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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
16/32

回想 15


 お母様の葬儀が行われるまで、暫くかかった。父が酷く嘆き、亡くなったお母様の側を離れなかったからだ。父はお母様を本当に愛していた。父の悲痛な泣き声は私を酷く苛んだが、それは甘んじて受けるべきものだと思った。私がうっかり流行病になど罹らなければ、お母様は今もお元気で笑っていらしたかもしれないのだ。そもそも私がフラれたりしなければ――そこで久し振りに彼のことを思い出し、案外薄情な自分に嗤った。でも、意外でもないのかもしれない、とも思った。

 お母様の葬儀は、家族だけでひっそりと行われた。他に参列者がいないのを意外に思ったが、王都は遠いし、アルトレイ伯爵家の領地はもっと遠い。社交シーズンが終わった今の時期は、領地持ちの貴族は皆領地に戻るので、アルトレイ家の伯父様達も皆領地に戻っている筈だ。だからなのだろう、と当たりをつけ、1人納得した。もしかしたら、皆父に遠慮したのかもしれない。父がお母様にべた惚れだったのは、有名な話だった。




 お母様の葬儀が終わってから2ヶ月程経った頃、ジェフ伯父様が王都からやって来た。

 私は物凄く驚いた。ジェフ伯父様が王都を離れてホストリー領の館に来たのは初めてのことだったからだ。

 執事にジェフ伯父様の来訪を告げられ、応接間で待っていると聞かされた私は、久々に少し気持ちが軽くなった。まさかとんでもない爆弾を投下されるとは思いもしなかったから。

 エリンとターラを連れて久々に部屋から出て応接間に行くと、果たしてジェフ伯父様はそこにいて、立ち上がって微笑み、挨拶してくれた。私もきちんと挨拶を返した。

 ジェフ伯父様は、元気かい? きちんと食事は取れているかい? と私に近況を訊ねた。問われるままに――部屋に半ば監禁されている状態なのは伏せて――最近のことを話すと、ジェフ伯父様はなぜか安堵したような笑みを浮かべた。隠し事をしていることに少し罪悪感があったが、家族がお母様を殺したも同然の私に会いたくないのは当然だと思っていたし、むしろ針の筵になるのを防いでくれているので、この状態に私は特に不満はなかったのだ。──エリンとターラは怒っていたが。

 それにしてもなぜ伯父様がそんな顔をするのか、と疑問が頭に浮かんだ時、ジェフ伯父様の表情が少し厳しいものに変わった。そしてこう言った。色々話したいことはあるが、まず差し迫った問題を解決しないといけない、と。

 一体何の問題があるのか、()()()が戻ってきたまま未だ館にいるというのは、確かに私にとっては大問題だが、エリンとターラのお蔭で何とか凌げていた。どうあってもいずれは兄は従騎士として仕事に戻らなければならないだろうし、となると解決しないといけない問題、という程のことでもない。

 私が首を傾げると、ジェフ伯父様は静かに爆弾を投下した。


「今日私がここに来たのはね、シア。君の意思を確かめる為だ。デズモンド殿は君が了承していると言っていたが、シアは本当に、ミナからの遺産の領地をリーナに譲ってもいいのかい?」


 ――ジェフ伯父様の言っていることがさっぱり分からない。一体何のことを言っているのか。いや、「ミナ」というのがお母様の愛称で、「リーナ」というのが妹の愛称であることは分かっている。そこではなくて。お母様の、何だって?

