ダブルパンチ
気がつけば、社交シーズンに突入していた。
そんなわけでフェイ伯父様とアニー義伯母様は王都にいらっしゃる。私は領地に残った。
伯父様も義伯母様も私を連れていくつもりだったようだが、私は遠慮させてもらった。あの騒ぎからはもう、約1年近くが経っている。だがあの事件はセンセーショナル過ぎた。故にまだ1年しか経っていない、とも言える筈なのだ。噂好きな貴族達の餌食にはなりたくなかったし、なるつもりもなかった。今年は妹が社交デビューの年だから、それは気にはなったし見てみたいと思いもした――お母様そっくりのあの子のことだ、デビュタントのドレス姿はとても美しいだろうし、当然今シーズンの話題を浚うこと間違いなしだろう――が、それを差し引いても今シーズンは全ての社交をしないと決めていた。「せっかく一緒にドレスを作ったり、茶会や夜会で義娘を見せびらかせると思ったのに」と心底残念そうにしてくださった義伯母様には申し訳なかったが。
というわけで、領主館には私とお祖母様が残っている。お祖母様は既に社交界から引退なさっているから。
社交しなくて良いとは何と素晴らしいことか! と歓喜しながら、日常となったウェスリーとの領地経営の勉強と、お祖母様とのお茶会、その席で社交の仕方を学んだりお茶会や夜会の開き方を学んだり。一族の当主も大変だけど女主人も大変だなあ、二足の草鞋とかできるのか無理だろ私、なんて思いながらも、それでも暖気で穏やかな日々を過ごしていた。
そんな或日。
「お嬢様、そろそろご領地に行ってみては如何でしょう」
ウェスリーからそんな提案を頂いた。正直に言おう。え、もう!? である。確かにフェイ伯父様には、1度領地を見ておいで、と言われていたけれど、でも不安しかないんですけど。
「――実際に見て考えるのと見たことのない状態で考えるのでは、随分と変わってきますので」
……どうやら不安が思い切り顔に出ていたらしい。ウェスリーが穏やかに微笑んでいる。ああ居たたまれない。おかしいな、これでもこっちに来るまではちゃんと社交をしていたんだけど。顔面作りまくって。社交界では感情を顕にするのは足元を掬ってくれと言っているようなもの。だからそれなりに顔を繕うのはできていた筈、なんだけど……不安になってきたな。大丈夫か私。先行き不安しかない。だがしかし領地を見てみたいという好奇心は、ある。
「……そうですわね……でも私1人で見て回るなんてできますかしら?」
「向こうにも家宰がおりますから、心配ございませんよ」
「そう……そうですわよね。ではお祖母様に許可を頂いて参りますわ」
「はい」
――お祖母様はあっさりと許可をくださった。「では迎えを呼びましょう」という言葉と共に。多分、伯父様が手回ししてくれていたのだろう。しかし迎えとは? と思った私の疑問はすぐに解消されることになる。
「しかし大きくなったなあ。あのお転婆お嬢さんが今じゃ立派な淑女だ」
お祖母様に許可を頂いた5日後にセアラ領から迎えに来てくださったのは、何とお母様の弟に当たるランディ叔父様だった。
アルトレイ領とセアラ領は、往き来に馬車で片道3日かかるので、出発は叔父様がいらした翌日となった。そして私は今ランディ叔父様とターラと3人で馬車に乗っているわけなのだが。
「――あの、叔父様?」
「うん?」
「あの、……あの、とても失礼ですけれど……私、叔父様と以前にお会いしたことがありまして……?」
嘘、昨日が初顔合わせじゃないの? ……あ、うわ、これは会ったことがあるパターンだ、めっちゃ見られてる! ガン見! えー、何処で!? だって叔父様、ずっと南の戦線にいたんだよね? 私、戦場には流石に行ったことないんですが!?
「そっか、忘れちゃってるか……。まあ、子供の頃のことだしなあ……」
「子供の頃、ですか?」
「そうそう。前にこっちに来た時のことだよ。町で会っただろう?」
「町……ですか?」
前にアルトレイ領に来た時、というと例のあの時。町……町、ねえ。うーん……?
ちらりと隣に座るターラを見るも、彼女も分かっていない模様。あの時はずっとターラと一緒で……ターラが分からないなら叔父様の思い違いという可能性も……。でも叔父様の表情は確信があるみたいな感じだしなあ……。町、ねえ。……町?
