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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 アルトレイ領
28/32

叔父様のお願い


 開け放ったテラスの大窓から緩やかに微風が吹き込んでくる。それでも夏の日中は暑い。緑一色の庭はもっと暑いに違いない。ああ、アイスティーが飲みたい。冷たいオレンジジュースでもいい。カモン氷! 食べ物や飲み物は割りと色々あるけれど、やっぱり氷はないんだよね、がっくり。

 昨日はタナーにざっと領のことを教えてもらって、今朝はフォード様も加わって領地の見取り図を確認したり、報告書の概要を読んで領地の把握に努めた。方向音痴に地図は天敵である。読めたら迷子にはならないってんだ。方向音痴は死んでも治らなかったらしい、悲し過ぎる。

 昼食後は、今度はタナーとフォード様に変わってネイトと、今までこの館で女性の使用人を束ねてくれていたモニカと、館内を廻って模様替えの相談になった。タナーに呼び出しがかかったからだ。何事かと慌てたが、時々あることらしい。帰り次第報告すると言ってくれたので大人しく待っていたのだ。

 そんな中、おやつ時にランディ叔父様がひょっこり顔を出した。「お茶でもどう?」と。そしてサロンにいる現在に至る。なぜかフォード様もいる。ターラは勿論、お茶の給仕をしている。


「どう? 領主の仕事は」

「まだ来たばかりですから何とも……ですが、やらなければならないことがあり過ぎて、しかも優先順位が決め(がた)いので頭が混乱頻りです。もう不安しかないですわ……」

「ははは、大変そうだなあ。僕には絶対に無理だね」


 ……私にも無理な気がする。と言うか、無理な気しかしない。はあ、と知らず溜息が出る。


「まあ、のんびりやったら良いんじゃない? 無理はしちゃ駄目だよ」


 そう言われても無理しないと無理です、叔父様。


「シア」


 内心でがっくり項垂れていたら、急に真剣な声で呼ばれた。叔父様のこんな声、初めて聞いたかも。


「はい」


 背筋を伸ばして居住まいを正す。すると叔父様は、今度はあーだのえーだの言葉を探しながら視線を彷徨わせた。何だどうした。


「あー、母上も無茶を言う……」


 どうやらお祖母様が関わっているらしい。何だろう、ますます背筋が伸びる。

 逡巡していた叔父様は、時折フォードのほうを見たりしながら迷いに迷っていたが、漸く意を決したように、私に視線を戻した。


「あのねシア。僕は騎士だ」

「……はい」


 えーと、それは知ってますけど、それがどうかしましたか?


「あー……シアは、僕が嫌じゃない?」

「……はい?」


 首が傾いでしまう。これは今世の癖だ。お母様から移った。前世は眉根を寄せていた。お蔭で眉間に皺ができてしまって、最悪だった。般若と呼ばれたこともある。酷い言い様じゃないだろうか。流石の私でも凹む。

 じゃなくて、叔父様が何を言いたいのかさっぱり分からない。叔父様が騎士だとなぜ嫌なのか? いや、そりゃ命の奪い合いである戦争は嫌だし平和万歳な人間だけれども。

 不思議発言をした叔父様は、あー、だの、うー、だのと呻くような声を上げつつ髪を掻き乱している。……大丈夫かな。


「叔父様?」


 呼びかけると、漸くのろのろと俯けていた顔を上げる。


「あー……つまりね。シアの……元婚約者の屑野郎……! あ、いや、えーっと……その、あー、元婚約者は騎士だったと聞いたんだ。だから同じ騎士である僕のことも嫌なんじゃないかと思ってね……」


 叔父様は話し出したら腹が決まったのか――屑野郎のところ以外は――勢いはないもののちゃんと話し切った。だけど何だ、そんなこと。何だろう、気にさせてしまうような言動をしただろうか。記憶にはないのだけれど……。これはきちんと言っておいたほうが良いだろうな。


「叔父様。()は当時まだ従騎士でしたわ。それに、別に騎士様だから婚約したわけではありません。ですから、騎士だから嫌い、(など)と言うことはありません」

「……本当に?」


 一応自分のできる1番の笑顔をしてみたつもりだが、駄目だったらしい。それなら真剣な方向で。


「はい」

「……それじゃ、僕は大丈夫だとして、フォードは?」

「……はい?」


 やけに喰い下がるなあ。それに、フォード様?


