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ガラスの世界樹と、美しき桃色の死神

 二週間の旅路を経て、ついに私たちはアプリコット王国の心臓部、王都ピクルスへと足を踏み入れました。

 そこは、かつて私たちがいた世界の文明と、三百年を生きるエルフの美学が奇跡的なバランスで融合した街でした。

 深い谷に架かる立派な石橋を渡れば、レンガ造りの街並みが広がり、その路地裏には高床式のログハウスが自然の一部のように佇んでいる。そして、街の中央に聳え立つのは、プラム王女から聞いていた「世界樹ユグドラシル」。

「……綺麗。本当に、ガラス細工みたい。こんな風景一生に一度かも」

 それは、半透明の花びらを持つ巨大な花を咲かせ、大木全体が幻想的な「霞」を纏っていました。 初めて目にする、本物の異世界らしい情景。私は思わず、旅の疲れを忘れて見惚れてしまいました。

「それはラッキーじゃな。実は、あの霞はこの世界の魔法の源――純粋なマナの花粉なのじゃ。ユグドラシルがこれほど豪快にマナを大陸中に降らせるのは、三百年ぶりのことじゃぞ。ちょうど竹の花が咲き乱れた時期と重なるのも、何かの予兆かもしれぬな」

 そんな絵画のような風景の中、中心街を抜け、メイン通りの終着点には「ブルーシャトウ」が待っていました。

 湖面に浮かぶ島に、日本の天守閣を思わせる青い城が聳え立つ。島全体が「枯山水かれさんすい」の庭園になっており、そこへ至る道は、見事な「竹林の小径」となっていました。

「ワビサビ……ね。エルフの感性は、本当に不思議だね」

◇ ◇ ◇

 いやあ、ようやく「ナンバーワンホスト」の激務から解放された気分だ。

 セクシャルバイオレット軍団の波状攻撃をいなし続け、なおかつリナからの「零下百八十度の絶対零度視線」を受け流す日々。俺のメンタルは、もうボロボロの雑巾寸前である。

 そんな俺たちの前に、ようやく目的地が姿を現した。

 王都ピクルス。そこは、そそり立つ渓谷の間に築かれた要塞都市だった。

 広大な湖のほとりに、天を突く世界樹ユグドラシルがそびえ立ち、その根元には鏡のような湖面が広がっている。

「……あれが、アプリコットの王城か」

 湖の中央に浮かぶ「中之島」。そこには日本の城を彷彿とさせる天守閣が鎮座していた。

 俺たちは馬車を降り、嵐山の渡月橋を思わせる風情ある橋を渡る。ここからは徒歩だ。

 中之島に一歩踏み入れると、そこは整備された竹林の小径。

 だが、辺りの竹は寿命を迎え、寂しげな黄土色に枯れつつあった。そんな「死の気配」が漂う静寂の中、そこだけが異様に鮮やかな一角があった。

「ええっ! あの竹は枯れてないわ! それに見て、あんなに綺麗で大きな花が咲いてる!」

 リナが目を輝かせて駆け寄ろうとする。

 確かに、青々とした葉の間に桃色の八重咲きの花が満開だ。地味な竹の花とは大違いの圧倒的な存在感。

「綺麗ね……一輪、摘んでこようかな?」

 上目遣いで、可愛らしく俺の様子を伺うリナ。

 ……おっと、危ない。普段の俺なら「いいよ、似合うよ」なんてデレていたかもしれない。だが、サンカの知識が俺の脳内で警報アラートを鳴らしまくっている。

「リナ、止まれ。そいつには絶対触るんじゃない」

「えっ……? なんで? せっかく可愛い私を演出しようとしたのに」

「演出どころか、永遠の眠りにつくことになるぞ。あれは竹じゃない。『夾竹桃』だ」

 俺は引いているリナと、同じく首を傾げているプラム王女に解説をぶち込む。

 そいつは葉、茎、花、根、果実。すべてが青酸カリを上回る猛毒。歴史上でも枝を箸代わりにしただけで死ぬ。燃やした煙を吸っただけで中毒を起こしたという事実があり、「薬○の独り言」の元ネタでも、ある事件のトリックとして使われていた有名どころだ。

「この世界じゃどうか知らないが、俺たちの世界じゃ最強クラスの毒植物だぞ」

「そんな……。竹蔵も『触るな』とは言っておったが、まさかそこまでとはのう……」

 絶句するプラム。リナも真っ青になって手を引っ込めた。


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