新しい私……多分
閑話みたいになってしまいました。
アルトレイ家の子にならないか――その提案を受け入れてから2ヶ月近く。私は正式にセアラルシア・ヴァル・ホストリーから、セアラルシア・ディ・アルトレイになった。先日、そうジェフ伯父様から報せの手紙が届いた。嬉しい、素直にそう思った。何の憂いも曇りもなかった。……計算外は――否、思い間違いと言うべきか――お祖母様の娘、ではなく、フェイ伯父様とアニー義伯母様の娘になってしまったこと。
私はすっかりお祖母様の娘になるのだと思い込んでいたのだが、書類を良く読んだら伯父様達の娘と書かれていた。良いのか? と激しく思ったが、アニー義伯母様は「ああ、娘ができるわ! ずっと娘が欲しかったのよ!」とそれはもう、本当に良いんですかなんて確認できない雰囲気ばりばりだった。確かにアニー義伯母様達には息子しかいない。息子が3人。そう言えば前世でも従姉が娘が欲しいと頑張っていたが、結局息子が3人になってそこで諦めたな……。……子供は正に授かりものだ、うむ。しかし伯父様達の3人の息子達に許可を取らなくても本当に良いんだろうか? と思いきや、既に了承済みだった。何と手回しの良い。
そうして若干流されながらも、しかし不本意なことは1つもなく、私は正式に、フェイ伯父様――フェイディナント・ディ・アルトレイと、アニー義伯母様――メイリアニー・ディ・アルトレイの養女となった。同時に3人の兄ができた。未だ1度も会ったことのない兄達が。……良いのだろうかそれで。……まあ良いか。多分きっと何れ会うだろうし。うん。
フェイ伯父様――本当はお義父様とお呼びするべきなのだろうが、伯父様で良いと仰ってくださったので甘えている、勿論、公的な場ではお義父様と呼ぶことになっている、その伯父様――の息子達は既に騎士となっていて南の国境にいる。ランディ叔父様がいらっしゃる国境だ。
長男のグレンディオンは、国境線の争いがもう少し落ち着いたら此方に戻ってくる予定だそうだ。そうして領主としての勉強を始めるらしい。本来は昨年のうちに戻ってくる予定だったらしいが、何でも南の国境の騎士団を指揮している第4王弟殿下が怪我を負われて戦線を離脱せざるを得なくなったとかで、前線を離れられなくなったらしい。戻ってきたら私と一緒に領地経営の勉強をするのだとか。とは言っても素地が違うので、グレンディオンが戻ってくるまでに少しでも差を縮めたい。フェイ伯父様の手を煩わせたくない。グレンディオンも既に学んでいることを再び学ぶなど今更なことはしたくないだろうし。時間の無駄だろうからねえ。
とは言っても、いつ戻ってこられるかは定かではないらしい。指揮官が戦線離脱するというのは大きなことなのだな、とぼんやり思う。勿論実感なんざ湧かないが。現在、南の国境の指揮は代理で前国王の弟の血を引く侯爵の弟である方がなさっているらしい。詳しいことは知らないけれど。
国境線は相も変わらずきな臭い状態らしいが、ターラのお蔭で大分気持ちがすっきりとした私も、領主一家に新しく娘が加わったアルトレイ家の使用人達も至って平和な日々を過ごしている。勿論私は毎日フェイ伯父様のお手伝いをしながら、伯父様と家宰のウェスリーに領地経営について教えてもらっている。この世界が前世の世界と同じ10進法で良かったと、初めて心底思った。四則演算程度の計算は当たり前な教育を受けていたことにも初めて心の底から感謝した。
一通りアルトレイ領のことと、私の領地となったその名もセアラ領――本来は家名を領地名とするのだが、それではフェイ伯父様の領地と同じになってしまうので、特例で名前から名づけられたこっ恥ずかしい上に残念極まりない名前のセアラ領――のことを頭に叩き込めたので、今日はフェイ伯父様について初の領地の視察――の筈なのだが。
「お義母様、今日は先ずどう致します?」
「そうねえ。シアは流石にフェイとあちこち見て回らないとならないでしょうから、私達は適当に商店でも見て回りましょうか。シアの視察の時用の帽子や靴などももっと増やしたいですからね」
「それは良いですわね。手袋や日傘等も見てみましょう」
「そうね、そうしましょう」
……既にピクニックからさえ外れて買い物ツアーになる気配満々。ウェスリーはにこにこ穏やかに微笑んでいるが、フェイ伯父様は苦笑いしていらっしゃる。うん、分かります。
結局予想通りにお祖母様も義伯母様も一緒にいらっしゃることになった視察は、それでもちゃんと視察になった。
領主館の側にある領都にはすぐに着いた。着くと伯父様は、お祖母様達を執事や侍女、護衛の方々に任せて、私を伴い街を見て回った。町の造りを丁寧に教えてくれる。領都は、流石に領主のお膝元で領の中心地である為、王都程ではないにせよ規模は大きく、その分人が多い為にとても賑わっていた。数代前の当主が計画的な町の改善を断行したという領都は、様々な区画に分かれており住み分けがされている。道路もちきんと舗装されていて、馬車が走りやすそうだ。