「……ああ、フォード様も騎士様でしたわね。勿論、大丈夫ですわ。と言いますか、騎士は関係ありませんわ。騎士様は(わたくし)達王国民を守る為に命をかけてくださっているのです。嫌いになろう筈がありません」


 ある意味強制なのだ、特に王候貴族は。進んでなりたかろうが嫌だろうが、ならなければならない。騎士にならない、なれないことは恥とまでされている。そのくらい、必要な存在なのだ。悲しいけれど、それが現実。前世で言うところの徴兵制度のようなものだ。ああ、こうして目の当たりにするとその制度が如何に非道なものか、物凄く実感する。聞くと見るでは大違い、てやつだ、(まさ)しく。そんな非道なことでも、此処(ここ)では必要不可欠なのだ。それが私達を守ってくれているのは、どうあっても厳然たる事実。それを嫌うなど、流石の私でもしないし、できるわけもない。――だからと言って、そんなものが必要な世界をできれば肯定したくはないし、平和を望み続けるのは変わらないけれど……。


「本当に?」

「ええ、勿論です」

「本当の本当に?」

「本当の本当ですわ」


 何だ何だ、何だかやけにしつこい……じゃなくて喰い下がるな。何かあるのか? だとしても何?……分からん。


「それなら良いんだ」


 物凄くほっとした様子で破顔した叔父様。眩しい……! イケメンのはにかんだ笑顔の破壊力よ……!


「シアに嫌われたら悲しいからね」


 ……そんなこと? そんなことであんなに言い辛そうにしていたの?……何か脱力……。


「……嫌ったりしませんわ」

「良かった」


 うんうん、と嬉しそうに頷いている叔父様。……もしかして、叔父様()には、そんなこと、ではないのかもしれない。当時もフェイ伯父様達が相当ご立腹であったとは聞いていた。それは私の想像を上回っていたのかもしれない。と言うか、叔父様の様子を見るにその可能性が高い。……私、愛されてるなあ。たかが姪如きにここまで心配してくれるなんて。ちょっと、かなり幸せだ。




 タナーは私の就寝前に戻ってきた。どうやら賊と思われる者達が領地に侵入してきたらしい。残念ながら捕らえるには至らなかった為に主犯が誰だかは分からずじまいになったが、警備員達に死傷者はないとのこと。良かった。怪我はいくない。


「……賊の侵入は、どのくらいの頻度でありますの?」

「残念ながら、最低月に1度は」

「……多いですわね。何か対策ができれば良いのですが……」

「私も同感ですが、領境の辺りは難しいです。警備員達に頑張って貰うしかないかと」


 領境に万里の長城でも建造できれば良いのだろうけど、勿論無理なのは分かっている。物理的な問題とか金銭的な問題とかだけではなくて、そもそも領境(など)に砦なんかを建てたら駄目なのだ。法で決まっている。同じ国民同士で無用な争いをしてはならない。その芽になりそうなこともしてはならない。領境に砦を建てることは隣接する領の領主に対して、私はあんたに敵意があるんだよこの野郎! とか何とか、まあ理由は何でもいいんだけれども、とにかくそんな感じに宣言するようなものなのだ、此処では。そんなことしたら駄目絶対。

 しかし警備員達の負担は大きい。月1とは言え、それがいつ来るのかなんて分からないのだ。緊張しっ放しだ。精神的に疲労する。精神的な疲労はいつか肉体にもくる。

 だが何とかしたくとも良案がない。何という悲しい現実。本当に領主務まるのかな、泣きたいわ。


「……そうですわね……。明日、その警備員の皆さんがいる集落に行くことは可能ですかしら?」

「2、3日は様子を見られたほうが宜しいかと」

「分かりましたわ。では3日後に」

「畏まりました」

「ご苦労様でした、タナー。ゆっくり休んでください」


 タナーは見事な一礼を披露して退室した。格好良い。


「……お嬢様」

「どうしました、ターラ?」

「お嬢様は、怖くないのですか? そんな賊が出るようなところなど……!」


 おや、ターラ真っ青。しかし正直に言えば私は怖くない。と言うか多分、実感がないのだ、怖いことだという実感が。でも、ターラには怖さが分かるらしい……。と言うことは。きっと何か体験がある。賊の怖さを知るような事態を体験している。となれば連れていくのは酷だ。


「……3日後は、ターラはゆっくり休んでなさいな。(わたくし)とタナーで行ってきますから」

「とんでもありません! 危険なところへ行かれるお嬢様から離れるなど! 何と言われようともついて参りますから!」


 おお、元気になった。いやしかし、怖いのに無理する必要はない。


「でも、ターラは怖いのでしょう?」

「それは!……そうですが……。お嬢様は怖くないのですか?」

(わたくし)は……正直に言うと実感が湧きませんのよ。……こういうの、無謀と言うのかしら?」

「お嬢様……!」

「でもね、ターラ。タナーが反対しなかったのだから、きっと大丈夫ですわ。フェイ伯父様がわざわざ()()()家宰に選んだ人物ですもの。その辺りの判断はしっかりしてくれると思いますわ。領主が小娘となれば猶のこと。ね? だから(わたくし)は大丈夫だと思います」