 思わず首を傾げた。伯父様はそれを見て、どうやら私の内心を察してくれたらしい。詳しい話をしてくれた。曰く、お母様は私に遺産を遺した、と。この時点で私はお母様の形見を一切貰えていなかった。唯一形見と言えそうなものは、デヒュタント用のドレスと、お母様と一緒にデザインを考えた私の夜会用のドレスや装飾品くらいだった。しかしどうやらお母様は、私だけに特別な遺産を遺していたらしい。――驚くべきことに、領地を。

 その話を聞いて、私は絶句してしまった。せっかくエリンが淹れてくれた紅茶を飲むのも忘れて呆然としてしまった。だって、領地だよ? 領地って。

 この国は確かに女性に優しい国だが、領地持ちの女性など聞いたことがない、少なくとも私は。持参金の一部として、生家の領地の収入の一部が、当人が生きている限り恒久的に充てられることはあるが、あくまでお金であり、土地などではない。まして女児に領地の遺産など、前代未聞ではないだろうか。

 更に聞けば、その遺産の領地はアルトレイ領にあるという。そしてお母様に頼まれて、その領地の管理を――法的な部分で――ジェフ伯父様が担っていたらしい。

 そこへ、受取人変更の申請がきたと言うのだ。申請者は私で、代理人は父。

 それは管理者である伯父様に、当然知らされた。知らされた伯父様は仰天したらしい。――当然かもしれない。何しろ、お母様が亡くなったことさえ知らなかったのだと言うのだから。

 そこで私は初めて、お母様の死が誰にも知らされていなかったことを知った。何ということか。申し訳ない。申し訳ないが過ぎる。父は言うまでもなく、兄も何をやっているんだ、と思った。ジェフ伯父様が知らなかったということは、アルトレイ家の皆は知らされていなかったと思って間違いないだろう。とすると、クローディアおば様やハルムヘイマー伯爵にも知らせていないのかもしれない。道理で葬儀に誰も参列しないわけだ。

 しかし今問題なのはそこではない。お母様から私への遺産だという領地のことだ。

 私は正直に、遺産のことは今初めてお聞きしたと伝えた。この私の言葉に、ジェフ伯父様は特に驚くことはなかったが、厳しい顔のまま深い溜め息を()いた。やっぱりか、と呟きながら。

 私はぼんやりと伯父様の話を整理してみた。どういう経緯でアルトレイ領の一画がお母様に譲られたのかはジェフ伯父様も分からないらしいが、それはともかく、アルトレイ領と言えば、それは豊かな領地である。アルトレイ家が伯爵家の中でも名門とされるのには色々理由があるが、その1つが豊かさにあるだろう。そんな豊かなアルトレイ領に、どういうわけだかお母様はご自分の領地をお持ちだった。

 お母様が生前に父に話していたのか、とにかく父はその領地の存在を知っていた。そしてお母様がなぜだか他の誰でもなく私にその領地を譲るつもりでいらしたことも。だがお母様の、おそらく最大の遺産を、父は私に継がせたくなかった。これは単なる憶測でしかないが、お母様を死なせた、もっと分かりやすく言うならば殺した私に、そのお母様の遺産を譲るなど、父にとってはこれ以上はない程に業腹だったのだろう。自分の娘に、とお母様が遺したのなら私ではなく、妹に継がせたい、と思ったのだと思うのだ。

 おかしいと思った、と言うと、ジェフ伯父様は更に詳しい話をしてくださった。

 ご自分の生がそう長くはないと考えていらしたらしいお母様は、自分の遺産について結婚当初からジェフ伯父様にお願いしていたという。途中で色々変更もあったらしいが、家族其々にきちんと割り振っていたらしい。父には、父から直接貰った装飾品と、結婚以来外すことのなかった婚約指輪と結婚指輪。兄と私と妹には、自分で買った――と言っても持参金から出したわけではなく父が領地経営や投資で得たお金で買ったのだが、その――装飾品を、等分に。兄には、お金に替えて自分の為に使って良いという言葉も添えられていたという。私と妹にも同じ言葉があったが、1つくらいはそのまま持っていてくれたら嬉しい、と更に添えられているらしい。

 ジェフ伯父様は、これらはまだ父をはじめ、誰にも伝えていないことだ、とどこか痛ましく見える表情で仰られた。当然だろう。お母様には、自分が死んだら伝えて、と言われていたというのだから。お母様の逝去を知らなかった伯父様に伝えられよう筈もない。

