仮面の怪人が分かる友達募集中
朝食の為に食堂に向かうのは酷く気が重かった。しかしいざ顔を合わせると、そんな気は吹き飛んだ。全てランディ叔父様のお蔭である。有難う御座います叔父様。
昨日分かったことだが、叔父様はお祖母様似の大変なイケメンで眼福だが、ちっとも気取ったところがなく、それどころかどちらかというと庶民的――この世界で言うなら平民的――なのでは、と思うような砕けたお方だった。ご自分でも「貴族らしくない」と仰って笑っておられたが、否定できない。何でも騎士と言っても前線に立つ者は荒い人間が多いらしく――と言うよりも多分、貴族的なことをしていたら生命に関わるから荒っぽくなるのではないかと思ったのだが――最初は貴族のお坊っちゃま然としている者でも次第に荒くなっていくのだとか。
どんな理由にせよ、叔父様の気さくで砕けた雰囲気と、反してとても気の配られた私的に完璧紳士な素晴らしい態度は非常に有り難く助けられた。何せこちとら庶民歴ウン十年である。淑女振るのも大変なのだ、特に精神的にダメージを負っていると。
「お嬢様、本日のご予定は如何なさいますか?」
……うーむ、どうしよう。
朝食後、食堂から居間に移動して食後のお茶を楽しんでいたら、この館で家令を務めているとても私好みのナイスミドルなネイトに訊ねられ、思わず考え込んでしまう。
特に予定は立てていないけれど、やっぱり領地内の視察かなあ。狭いと言っても1日で回り切れるわけじゃないし……。車なら1日でいけるんだろうけど、そんなものこの世界には当然ながら今のところ影も形もない。
しかし視察と言っても、この領には町どころか村すらなかった、少なくとも此処に来るまでの間には見かけなかった。要するに未開の地なのだ。否、完全に未開なわけではない。小さな集落が幾つかあるとは聞いている。しかし最短距離の道中にはなかった。
そもそも道自体ほぼ整備されていない。
領主というのは大変忙しい。しょっちゅう視察するなんてできない。その上領地が広大となれば、下手をすれば1年では回り切れない。となると、当然重要な場所が優先される。ほぼ何もない此処に手間をかけている時間は残念ながらなかった、というわけだ。
と言って、この地が重要じゃないかと言ったらそれはまた別の話で。
私の領地となった此処は、元々はアルトレイ領の東端になる。山脈が横たわっている為、ぐるりと北側から回り込んで来ないと来られないという、ちょっと面倒な場所である。そして隣の領と領境を接しているのだ。ぶっちゃけ隣の領の領都からのほうが断然来易い。遮るものは森とか林とか川とか、聳える山脈に比べれば軽く思える、そんなものだけだから。
そんな面倒な山脈の麓がなぜ隣の領地にならずにアルトレイ領に組み込まれているかというと、この山脈が鍵。この山、鉄鉱山なのだ。そしてその鉄鉱山の所有者がアルトレイ家。不正に侵入して鉄鉱石を掘られないよう、この場所がわざわざアルトレイ領に組み込まれているのだ――とは、フェイ伯父様に教わったことだ。
つまり、この付近に幾つかある集落とは不法侵入者を見つけて捕らえる警備隊の人々が住んでいる場所、と言うわけだ。
要するに他には何もないわけで、視察ったって何を見るんだっていう。集落に行って、ご苦労様です、と挨拶するぐらいしか今のところ私には思いつかない。
じゃあ何の収益があるかって言うと、警備料みたいなものを支払う予定だったとフェイ伯父様は仰っていた。つまり私がホストリーにいたらよく知らないままお金を貰っていたことになる。恐ろしい。何という不孝者か。しかしながらこれまで――お母様が頼んで、それが了承されてから今まで――にがっちりしっかりその警備料擬きが貯蓄されている。有難う御座いますフェイ伯父様。有り難く頂戴致します。町造るのには金がいる!