 そうなのだ。タナーとは会って間もないわけだが、フェイ伯父様が選んだ人材だ。此処が何れ私に渡ると分かった上での人選。タナーの為人(ひととなり)を知るには勿論まだ時間がかかるだろうけれど、フェイ伯父様のことは信頼する程には知っている。ウェスリーも信頼している風だったし。危なっかしい成り立ての領主の手綱くらい、しっかり握ってくれると思う。


「……奥様は、なぜ此処をお嬢様にお遺しになったのでしょう。こんな危険なところを……」

「……それは──」


 答えようとした私の言葉は、ドアをノックする音で遮られてしまった。ターラが我に返って相手を確認に行く。


「お嬢様、ランディース様です」


 叔父様? こんな時間にどうしたのか。


「お通しして」


 ターラは頷くと扉を開いて叔父様を招き入れた。


「こんな時間に済まないね、シア」

「いいえ、構いませんわ。起きていましたから」

「……3日後の予定のことだけど」

「タナーにお話を聞かれました?」

「うん」


 仕事が早いな、タナー。優秀だ。きっと叔父様にも同行を頼んだのに違いない。


「それでね、お願いがあって来たんだ」


 ……あれ?


「……お願い、ですか?」

「そう。3日後の視察に、フォードを連れていって欲しいんだ」

「フォード様を?……でも、療養中でいらっしゃるのでは?」


 怪我か病気か知らないけれど、療養中の人間を引っ張り回しては駄目なのでは。


「うん、そうなんだけどね。怪我自体はもう大分良いんだ。残念ながら前のように戦場には立てないだろうけど……」

「……そう、ですの……」


 そんなに重い怪我をしたとは思わなかった。だって普通に歩いてたし。……確かに速度はゆっくりだったけど。


「ただ、医者の話だと、訓練すればもっと普通に歩けるようにはなるらしい。その為には、館に籠ってばかりではなく、身体を動かすべきだろう?」

「そうですわね」

「僕達男の歩く速度ではきつくても、シア達女性の歩く速度ならついていけるだろうし、良い訓練になる筈だと思うんだ」


 確かに。私は歩くのが速いほうだが、まあそれでも女性用のズボンという代物がないこの世界では高が知れている。しかもロングワンピースで低くてもヒールのある靴となれば猶更だ。

 私が神妙に頷くと、叔父様はにっこり笑った。


「3日後だけじゃなくて、なるべく連れ回してくれたら有り難い。あいつは全く頑固でね。でも女性(レディ)の誘いなら断らないだろ」


 ……なるほど。つまりフォード様は色々と諦めてしまっていると言うことか。詳しいことは本人に聞かないと分からないけど。で、叔父様は心配しつつもそれを歯痒く思っている、と。


「分かりました。雇い主権限を使えば断れませんでしょ」


 神妙な顔でそう言ってからにんまり笑ってみせたら、叔父様は吹き出した。くつくつと笑っている。……結構笑い上戸、じゃないか?


「有り難う、心強いよ。勉強の……いや、仕事と言うべきかな? その合間に、まずは散歩程度で良いんだ。日傘差しにでも使ってやってくれ」

「叔父様、それは……」


 冗談でもできないだろう。フォード様って貴族じゃないのか? 何というか、雰囲気でそう思っただけだけど。


「理由は何でも良いけど、何か言いわけを作らないと動かないかもしれないからさ。まあ、とにかく扱き使ってよ」

「宜しいんですの?」

「うん、宜しいよ」


 ならば叔父様の為に一肌脱ぎましょう。


「分かりましたわ。では(わたくし)、我が儘領主になりましょう。我が儘は得意ですわ、任せてくださいまし」

「――ふ、はははっ。頼もしいな。頼んだ、アルトレイ家(我が家)の姫君」




 そんなお願い事をした叔父様は、翌日南の戦線に戻っていかれた。


「本当はそうそう離れていられない状態だったんだ。じゃあ、シア。無理しないようにね。それから、あいつのこと、頼んだ」


 叔父様のお願いに、私は大きく頷いた。それを見て、叔父様は笑って旅立たれた。

 ――どうかもう一度、ランディ叔父様に会えますように。笑ってお話できますように。

 どんなに歯痒くとも、私には祈ってその背を見送るしかできない。


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