 ミナのことをちゃんと教えてくれていたら、と伯父様がぽつりと(こぼ)した。それは勿論、デズモンド殿が冷静さを失っていたことは容易く想像できるけれどね、と微かに微笑んだその顔には、家族を、妹を喪った悲しみがありありと表れていた。ジェフ伯父様が呟くように言った、ミナ、というお母様の愛称には、溢れんばかりの愛情が籠っていた。

 けれど、でも、と呟いた次の瞬間には冷たくさえ感じる程の冷厳な表情になっていた。対して事務的ではあるけれど、温かみのある調子で私に意思の確認をしてきた。1つ、お母様の遺産を妹に譲る意思はあるか。1つ、譲る意思がない場合は実の父親と争うことになるかもしれないが、その場合はどうするのか。最後に、訴訟が決裂した場合はどうするのか。

 正直、ジェフ伯父様の口から決裂の二文字が出てきたその時は、奇妙な違和感のようなものを覚えた。なぜだろう、と考えて――分かってしまった。そうだ。父は私にお母様の何かを、お母様に繋がるもの全て、何もかもを()()渡したくないのだ。決裂してでも――つまり親子の縁を切ってでも。それ程に、私のことを嫌っているのだ。

 そこまで考えてはたと、私は己の気持ち、感情に気づいた。ここまでの話を聞きながら、それでもまだ私は信じきれていなかったのだ、と。伯父様の話が本当であると。それは詰まるところ、私は話を聞いて猶、父を愛しているということ。優しかった父、父との楽しい思い出、それら全てを捨て切れないということ。そんな自分の思いに気づいて苦い笑いが零れた。それら良い思い出を上回る、解せない思い出が沢山あるというのに。

 思えば父は、否、思わなくとも父は兄妹の中で、外見がお母様そっくりの妹を1番可愛がっていた。その次は、髪と目の色こそ父似だが顔立ちはお母様そっくりの兄。だから兄が私に対して理不尽な虐めをしていると知った時も、すぐには信じてくれなかった。妹が私の物を欲しいと言えば、あげなさいと必ず言った。お母様の願いは何でも叶えようと頑張っていたほどお母様にべた惚れだった父。父の愛の基準は、お母様に似ているか否かだったのではないだろうか。それならば、何となく、勿論こじつけのようにも思えるが、それでも何となく、納得がいくのだ。兄妹の中で、私だけが何もかも、父にそっくりだから。父にそっくりで、お母様の要素がまるでないから。そんな私が切欠でお母様が亡くなったことが許せない。私が許せない。否、私のことがそれほどに嫌いなのだ。憎いのだ。だから、部屋から出さないようにしたのだろう。私の為じゃない。父の為に。もしこの考えが違っていたのなら、申しわけないけれど。もし、違っていなかったのなら。私の考えが当たっていたなら? 遺産どうこうがあろうがなかろうが、この先私がどうなるのか、それは――。

 シア、どうしたい? と問うジェフ伯父様の声で、私は思考の淵から意識を浮上させた。――どうしたい? 私は、どうする。どうしたい。

 お母様の思い、遺志。対して父と私、という関係。これまでの様々なこと。父の、私に対する感情、思い。

 私が希望を述べて、果たしてそれが通るかと言ったら、もう、微塵も通る気がしなかった。

 何とも複雑な感情を(いだ)きつつも、何とかジェフ伯父様にそれを伝えると、優しい笑みが不敵な笑みに変わった。ちょっと驚いてしまった。だって、普通に考えたら(たしな)められそうな発言をしたというのに、笑うなんて。それも、任せろ、と言わんばかりの笑みを浮かべるなんて思いもしなかった。

 希望を言ってごらん、という伯父様に、混乱した頭のままとりあえず従った。伯父様は、様々な思いと感情が渦巻くせいで辿々しくなってしまった私の言葉1つ1つに真摯に頷きながら、何かの紙に何かを書き込んでいった。



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