素顔の威力と私の結論
まさか叔父様があんなに早くに発たれるとは思いもしていなかったので驚いたけれど、それでも日常は回る。館の改装構想や警備員の皆さんにとって速やかに改善したほうが良いことなどを、タナーやフォード様達、ネイトやモニカやターラ達と相談していると、時間は飛ぶように過ぎていく。
「――ふう。少し休憩にしましょう」
頭がぐらぐらしてきた。タナーもフォード様もよく平気だよな。こっちは手配したいことが沢山あって、でもフェイ伯父様のお帰りを待たなきゃ進まないことばかりで、ともすれば苛々しそうだっていうのに、2人共涼しい顔して。……何か悔しい気が……。
駄目だ。ちょっと……かなりお行儀が悪いが肩が凝ってる。淑女云々にはちょっと目を瞑って貰おう。思い切り伸びでもすれば少しは……。
「――お嬢様。少し庭を散歩などされては如何でしょう?」
ぐっと腕を上に上げて背伸びをしたら、お茶の給仕の為に部屋にいたターラから提案が出てしまった。その眼差しが痛いよ……!……何かターラ、此方来てからエリン化してない? え、嫌だ、エリンは1人で充分だよ!
――とは言え。
「そうね。フォード様、お付き合い頂けますか?」
「はい」
返事をしてくれたフォード様は今日も今日とてマ◯ク・オブ・◯ロである。オペ◯座の◯人である。うーん。前髪で口元しか見えん。
叔父様のお願いを翌日から実行しているわけだが、果たして何を思って小娘の我が儘に付き合ってくださっているのか、いまいち掴めない。表情が見えないから。前髪、長いだけじゃなくて厚いよ! そのままじゃ井戸から出て来ちゃうよテレビ画面から出てきちゃうよ……あ、思い出したら怖気が……。ひいい、ホラーは大嫌いいいい!……。……否、そうじゃなくてだな。
模範的なお返事でついてきてくれているフォード様。その手にはターラに渡された日傘。そして私達の間に会話はない。……。会話! 何か会話! 私は基本的に人見知りなのだ。会話しなくても平気でいられる人は限られている。エリンとかターラとかお母様とか、かれ……げふんげふんアレは含んじゃいかん……。えーと、お母様とエリンとターラと……。……と……。……少なっ。……て、いやいや、そうじゃなくて、何か会話! フォード様と話すって何を話したら良いんだ? いつもはタナーもいて、領地の話をしてるから……でも休憩中だし、それは頭が沸くから止めておきたいし。えー……話題がない……。ターラならとりとめのない話もOKだけど、フォード様にそれは……。叔父様、お願い事が重いです。フォード様の表情が分からないのも会話を始められない一因だなあ……。顔が見えたら良いのに……。何で……。
「……なぜ、フォード様は前髪を伸ばしていらっしゃるんですか?」
「……」
――あ! しまったついぽろりと。沈黙返しとか痛い! 触れてはならぬ問題だったか!
「あ、あの、ご免なさい、私ったら踏み込んだことを……本当に申しわけ――」
「ああ、いえ、どうぞ謝らないでください」
「でも……」
「いえ、本当に。お気になさることなど何もないのです」
んー……? するとさっきの沈黙は何ぞや? 何故前髪仮面なの?
あ、笑った、多分。口しか見えないから確信はないけど。緩い癖がある髪の毛なのにまるで目元は見えない。鼻が僅かに分かる位。どれだけ厚いんだ前髪。
「……私の顔には、傷があるので……」
はい? きず? あ、傷? うん? 何の話……ああ! さっきのぽろりに答えてくれてるのか! 頭疲れてるわ、脱線しまくりで戻ってこない……。ええと、そうじゃない。
「……傷、ですか。酷いのですか?」
「いえ、それほどでも。……私は気にならないのですが、お嬢様方には醜く映るかと……」
「醜い?」
傷に醜いとか醜くないとかあるのか? それとも別の意味?――分からん。
「……ええと、酷い、わけではないのですよね?」
「私は騎士なので気になりません。ですが、女性に刀傷は刺激が強いかと……」
……ああ! 要するに怖がるのではってこと? 誰か怖がったのかな?
「使用人の誰かが怯えましたの?」
「いえ」
? ならばなぜ?