「……そうですわねえ……。先ずはタナーに話を聞こうかしら……?」
はら? ちょっと待て。自分のことばかり彼是考えていたけど。
「ランディ叔父様」
「うん?」
「叔父様の今日のご予定を伺っても宜しいでしょうか?」
ご友人の様子を見にいらしたと仰っていたし、そちらに行かれるのかしら。……あれ? でも待って、この辺りで行けるところなんて領境の集落だけ。警備用の集落でなんて、療養できるもの?
「シアについて回ろうと思ってるよ」
うん?
「……お友達のお見舞いに行かれなくても宜しいんですの?」
「うん?」
「?」
……ええと。首を傾げられましても。大変可愛らしいですけども。イケメンは何やっても許せる。絵になるよなあ。ダークブロンドの髪が窓から差し込む陽の光でハニーブロンドみたいになってきらきら眩しい。
「……坊っちゃま」
「ネイトその呼び方止めて、恥ずかし過ぎるから」
叔父様の気持ちはよく分かる、本当に。お嬢様って呼ばれるのは非常に恥ずかしい。大分慣れたけど。
しかしネイトの笑顔が……えーと。
「坊っちゃま」
「……ハイ」
流石に叔父様を子供の頃から知っているだけある。ネイトは強かった。私にとってのエリンみたいなものだな、うん。……御愁傷様です叔父様、合掌。
「お嬢様に何もお話ししていらっしゃらないのですか?」
「……話してなかったっけ?」
あら、こっちに振られた。何の話?
「何を、でしょう?」
とりあえず、首をちょっと傾げてみる。
「坊っちゃま」
「いや、話したと思ってたんだ。ごめんって、怒るなよ、怖いってネイト!」
あ、まずかったらしい。でもごめん叔父様、何のことかさっぱり分かりません。こほん、と仕切り直すように咳払いをする叔父様も様になっている、うむ。
「えーっとね、シア。こっちで療養してる友人なんだけどね」
「はい」
「此処にいるんだよね」
「……はい?」
「うん、だからね。この館で療養してるんだ」
「……」
この館で療養……。
「えっ!?」
待って。待って待って待って。
それってつまり、家族親戚以外の男性と1つ屋根の下ってことで……えええええっ!
そんなことくらい、と言うことなかれ。前世日本ならいざ知らず、この世界のこの国でそれは物凄く破廉恥な醜聞になりかねない。ちなみに使用人の男性は含まれない。否そんな場合じゃなくて、お祖母様が許可してるわけだし、お祖母様ならご存知だった筈だし無問題な筈……え、叔父様、まさかお祖母様にも話し忘れてないよね?
「……叔父様、お祖母様はそのこと……」
「ご存知だよ」
「そうですか……」
ああ、良かった。お祖母様がご存知なら大丈夫。――じゃない。
「私ったら、ご挨拶してませんわ! 叔父様のご友人の方は朝のお食事はどうなさいましたの?」
「シア、落ち着いて」
「でも叔父様、私、失礼を――」
「大丈夫だから、落ち着こう」
対面の席から叔父様が移動してきて、私を座らせた。ついでに叔父様も隣に座った。いやでも、え? 良いの、挨拶しなくて?
疑問が顔に出ていた自信はある。
「療養中の友人だけどね。ただ休んでるのは落ち着かないって言うんで、この館で働いているんだ」
……はい?
「タナーについて、領地経営の勉強中。家宰見習いってところかな」
え、良いの?
