過去を断ち切って、前を向く
アルトレイ領に来てから、そろそろ4ヶ月になろうという頃。寒さが和らぎ、少しずつ春の気配が漂い始めてきたそんな時、その話は降って湧いてきた。
その日は久々にジェフ伯父様がアルトレイ領にいらしていた。久し振りにお会いした伯父様に、勿論お礼と謝罪をしましたとも。寝坊良くない。二度寝は気持ち良いけど。
全員で揃ってジェフ伯父様を出迎えて、居間でお茶を頂くことになった。
「今日はシアにお土産を持ってきたんだ。――お土産とは、言わないかな……」
美味しそうにお茶を飲みながら、ジェフ伯父様は唐突にそんなことを言った。はて、お土産? 王都の?
「伯父様、どうか私にそんな気を使わないでくださいませ」
「はは、いや、やはり言葉を間違えたな。シアが受け取るべきものを持ってきた、と言うべきだった」
「……私が、受け取るべきもの……ですか?」
はて、何だろう。そんな物あっただろうか。何か伯父様に預けていたっけ?
ジェフ伯父様は相変わらずお茶を楽しみながら頷く。お祖母様やフェイ伯父様、アニー義伯母様は何かご存知のようだ。皆良い笑顔である。……何だか返って怖い。
思わず身構えかけた時、ノックの音が響いた。フェイ伯父様が入室を許可すると「失礼致します」という一言と共にアルトレイ家の家令であるスティーヴが箱を抱えた従僕を1人伴って入ってきた。従僕は「失礼致します」と断りを入れて、箱を私の前に置いた。――何だろうか。吃驚箱とか止めてくださいね本気で驚くから。
じっと見詰めていても何も変わらない。私は恐る恐るジェフ伯父様に視線を移した。
「……あの、ジェフ伯父様? これは?」
「開けてご覧」
……何が入っているかは教えてくれないんですねそうですか。ううむ、仕方ない。私には念力などの超能力はない。睨んでも箱は開かない。私は恐る恐る箱に手を伸ばした。
「――! ジェフ伯父様、これ……!」
「ミナの――君の母上の形見だよ」
箱の中には、全て取り上げられてしまった私に譲られる筈だったお母様の宝飾品。を入れた箱達が入っていた。諦めていた、お母様の形見。
「……どうやって……」
「法は守られなければね。それが故人の遺志であるなら猶のこと」
ジェフ伯父様は良い笑顔のまま、あっさりとそんなことを宣った。いや、正しいんだけれども。何だか笑顔が少し怖い気がするのは、気のせいだろうか。気のせいと言うことにしておこう、うん、それが平和な気がする。
「これが目録だよ。中身を確認してみてくれるかな?」
「……はい」
ジェフ伯父様から目録を受け取ると、テーブルに広げる。ターラが素早く箱を持ち、私の前のテーブルの空間を空けると、エリンが箱から1つの箱を取り出して渡してくれる。恐々としながらそっと蓋を開ける。ちょっと手! 震えないでよ落としたらどうするの!
「……」
箱の中には懐かしい1品が入っていた。私がデビューした時に、色違いのお揃いで作った首飾り。台座の部分は蔦と葉を象った金細工。そこに幾つもの小さめの可憐な花のように配置されたブルーダイアモンド。私のものはデビュタントらしく、透明のダイアモンドだった。
懐かしい、幸せな思い出を思い出させてくれる品。お母様とアニー義伯母様とクローディアおば様と4人で――主に私を抜いた3人で――考えたデザイン。
あの時は、まさかこんな日が来るなんて、欠片も考えていなかった。
「……有り難う……御座います、ジェフ伯父様……」
それでも。お母様の遺してくれたものが、側にある。お母様の心も、きっと傍に。アルトレイ家の皆の笑顔と共に。
「……お祖母様、フェイ伯父様、アニー義伯母様、ジェフ伯父様。どうぞ、皆様も、1つ2つ、お好きなものを、選んでください」
お母様の首飾りを胸に抱えながらそう言うと、皆が困惑の表情を浮かべつつ顔を見合わせた。ああ、ちゃんと笑えてないのかな。泣き笑いみたいな顔になっている気は、凄くする。
「シア、それは貴女の物です。気にせずお受け取りなさいな」
お祖母様がそう言うと、伯父様達もアニー義伯母様も頷く。
でも、私はあの日聞いてしまったのだ。独り占めなんてできない。
「でもお祖母様。お祖母様達には何も形見がありませんでしょう?……お母様が亡くなったことすら、お伝えしていなかったと……」
ジェフ伯父様をちらりと窺うと、皆はそれで私の言わんとするところを分かってくれたようだった。なのになぜか笑顔になっている。なんで?
