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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
17/32

回想 16


 全ての確認が終わると、伯父様はエリンに父達を、家族全員を呼ぶように言いつけた。そこで私は、エリンとターラがいたことを思い出した。エリンは黙って一礼し、応接間から退室していった。

 お嬢様、とターラに差し出された紅茶を受け取って一口含む。とても温かかった。そこで初めて、暖炉が焚かれているというのに身体が冷えていることに気づいた。知らず知らずに緊張していたのだろう。ターラの淹れてくれたお茶は温かい上に美味しくて、ほっと息がけた。断りをきちんと入れてから私の隣に移動してきたジェフ伯父様が、美味しいねえ、と本当に嬉しそうにお茶を飲む様子にも張り詰めていたらしい気が解れていった。

 そんな和やかな時間は、長くは続かなかった。父が、兄と妹を伴って現れたからだ。父は私が伯父様の隣に座っているのを見留めると僅かに顔を顰めた。それは、父の企みを聞かされていなければ気づかなかっただろう程微かな変化。でも、私は気づいてしまった。兄が睨みつけてくるのは、最早通常運転。

 父はターラが人数分のお茶を用意し終わると口火を切った。例の書類が用意できたのかな? と朗らかにジェフ伯父様に訊ねた。どうやらもう私に隠すのは止めたらしい。伯父様が私に全てを話しにきたのだろうことぐらいは推測できていたのだろう。余程の間抜けでない限り、当然の話だ。

 伯父様はそれに対して、真顔で肯定した。けれどすぐに、必要なくなりましたが、と続けた。父がぎろりと私を睨んだ。はっきりと、私を憎んでいる、と分かる形相で。流石にぎくりと肩を揺らしてしまった。憎しみを明白(あからさま)にぶつけられるのは、何度経験しても慣れることはない。

 ジェフ伯父様はそんな私の手を優しく握ると、厳しい表情で父に相対した。伯父様と父の舌戦が始まった。その中で、明らかにされたお母様の遺言。父も兄も、お母様の遺言の存在に驚いていた。どうやらお母様は父にも話していなかったらしい、とそこで初めて分かった。信じられなかったのだろう、父は遺言の手紙を見せるように要求してきた。伯父様に渡された手紙を見るなり、父は瞠目した。見ていないから分からないが、おそらく間違いようがない、お母様の筆跡だったのだろう。暫く食い入るように見入っていた父は、軈て酷く気落ちした様子で手紙をローテーブルに置いて、両膝に肘をついた状態のまま手を組みそこに額を乗せた。実際、相当ショックだったのだろう。お母様に隠し事をされていたことが。その気持ちは、まあ分からないでもなかった。けれど最早私には、父に同情する気持ちは欠片もなかった。理由も気持ちも分かるが、憎しみを向けられてまで同情できるほど、私は人間ができてはいない。私だってお母様の死は泣いても泣ききれないほどに悲しかったのだ。たとえその気持ちが、父に遠く及ばないと言われようとも、だ。

 伯父様は手紙を再び手にし、遠慮なく遺品の分配を告げていった。父は自分の取り分を聞いて顔を両手で覆った。……おそらく泣いているのだろうと、それくらいは私にも分かった。続いて私達兄妹の分配を告げられると、真っ先に兄が憤りを顕にした。曰く、お母様を殺した私に、そのお母様の遺品を受け取る資格などない、と。父が顔を両手で覆ったまま、その通りだと賛同した。私には俯くしかできなかった。どうあっても、自分が流行り病(など)に罹らなかったら、という思いは拭えなかったからだ。因みに妹は状況がよく分かっていないらしく、きょとんとしていた。

 しかし伯父様は動じることなく、お母様が亡くなられたのは病のせいであり誰の責任でもない、と切って捨て、更に、お母様の遺品を全てここに運んでくるように要求した。勿論、父達が素直に従うわけもなかった。私を睨みつけ、なぜ自ら相続の破棄を申し出ないのだ、母親を殺しておいてこの恥知らずめ、と大声で責め立ててきた。初めて聞いた父の本気の大声に、思わず肩が跳ね上がり、身が竦んだ。初めて父を、怖い、と思った。今までも結構怒鳴られてきたが、その比ではなかったのだ。伯父様が、守るように優しく肩を抱いてくれなければ凍りついて立ち上がれなくなっていたかもしれないくらいには、動揺した。男の本気の怒鳴り声は前世でも何度も聞いたことがあったが、慣れるものではない。本当に、心底から凍りつくくらい、怖いのだ。

 それから暫くジェフ伯父様と父の押し問答が続いたが、その場で決着が着くことはなかった。

 結局、私はその途中で伯父様の指示に従ってエリンとターラと共に部屋に戻った為、話し合いがどうなったのかを知ることはできなかった。だが結果について私が特に気にすることはなかった。お母様の形見が欲しいと思っていたのに、なぜ気にならなかったのかは分からない。ただ、その場を離れたかったのは確かだ。

 そしてジェフ伯父様と父の話し合いの結果は、というと。

 私が翌日、僅かな荷物だけを持って、生まれ育った、お母様との思い出が沢山あるホストリー子爵家の領主館を(あと)にしたことが、全てを物語っているだろう。



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