん大丈夫。ここはマナに溢れているし、これでも私の魔力値は『八〇』あるからね!」
「よし。初フライトが夜間飛行になるが、俺は夜目が利く。俺が先導するから、後ろからついてこい」
張り詰めていたリナの表情がふっと緩み、喜びと興奮が混じったような、どこか艶っぽい笑みを浮かべた。
「うん……! どこまでも、ついていくから」
その返答には、単なる返事以上の、重い決意が宿っているように見えた。
だが、召喚時の「サンカの過酷な訓練」の記憶が蘇ったこと、そして異世界の非常識へのショックを緩和するための『常識置換』が働いている今の俺には、彼女の心の揺れに気づく余裕はなかった。
「それじゃ、行ってみようか――!」
目的地は八〇〇キロメートル先、トレミエールの王都。 俺はマジックバックルからカイトを取り出すと、虚空へと身を投げ出した。
「ふわり」と体が宙に浮き、風を捉える。
ユグドラシルからトレミエール王国の方角へ向かって、地上では決して感じることのなかった強烈な上昇気流が吹き、後ろには魔力で淡く発光しながら空を舞う美少女・リナ。
その神々しいフォローを受けながら飛ぶ無双感に、俺の感情は高揚していた。
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