「その心配なら要りませんよ、シア。何しろこの館には、ミナの物が沢山残っていましたからね。と言っても、子供の頃の物ばかりですが、私達にはそれで充分です」
「そうそう。それに私やジェフが女性の宝飾品を貰っても、宝の持ち腐れになってしまうからな」
お祖母様の言葉にフェイ伯父様が頷いて、戯けるように笑った。――確かに、伯父様方にはそうかもしれない。
「シア、それはミナ様が――貴女のお母様が貴女にと考えて遺してくださったものなのだから、貴女が受け取って良いんですよ。ミナ様――お母様もそれを望んでいらっしゃるわ」
遠慮はいらない、とアニー義伯母様までもがそんなことを言う。遠慮ではないのだけれど、ここは素直に聞いておくべきかな。後でエリンとターラには幾つかあげよう。特に、エリンは元々お母様付きだったんだし。貰う権利がある。
「有り難う御座います」と改めてお礼を皆に言って、有り難く受け取った。
「確認は明日にでもしましょう。私も手伝います。さあ話を進めますよ――ジェフ」
お祖母様はそう言って、ジェフ伯父様のほうに目を向けた。合図のように皆が伯父様を見る。何だろう。他にも何かあるのか。あ、エリンにお母様の首飾りを取り上げられてしまった。え? 伯父様を見ろ?
エリンに促されてジェフ伯父様に視線を向けると、伯父様はお祖母様に頷いて何かの紙を取り出し、私に差し出してきた。
「――伯父様?」
「それは領地の受け取り書類だよ。よく読んでから、ここにサインを」
領地の受け取り書類。本当に、この国初の女性領主になるのか。私に領地経営なんてできるの?
「……フェイ伯父様……本当に宜しいのですか?」
「勿論」
即答だった。マジですか、私は現実を前にして――あんまり現実感ないけど――ちょっと怖じ気づいてるんですけど。
「今すぐ領地経営、というのは無理だろうから、勿論手伝いを入れるよ。暫くは私が領地経営について教えよう」
「え?」
「おや? 私では駄目かな?」
「いいえ! そういう意味ではありませんわ! そうではなくて、フェイ伯父様はお忙しいでしょう? 私に構うなんてそんなお時間を取らせるわけにはいきませんわ!」
は。しまった。大声になってしまった。
お祖母様と義伯母様はくすくすと、フェイ伯父様は満足そうに、ジェフ伯父様は顔を背けて笑っている。ジェフ伯父様、顔を背けたって肩が震えていたらバレバレです。うう……。
「大丈夫。時間を取るんじゃないからね。シアには私について勉強してもらうつもりだよ。先ずは視察かな。とりあえず、近場を」
「まあ、それは私もついていきたいわね」
「母上……遊びに行くのではありませんよ」
「あら良いではないの。シアは此方に来てから、まだ1度も何処にも出掛けていないんですよ」
「確かにそうですわねえ」
「アニー、お前まで」
「あらあなた、本当のことですわ」
……うーん。何だか置いてきぼり感が否めないけどまあいいか。これは多分、ピクニック状態になるんじゃなかろうか。
「母上、兄上、義姉上、その話はまた後で。それよりもあの話を」
「――そうね、そうでした。今日はその話をするために全員で集まったのですものね」
まだ何かあるの? お母様の形見が受け取れた感慨に浸るのは暫く無理な模様……。お祖母様の顔がどこか真剣だ。
「シア、これから話すことはあくまで提案です。しなければならない、というわけではなく、貴女の好きに選んで良いということを念頭に置いて聞いて頂戴。良いですね?」
「――はい」
頷いてはみたものの何か怖い。今度は何が出てくるの。
お祖母様はにっこり微笑んで頷くと、徐に口を開いた。
「シア。アルトレイ家の子になりませんか」
――アルトレイ家の子。……て、ええ!? えええ!? えええええ!?……いやいや、落ち着け、落ち着け私。こ、呼吸だ深呼吸。吸って吐いて、吸って吐いて。――……何とか……落ち着いた、か……? よし。
えーと。アルトレイ家の子になるというのは……お祖母様の子になるということ? そんなこと……法的にはできるんだろうけど……良いのか?