「石畳ではないのですね」
「そう。石畳だと見た目は美しいがどうしても馬車が跳ねやすいからね。それに石切場から石を切り出して運び、整形すると手間と時間と資金がかかり過ぎる。これはある種の土と水を混ぜた物で、それを整地した道の上に撒くだけで済む、という理由でこうなったらしい。まあ、乾いて固まるまで通れなくなるのがたまに傷だが。それでも補修も楽だし、手間も少なくて済むから」
よく分からないけどコンクリートみたいなものだろうか。確かに撒いて乾かすだけなら楽ちんだ。土と水……。土って何の土だろう。ある種の、と言うってことはその辺に溢れている土じゃないんだろうなあ。
「上下水道も完備しているのですね」
「ああ。それともう1つ、温水用の水道もね」
成る程、それで毎日お風呂に入れるのか。それを貴族だけでなく領民にも、と考えた時の領主さん素晴らしい。お風呂大事。清潔にするのは病気の予防になる。勿論リラックスタイムの確保もできる。これ大事。
「まあ、ここまでの舗装は他の町や村には流石にできていないが。管理が必要だからね。しかし知識と技術がなければそれもできない。せめてもと、道路の整地くらいはしているが。しないとやはり走り辛い。走り辛いと馬車の車輪の磨耗が早まる。馬車を作る者達からすればそのほうが儲かるから良いのだろうし、経済の活性化にもなるかもしれない。だが材料の、木材はともかく鉄は高価な物だし、他に必要な場所があるからね。おまけに普通の領民にとって馬車は、小さな荷馬車でもなかなかに高価な代物だ。できるなら長く使えたほうが良いだろう?」
「そうですね。出費が増えればその分実入りが減りますものね。収入が減れば当然出費も控える……。町造りにおいて、道路は重要なのですね。どう引くか、どう質の良い道路を保つか」
「生命線とも言えるだろうね」
確かに道路が通れなくなれば、物流が滞る。物流が滞れば軈て生活に影響が出る。
うーん。私の領地の拠点の町はどんなものにしよう。住みやすく暮らしやすい町。……言うは易し、思いつくは難し。よく考えないと大変なことになるな。
はああ、領主って大変だわ。市長とか知事とか、こんな感じだったんだろうなあ。これは白髪にもなるわ。国の政治なんて規模になったら過労死もするわ。
「さてシア。どうやら今日は此処までのようだ」
「?」
さっぱりアイディアが浮かばず唸っていた私は、伯父様の言葉を捉え切れなかった。が、すぐに分かった。道の先からお祖母様と義伯母様が此方に向かってきていた。
「あなた、シア、そろそろお昼にしましょう」
全員合流した私達は、義伯母様のその言葉で馬車に乗り込み、お祖母様と義伯母様が楽しみにしている昼食をとる場所へと移動した。移動の馬車は、義伯母様に我が儘を聞いてもらってフェイ伯父様の馬車にしてもらった。そして私はランチ場所に到着するまで、伯父様を質問責めにし、あーでもないこーでもないと町の構想について話し合った。有り難う御座います、義伯母様。
馬車が到着したのは、街の東側にある小高い――丘のような場所だった。
見晴らしが良く、町を少し見下ろせる程度の高さのある丘からは、全体、とは言えないものの町を見渡せる素晴らしい立地だった。町とは反対側を見れば青々とした緑の草原が広がっている。麓には小さな、湖らしきものもあって、水面がきらきらと陽の光を反射していて綺麗だ。何より空気が美味しい。
「さあさあ、シア。此方に来て。昼食を頂きましょう」
「はい」
「昼食はシア考案のサンドイッチよ。それから果物も」
ん? 私考案?
「ターラから聞いたのよ。貴女が考えたサンドイッチがとても美味しいって」
……ターラ、喋ったな。
ちらりと彼女を見ると、にこにこと満面の笑みである。悪いことをしたとは全く思っていないことがはっきりと分かる。むしろ自慢しているのかも。……有り得る。別に私が考えたわけではないんだけどなあ……。前世では普通にあったものだから、私考案とか言われるとちょっと……。うん、居たたまれないというか。時折前世の料理が食べたくなるんだよね。この世界の料理も充分美味しいのだけれど。誰か醤油を開発してくれ。大豆が主原料だからできないことはない筈。私には無理。作り方なんぞ知らない。スーパー万歳。
昼食は賑やかなものになった。卵焼きサンドは好評だった。今度は茹で玉子で作ってみようか。ツナとマヨネーズが欲しいなあ。ツナマヨは鉄板だ。
昼食の後は、お茶を頂きながらお祖母様と義伯母様が買っていらした物を拝見する。
「まだ馬車の中にありますからね。帰ったら合わせてみましょう」
「馬車を3台用意したのは正解でしたね、お義母様」
「何事も備えあれば憂いなしです」
……そういう使い方だっただろうか。まあ伯父様も何も言わないし、いっか。
お勉強の筈が楽しいピクニックのようになってしまった視察の1日は、館に帰った後の私の心の中の絶叫で終わった。
買い過ぎですお祖母様義伯母様!