「叔父様、そのご友人の方は騎士様でいらっしゃいますわよね?」
「うん、まあね」
単純に叔父様が騎士だからそう思っただけなんだけど、やっぱり当たってた、良かった。――いや違う、良くない。
「……宜しいんですの?」
騎士が怪我を負った場合、その度合いによっては勿論、引退しなければならないが、復帰可能と判断された怪我等の場合はその間きちんとお給金が出る。要するに怪我の治療に専念せよというわけだ。福利厚生が手厚い、素晴らしい。まあそれだけ騎士というのは重大なお仕事ということなのだ、この国にとって。
なのに働いている、とは。
「うん。ちゃんと陛下から許可を得てるよ。と言うか、勉強してこいって言われたらしいよ」
え、マジですか。何か……良いのか? よく分からん。
しかし分かっていることが1つある。
「でも私、ご挨拶してませんわ、なんて失礼を……!」
そうなのだ、騎士様に対して挨拶なしという、この国ではあってはならない、国の為に生命をかけている人に対して大変無礼な真似をしている状態継続中。まずいでしょ!
「大丈夫だって。働いているって言ったでしょ? つまり、シアは……彼の雇い主になるわけだ。むしろ向こうが挨拶に来ないといけないんだよ。だから大丈夫」
いや大丈夫って……大丈夫、なのか……?
「お嬢様。ランディース坊っちゃまが誠に申しわけないことでございます。話がずれてしまいまして、こちらも重ねてお詫び申し上げます」
「……ネイト……」
「そんな、切欠は私ですもの、謝らなくて良いですわ」
「……シアまで……」
「有難う御座います。では、本日のご予定は、先ずはタナーに話を聞くということで宜しいでしょうか?」
「……」
「そうですわね、そうします」
「……」
「執務室に致しますか?」
「……」
ここで初めて、ネイトと2人で――ご免ね叔父様、しかし言い忘れは今回で終わりにしてもらいたいのでお仕置き執行で――わざと無視していた叔父様を横目でちらりと見る。
……叔父様もいらっしゃるのよね。さっきそんなこと言ってたし。
「……いえ、応接室にしましょう。ありますわよね?」
「はい、勿論ございます。ではお茶をご用意致しましょう」
「有り難う」
ちゃんとした家令、なんて言ったら返って失礼なのかもしれないけど、ネイトは凄いと思う。私がネイトからちらりと叔父様へ視線を少し動かしただけで意図を汲み取ってくれた。感動である。エリンとターラ以外で初めて間近に見た。できる人。正直私はいらないが、タナーは飲みたいかもしれないからね。あと、叔父様も来るし。
「じゃあ、僕が案内するから後は宜しく」
……叔父様は、特なタイプだと思う。末っ子ってこんな感じなのか、万国ならぬ万世界共通なのか。
斯くして連れていかれた応接室で、私は漸く件の騎士様と対面した。多分、ネイトが気を利かせてくれたのだろう。話を聞くだけならタナーだけでいいのだから。
騎士様はとてもゆっくりと歩いて応接室に入っていらした。療養中だと言っていたし、脚を怪我したのだろうか。しかしながら猫背なのはなぜだろう?
「此方でお世話になっています、フォードと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「私はアルトレイ伯爵家の養女でセアラルシアと申します。ご挨拶が遅れまして、申しわけないことでございます」
「とんでもございません、どうぞお顔をお上げください」
物腰はとても柔らかい。叔父様も砕けちゃってはいるが柔らかいほうだから、類友なのか。
しかし。
顔がよく見えません。その長い前髪、邪魔じゃね? 前、見えてるの? 見えてても鬱陶しくね? 後ろだけじゃなくて前髪も纏めて結っちゃったら良いと思う。
まあ特徴的だし、覚えられたけれども。オ◯ラ座の怪人はマスクだけど、騎士様は前髪が仮面代わりのようだ。顔を見られたらまずいのだろうか。一目で気絶させるほどの破壊力を持つ顔面とか。彼の有名な歌劇場の怪人だ。……この世界にこれが分かる人が欲しいかも……。うおおファン◯ム・オブ・ジ・オ◯ラー!……意味はない叫びたくなっただけである、うむ。
どうにも話が脇に逸れていく……。なぜ。




