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無能の宣告と、闇に溶ける「忍者」の産声

 納得いかないのはカレンだ。

「ちょっと待って! 聖女のあたしが魔力値90なのに、ただの竹に負けるなんて意味わかんないんだけど!」

「それは勘違いっすよ」

 ヴァウロニアが解説してくれた。

「魔力値っていうのは、空間に漂う『マナ』をどれだけ効率よく『魔力』に変換できるかの割合のことっす。魔力値『百』っていうのは、取り込んだマナを百パーセント魔力に変換して事象を捻じ曲げるエネルギーにできる……つまり、無駄がないってことっす。試しに見せるっすよ」

 彼女が印を組み、呼吸を整えると、その体表面に揺らめく光の帯がたなびいた。 「これが変換された魔力のオーラ。これを使って……『ウォーターボール』!」

 彼女の手の平に巨大な水の塊が浮かぶ。

(……サンカの『気』と同じだ)

 サンカは呼吸法で大地の気を取り込み、肉体を活性化させる。達人がまとう「オーラ」と魔法の原理がここまで似ているとは。サンカの奥義を叩き込まれた俺が、鑑定では「魔力ゼロ」と出たのは皮肉な話だ。俺の体質は「変換」するのではなく「そのまま練る」ものだからだろうか。

「スー、ハー、スー、ハー」

 シオンたちが慌てて深呼吸を始める。

「ヒ、ヒ、フー、ヒ、ヒ、フー!」

……ヤスキヨ、お前らのはラマーズ法だ。妊婦かよ!

「あんたたち、マナを取り込む呼吸は特殊っす。後で教えるっすから。それより、ギルドマスターが来たっすよ」

 奥から現れたのは、シルバーグレーの髪を蓄えた、眼光鋭い重厚な男だった。

「君たちが、召喚された異世界人か……」

「それはこっちが聞きたいわ。勝手に呼んでおいて迷惑な話よ」

「そうよ。詩音たちの許可、取ったわけ?」

 カレンとシオンの容赦ない言葉に、百戦錬磨のはずのギルドマスター、アーロンもたじたじだ。

「……あー、その件も含めて、ここでは人目が多すぎる。奥の応接室でゆっくり話を聞かせてくれないか」

 俺たちは顔を見合わせ、ギルマスの案内に従ってギルドの奥へと足を踏み入れた。

 ギルドマスターの応接室。コの字型に配置された重厚なソファに座り、俺たちの「異世界での今後」についての会議が始まった。

 しかし、そこで突きつけられたのは、あまりに非情な「宣告」だった。

 ギルドマスター・アーロンは、冷徹な目で俺たちを見渡した。

「神託によれば、セラムの地に降り立った希望の柱は『五本』。……シオン、カレン、リナ、ヤスシ、キヨシ。神が選んだ勇者は、この五人で間違いなかろう」

 アーロンの視線から、俺だけが外された。

 召喚主であるローズ王女は徹底した実力主義。魔力ゼロの俺は、保護の対象外。 「異世界アルアルやな。無能はお払い箱行きなんや」

 ヤスシの言葉は俺にとっては大歓迎(魔王軍との最前線なんて真っ平ごめんだ)が本心だ。

 だがリナだけは違った。俺を庇うように一歩前にでる。

「そんなの勝手すぎます! 彼は私たちの仲間です! タクミくんがいないなら、私たちだって――」

「リナさん、いいんだ。……王族は実力主義なんだろ? 足手まといはいらない、当然の論理だ」

 俺はあえて、寂しげな「無能な友人」を演じてみせる。

 リナの言葉は嬉しかったが、この世界の常識では、魔力を持たない俺は「足手まとい」でしかない。アーロンは俺を「勇者の下僕か、竹の研究員」程度にしか見ていないようだった。

 ――教師・秋山 side――

天井裏の静寂の中、秋山は口角をわずかに上げた。

(――「無能」判定? 最高のプレゼントじゃない)

 ギルドマスターの冷徹な宣告は、彼女にとってはこの上ない福音だった。 教え子たちの行く末など、知ったことではない。今の彼女を動かしているのは、純粋な「シノガラ」としての知的好奇心と、この未知なる世界の情報を独占したいというプロの独占欲だ。

 巧が「無能」として放逐され、他の勇者候補たちがギルドの保護下に入る。

 それは、監視という「仕事」から解放され、彼女自身が自由の翼を得ることを意味していた。

 数時間後。 ギルドの喧騒に紛れ、一人の「美女冒険者」が受付に立っていた。

 眼鏡を外し、盗んできた衣服――『サンカ』には所有という概念がない、必要なものは盗むが常識だ――を纏う標準的な冒険者のその姿は、どこから見ても腕の立つ流れものの雰囲気だ。

「……鑑定を」

 差し出された細い指先が賢者の石に触れる。 瞬間、ソフィアがまたしても目を見開いた。

【氏名:アキヤマ】

ランク: A

魔力値:三〇

属性:風

職業: 忍者  スキル: 暗殺、諜報

「……Aランク? 勇者様たち以外にも、これほどの手練れがセラムに集ってくるなんて」

「別に珍しいことじゃないわ。さあ、登録を済ませて頂戴(サンカのサの字もでない。賢者の石さえ欺くプロフェッショナルな私)」

 ソフィアの驚きを冷ややかに受け流し、自分に酔いしれる秋山はギルド証を受け取る。 魔力値「三〇」。ヴァウロニアと同等のこの世界の「一流」の証。

 そして職業は、そのものズバリの『忍者』。

(フフッ……この世界、私に馴染みすぎじゃない?)

 シノガラで培った闇の技術が、システムによって正当な「力」として定義された。  

 勇者たちが温室で「魔法の練習ままごと」をしている間に、彼女は既にこの世界の食物連鎖に組み込まれたのだ。

 教師としての秋山は死んだ。 ここからは、影に生きる暗殺者――『忍者アキヤマ』の独壇場だ。

 街の雑踏に消えていく彼女の背中は、獲物を探す獣のそれと同じ、鋭い殺気を孕んでいた。

◇ ◇ ◇

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