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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 アルトレイ領
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思い出


 馬車から降りて最初に目に入ったのは、生まれ育った館とは趣をことにする荘厳な領主館。この国では最終線とも最後の砦とも呼ばれる、国境寄りの領地を持つアルトレイ伯爵家に相応しいと言えるだろう外観を持つ領主館だった。

 ホストリー子爵家の領主館を出てから約1ヶ月。それが長いのか短いのか、私にはいまいちよく分からない。特に振り返りたいとも思わない。ただ、気がつけば新しい年を迎えていた。

 冬のよく晴れた、雲1つない清々しい青い空。太陽の光が眩しい。目を細めながら、青空によく映えるアルトレイ伯爵家の領主館を見上げて、ふと思い出す。初めてこの館を訪れた時のことを。なぜお母様が無理をしてまで生家のあるアルトレイ領までやって来たのか、なぜ連れてきたのが私だけだったのか、その理由を漸く理解した。でも今は、そのことはどうでもいい。ふと浮かんだ思い出は、ホストリー子爵家の領主館を出て以来、どこか澱んでいた私の心を一時、明るくした。




 来年には社交界デビューという年、つまり14歳の時、私は初めてお母様の生家のあるアルトレイ伯爵領に、お母様と2人だけで訪れた。

 アルトレイ伯爵家の人々は、使用人まで含めて皆がとても温かく迎えてくれた。

 現当主でありお母様の長兄のフェイ伯父様や、伯父様の奥様であるアニー義伯母(おば)様とは、王都で何度もお会いしているから、温かく優しく穏やかなその為人(ひととなり)はよく知っていた。王都の王城で仕事をしているお母様の次兄のジェフ伯父様は仕事の都合上常時王都にいるので、この時も当然王都にいて領地にはいなかった。お母様の弟と妹に当たる双子の兄妹、ランディ叔父様とアンナ叔母様はそれぞれ、ランディ叔父様は騎士として南の国境に、アンナ叔母様は嫁ぎ先にいらしていて、不在だった。

 故に私の心配事は主に、お母様の両親であった。私には祖父と祖母に当たるわけだが、1度も会ったことがなかった。それどころか、私に祖父母がいることすらこの時まで知らなかったのだ。薄情な孫である。父方の祖父母は、私が生まれる前にどちらも亡くなっていた。祖父は東の国境での小競り合いで亡くなったと聞いていた。

 男は騎士になるのが当たり前のこの国では、貴族は特に、嫡男が騎士叙勲を受けた後、ある程度の経験を積むと、爵位を嫡男に譲り、変わりに先代となった父親が騎士として戦場に戻る、というのが普通のことなのでこの国ではよくある話なのだが、聞いた時は何とももやもやしたものだ。――戦争は嫌いである。そればかりは前世から変わらない。だがこの世界のこの国は、周囲の国から常に狙われていた。大国ではないが、条件が良いのか場所が良いのか、作物もよく育ち、鉱山資源にも恵まれた、非常に肥沃で豊かな土地だった。故に周囲の国々から狙われる。その為国は、特に王家は、国を、国民を守るために戦う。戦わなければ国が潰され、民がどうなるか分からないのだ。……それは分かる。頭では、分かる。だが納得し賛同できるかと言えば、それはまた別である。なぜなら、父方の祖父のように亡くなる人がいるから。

 ――私の戦争に対する意見はともかく、父方の祖父は私が生まれる1年前には既に亡くなっていたし、祖母も私が生まれる半年前に亡くなっていた。こちらは悲しいことに、馬車の事故だったと聞いている。

 そういうわけで、ホストリー子爵家には祖父母がいなかった。だから、母方のほうも同じような理由でいないものと思っていたのだ。母方の祖父母のほうが年齢も高いだろうとも思っていたから猶更であった。

 しかしどちらも健在で、お祖父様に至っては、この時(よわい)60を過ぎて猶、現役の騎士として戦線に立っていたのだ。驚きである。――戦闘狂と呼ばれるのもさもありなん、である。

 祖母も健在。だが、お祖父様が領主を引退されてからは、お祖母様も社交界から離れ、ずっと領地で過ごされていた。

 そんな理由で、私はお祖父様とお祖母様にお会いしたことがなかったのだ。

 祖父母がいると知った私の懸念、それは果たして好いてもらえるか否か、だった。転生後、常にその2択状態だった私は、正直に言って非常に恐かった。

 だが、そんな心配は杞憂に終わった。

 お祖父様は(まさ)にこの時も戦線にいらして館にはいらっしゃらなかったけれど、出迎えてくれたお祖母様は、目の色こそ違うがお母様によく似た容貌の美しい人で、非常に明るく肝の据わったおおらかで温かい人物だった。

 アルトレイ家では、はっきり言って非常にのびのびできた。開放的な造りの屋敷は住み心地がよく、明るかった。物理的にも精神的にも。

 お祖母様に話があると言って、常なら私から離れることの滅多にないお母様がいなくても、怯える必要がないというのは本当に解放感があった。別にお母様が側にいないのが嬉しいわけではない。お母様がいなくても()()()心配しなくて良い状態、というのが嬉しかったのだ。

 ターラと共に庭の木に登ったりして、エリンは勿論、アルトレイ家の使用人の皆さんをはらはらさせたり、厩舎に馬を見にいって驚かせたりしてはしまったが、笑いの絶えない楽しい日々を過ごした。

 実はターラと2人でこっそり屋敷を抜け出して、領都をほんの少し見て回ったり、その時にあれやらこれやらやらかして、ちょっぴり大変なこともあったりしたのだが、それは彼女と私だけの秘密だ、今でも。お母様には話したかったが、結局話せずに終わってしまった、秘密。きっと今なら笑って話せただろうと思うのに。それだけが、心残りだけれど。

 ――その秘密も含めて、私にとってアルトレイ家での日々は、最も楽しい思い出の1つなのだ。その地に、こんな形で再び立つ日が来ようとは、思いもしていなかったけれど。



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