「シア。私達に君を守らせて欲しい」
「フェイ伯父様……」
「もしかしたらシアは気が進まないかもしれないが、ホストリーの家名でいる限り、ホストリー家と関わらずに生きていくのは難しい。シアは確かに成人しているが、それでも結婚して家を出ない限りは何をするにも結局はホストリー子爵の許可が必要になってしまうから」
……確かにその通りだ。そしてホストリー家は嫁き遅れの娘がいるという醜聞を抱えることになる。でもそれは、アルトレイ家も同じ筈。アルトレイ家の名を汚すのは嫌だ。
「シア。私達の迷惑になる、などと考えているのなら無用の心配ですよ」
――お祖母様、鋭過ぎます。
「それとも……ホストリー家に未練があるのかしら?」
「未練など……」
未練はない。それははっきり言える。ターラが私の目を覚まさせてくれた。ただ、嫌がらせしてやりたい、それはある。醜聞で困ればいい。
私がみみっちいことを考えていると、お祖母様が優しく背を撫でてくれた。
「確かに、貴女はウィルミナ・ヴァル・ホストリーの娘です。だからホストリーの家名から離れ難いというのは分かります。アルトレイ家の養女となれば、ホストリー家の家系図から貴女の名前は消され、ミナの子という系図が消されてしまうのですからね。でもね、シア。ウィルミナ・ヴァル・ホストリーはウィルミナ・ディ・アルトレイでもあるのです。どちらもあの子。ミナなのです。そして貴女がミナの娘であることは、何がどう変わろうとも、誰が何と言おうとも、変わることのない真実なのですよ」
お母様の子であるという証拠。それがなくなるというのは考えてなかった。確かにそれは悲しい。
――でも。お祖母様の言う通り、私はお母様の娘。その事実は変えられないし、変わらない。
それに。今思いついたけど、ホストリーのままだと私が死んだら、私に遺された領地はホストリー家の物になってしまうのでは? それは絶対に嫌だ。嫌がらせできないよりも嫌だ。頂いた領地は私が死んだらアルトレイ家に返したい。
何より。
厄介者の筈の私を、確かにあの父の血なんかを引いている私を、こんなにも気遣い、愛してくださるお祖母様や伯父様達や義伯母様の側にいたい。いたい、けど。
「……本当に、宜しいのですか? 私なんかがアルトレイ家の者になっても……」
「何を言うんです。当然ではありませんか」
「私はシアを家族にする気満々なんだが」
「……お祖母様。フェイ伯父様……」
皆が笑顔だ。
お母様。お母様はこんな素敵な家族に囲まれて育ったんですね。だからあんなに素敵な人だったんだ。
私も、お母様みたいになりたいです。ホストリーの家名を捨てて、アルトレイの家名に変えても、良いですか? お母様は、賛成してくれますか……?
……きっと、賛成してくれるだろう。だって、アルトレイ領に私の領地を作ってくれたのは他でもない、お母様なのだから。
「……宜しくお願い致します……!」
アルトレイ家の人々の笑顔はいつだって、眩しくて、温かい。