ついつい出る癖。首が傾く。すると、くすり、と小さく息が漏れる音が再び。フォード様の口元が微かに弧を描いている、気がする。
「私の憶測です。ですが、女性は戦をご存知ありませんから……刀傷は恐ろしく、醜く見えるのでは、と思いまして。女性に不快な思いをさせるのは本意ではありませんので……」
なるほど。確かに刀傷なんて見たことがない。前世も含めて。帝王切開の痕でさえ。あ、盲腸の手術痕なら見たことがあったかな……ううむ、記憶が遠過ぎて思い出せん。要するにさっぱり想像がつきません。ううん、どうしたものか。だってねえ……。
「……確かに、私、刀傷を見たことはありません。ですから、こんなことを考えてしまうのかもしれませんけれど……その前髪ですと良く見えないのではありませんか?」
ふ、とさっきとは違った息の漏れ方。笑った……のか? やっぱり顔が見えないと良く分からんなあ。
「確かに、色々と見難いですね」
あ、やっぱり。
「でしたら、試しに前髪を上げてみてくださいません?」
あら足が止まった。何か不味いこと言ったかな。調子に乗り過ぎた? でもねえ。見え難いのはいくない。不便でしょ、多分。私は少しでも前髪が伸びるとすぐに結って大五郎してたからなあ。前世で。恥? 何それ美味しいの? 今世ではすぐにエリンとターラが切ってくれるからやったことないけど。羞恥心? 私はない。
「……お嬢様にお目にかけられたものでは、ありませんので……」
「あら、それを決めるのは私ですわ」
怯えるか、と言われたら、NOと言える自信がある。前世、ざっくり切れて肉が見える状態の怪我を目の当たりにして、その場にいた人達がほぼ全員悲鳴を上げたり目を反らしたりする中で、1人動じなかった経験がある。あれは多分一般的に言って結構グロかった、と思う。未だに記憶にはっきり残っているくらいだから。でも何とも思わなかったんだよね。傷口をじっくり観察して砂とか入り込んでないか確認して、はよ消毒して手当てせんと、とか思って、痛がるわ傷を気持ち悪がるわで半分腰を抜かしてた怪我人本人を半ば引き摺って保健室行ったし。保険医には「将来医者になったら?」なんて言われたけれど、それは丁重にお断りした。人様の命を預かる仕事なんぞ、私に務まるとはとても思えない。無理だと断言できる、今でも。と、言うわけで。何が、と言うわけで、なの? とか聞いちゃ駄目。何が何でも、と言うわけで。ちょっと領主権限の使い方が違う気もするけれど。
「見せてみてくださいませ」
我が儘領主、発現。
うん、フォード様から困っているオーラがびしばし飛んでくる。が、無視だ無視。表情が見えないと何考えてるかさっぱり分からない。元々察するという能力が著しく欠けているのだ。表情まで見えなかったら最早お手上げである。それは辛い、私が。要するに私の為だ、何か文句あるか。あっても喧嘩は買わない。平和万歳。
はあ、という息が漏れる音がフォード様から聞こえてきた。多分、溜息、多分。表情見えないから分からないけど。何度でも言う。表情見えないと分かり難いんだよ!
「覚悟なさってくださいね。気持ちの良いものではありませんから」
任せろ。
即答状態で頷いた。のだけど、フォード様は躊躇っているのか、暫し動きが止まる。あ、また溜息。いくらでも待つぞ。覚悟を決めるのは大変だもんね。でもできるだけ早いと良いな。気が長くないのは認める。あ、手が動いた。おお、遂にご尊顔が――。
「――」
あらまあまあまあ! 何ということでしょう! フォード様、めっちゃイケメン! 何このイケメン! アルトレイ家の――私が会ったことのある――男性陣はイケメン揃いなのだけれど、それを上回る、ちょっとタイプの違うイケメン。
特にランディ叔父様とはかなりタイプが異なるイケメンだ。ランディ叔父様はお祖母様に似ているので、所謂女顔というやつで、優男風なんだよね。――言葉が悪い気がするが。語彙力、何処かに売ってませんかね……。あー、ともかく、そんな叔父様と違ってフォード様は涼し気なお顔立ちなのだけど、甘さがないと言うか……鋭い感じ。でも怖さはない。何と言うか、こう、この夏の暑さすら感じていないのでは、とすら思わせるような涼やかさがある。鋭いのは当然なのかな。笑えば優美な貴公子に見えそうに思うけど、騎士様だもんねえ。まあ、叔父様もフォード様も絶世のイケメンなのには変わりない。スタイルまで完璧である。羨まし過ぎる。腹が立ちそうだ。八つ当たりしても良いじゃないか、くすん。叔父様なんて、血が繋がっていると言うのに全く似ていない。うう、泣けてくる。
あ。
「あら、なぜ下ろしてしまうんですの?」
勿体ない、イケメンをもっと堪能させてください。
「……ご不快に、思われたのでは……?」
「え? いいえ? 綺麗なお顔だなあ、と羨ましく思っておりました――失礼しますわね」
もう少し眼福させてください。ちょっと強引だけれど背伸びして手を伸ばして――フォード様、背が高い! 私、これでもこの国の女性の平均身長より結構高いほうなんだけど、それでもかなり背伸び頑張らないと――よし、届いた。前髪を避けるのだ。えい。
おお、お? 吃驚顔。ちょっと可愛い。あ、笑顔……と言うより苦笑? イケメンは苦笑も様になるなあ。どんな表情でも様になる。凄い。
「……ご不快に、なりませんか」
不快? なぜ。あ、傷か。確かに額の中央より左寄りから蟀谷にかけて斜めに傷があるな。これが刀傷? くっきりと紅色をしていて少し盛り上がっているけど……。頬にもうっすらとした傷痕らしきものが幾つかあるな。でも……。
「ちっとも。ちゃんと治って良かったですわね」
ん? 形が良くて綺麗な深い青色のお目々がまん丸。何か驚くこと言ったか? もしかして私の満面の笑顔が恐いとか?……この顔も恐いってよく言われるけど、笑顔まで恐いのか? もしそうだったら……どうしたら良いの!? どこかの商会さん、恐くない顔販売してください!