そう言えば1回だけ、使用人さんの食材の買い出しにこっそりついていったような……。そうそう、暇を持て余して。お母様とお祖母様が何かの話し合いをなさってて。多分、領地のことだったんだろうな。……で、エリンには内緒で、当然お母様にもお祖母様にも。そうそう、そうだ。
前世も含めてこんな、誰にも内緒でこっそり家を抜け出すとか初めてのことでめっちゃ緊張したっけ。でも前世の自分みたいな人間にはなりたくなかったから、頑張って羽目を外してみたんだよね。とにかくホストリー家にはない解放感もあったし、前世でやれなくってやってみたかったことをやるなら今だって思って決行したんだっけ。滅茶苦茶緊張してたからおかしなテンションになってて、物凄くはしゃいだんだよなあ、ターラと2人で。
町は物珍しい物で溢れていたし、前世に映画とかで見た、ザ・昔のヨーロッパの田舎、て感じがなんというかテンション上がるというか……。海外旅行なんてしたことなかったから。ええ貧乏でしたとも極貧でしたとも今時天然記念物でしたとも。それで……馬鹿みたいに浮かれまくって……気がついたら使用人さんを見失ってたんだよねえ……。使用人さんからしたら私達がついてきてるなんて知りもしないから、用事を終えたらさっさと帰っちゃったんだろうけど、帰り道が分からない私達は超パニクった。それはもう、間違いなく青褪めていた筈。泣く寸前だった。泣かなかったけど。流石に中身はウン十歳ですから。
それで……あ、そうそう、何かまずそうな男に声を掛けられたんだよね。これはまずいと思って無視してたんだけど、あの男、しつこかった。正直結構怖かった。
そこに騎士様が2人、颯爽と現れて──。あの時初めて本物の騎士を生で見たんだっけ。お蔭で恐怖は吹き飛んで興奮した。テンション上がった。騎士だよ騎士! 馬だよ馬! しかもその内1頭は白馬だったんだよ! 生葦毛、初めて見たよ、テンション上がったよ! 馬、良いよねえ。美しい生き物だよねえ。……あれ? 馬……騎士……騎士……ランディ叔父様は……騎士……。え、え!? いやいやいやいや、え? 嘘まさか!?
「……あの、もしかして……あの時助けてくださった騎士様は……叔父様でいらしたのですか……?」
違ってほしいという思いから恐る恐るになった私の問いかけは、いともあっさり答えを得た。
「うん、思い出した?」
――願いとは真逆の方向で。ああ、ダメージ結構デカい……。あれを知られていたなんて……。昨日の私を消し去りたい。何も知らずに「お初にお目にかかります」なんて言っちゃったよ初めましてじゃないのにあああああ……。
「君はあの時シアと一緒にいた子だよね?」
あ、頷くターラも真っ青だ。だよね……。
「……その節は、ご迷惑をお掛けして申しわけないことでございました……。今更ではありますが、助けてくださったことに深く感謝致します。有り難う御座いました」
深々と下げた頭を上げたくない――。
「はは。気にしないで。あの後、見つからなかった?」
――しかしそうはいかなかった。
「……はい、お陰様で……」
そう、こっそり庭の小さな裏門から帰してくれたんだよね。お蔭で庭で迷子になったことにできた。あの時は、よくこんな門見つけられたな、貴族の館の庭って何処も似たような造りなのかな、とか思ったのだけれど、そんなわけない。自分の家だから知っていたわけで。自分の家なら知っていて当然で……要するにアルトレイ家の人間ってことで。そんなことにも気づかなかったとか、いや私は鈍い人間ですけれども。それにしたって。泣いて良いですか消えて良いですか馬車から飛び降りたい。
「……まさかあの時の騎士様の1人が叔父様でいらしたなんて……」
「うん? あれ? 名乗らなかったっけ?」
ええ名乗ってませんとも名乗ってくれてたら初対面でも名前くらいは知ってたんだから昨日初めましてなんて言わずにすんだわい!……なんて言えない……。最早八つ当たりする気力もない。精神がごっそり削られた。着く前に既に疲れた……。こんなんで視察なんてできるかな……。
「……はい。何も仰られずに行ってしまわれたので……」
「そうだっけ」
はははー、じゃないよもう……。早くターラと2人になりたい。それで2人でぎゃあああって叫ぶんだ。枕とかクッションに顔を埋めて。窒息寸前まで。エリンもいないことだしもう思い切り。
……駄目だ、このままじゃそれまで持たない。何か別の話題を……。話題……話題……。……。……。駄目だ大して思いつかない。だってまともに話したのは昨日が初だよ仕方ないじゃん! あーもー、仕方ない。
「……それにしても叔父様。いつ戻っていらしたんですの?」
「えーと、6日前かな」
「6日前、ですか? 館にはいらっしゃいませんでしたわよね?」
「ああ、うん。……友人の様子を見にきただけだったからね。母上に呼び出されなければ今回も擦れ違いだったな、多分」
「そうなんですの。ご友人はこの領地の方ですの?」
「いや。ただ、此処で休養中なんだ」
「そうですの」
「うん」
「……」
「……」
……だ、駄目だこれ以上会話が続かない。……もう良いか、精神的に無理。疲れた。黒歴史が痛過ぎた。こんな美形を忘れるとか不覚過ぎる。でもあの時はそれどころじゃなかったんだ……。……もう現実逃避して良いかな……睡眠という名の時間稼ぎとかしても良いかな……。
そうは言えどもまさか本当に寝こけるなんて淑女失格なことをしでかして恥の上塗りをすることもできずに、叔父様に助けられながら3日後に這う這うの体で館に辿り着いた。
ランディ叔父様はイケメンな上に性格まで素晴らしい完璧な紳士でした。……アルトレイ家の一員になるってもしかしなくても物凄くハードル高くないだろうか……。私、大丈夫かな……ははは……。泣きたい。
その日の夜。就寝前にターラを己の寝室に引っ張り込んで2人で枕に顔を埋めながら叫んだのは言うまでもない。