「――!」
ぐはっ……! 何が一体どうしたの……!? 急にその笑顔とか反則過ぎる……! 吃驚顔から一転ふんわりした微笑みとか……! 目が、目があああ……!
「お嬢様?」
くっ! イケメン過ぎるのも問題だ……! 前世含めてここまでの美形を生で拝んだことなどない。芸能人を生で見たことはある。テレビで見るより更に細いな! とか思ったけど、肺を直撃して呼吸困難にされかけたことはなかった。だから知らなかったんだよ。イケメンも過ぎると凶器になるって……! イケメン、恐るべし……!
羨ましい! 私だって絶世の美女になってみたい! ついでにダイナマイツミラクルぼでぃも手に入れたい! どうせ私は寂しいよ! 何処がとは言わないけど! 言いたくないけど!
「……あの、お嬢様? 何か失礼を?」
うう、いかん、美形にやられている場合ではない……。返事を、返事をせねば……。しかし私の脳味噌は瀕死状態……。動け思考回れ口飛び出せ言葉……!
「……。……。……いいえ、何でもありませんわ……。だだ……やはり、表情が見えるほうが良いですわね。私、コミュニケーションを取るのが苦手なので、お顔が見えていたほうが表情が分かって、まだ安心できますの」
「……それは……今まで、失礼を致しました」
「え? あ、いえ、フォード様を責めているわけではありませんのよ! 貴族の娘として相手の心情を読むのが苦手な私が、貴族失格なだけですもの!」
あああほら、鈍ってる頭で話したりするから……! どうしてこう、誤解を招くようなことしか言えないかな!? 相手の望む言葉を言える人って本当に凄いよなあ。羨まし過ぎるスキル。滅茶苦茶欲しいです、そこらで売ってませんか……。
「そんなことはありませんよ」
あああイケメンの笑顔攻撃……! もう身が持たないかも……!
「お嬢様はとても頑張っておられます。女性ならばいくら領地を得たと言っても、家令任せにしても構わない筈ですのに、御自ら領地に赴かれ、領地の為になることを率先して考え、探していらっしゃる。素晴らしい領主だと思います」
……そんな大したもんじゃないんですけどね……。女がこんなに前に出るのはあまり好まれないとは知っているけれど。単に放っておけないというか。要するにお節介なんだろうなあ。大きなお世話になってなきゃ良いんですけどね……。
しかし……このイケメン、見た目だけじゃなかった。中身までイケメンとは……! もう砂と化してさらさらと崩れ去っていく気がする……。うん、僥倖だよ、生きてる間にこんなイケメンを拝めて……。もう、思い残すことは何もない……。
……わけはないけど。けども。
結論。
この世界のイケメンは、外身だけじゃなく、中身までイケメンです。少なくとも、私の知る限り。
私の世界がアルトレイ家のみととても狭いことは言われなくとも良く分かっている。しかし良いイケメンは良いイケメンなのだ、うむ。
眼福も、過ぎると辛いと、初めて知った。字余り。
2週間前からストック切れ発生中。遅筆が辛い。
どうにも横に逸れたほうへ進んでいってしまう……orz
ちっとも本筋の恋愛に進んでくれない。脇道は行かなくていいんだ、本道を進んでくださいお願いします。……それともこの主人公が駄目なのか……。
初めて無謀にも推敲せずに投稿してしまったので、後々少し修正をしなければなりませんです。
※2020.06.25
刀傷の色:ピンク→紅(変更)




