回想 12
貴族令嬢の友人ができたかも、と報告すると、お母様はそれはもう物凄く喜んでくれた。この2年、私が自分の為に茶会を開いたりして呼んだ友人など、誰1人いなかったのを気にしていたから。父と社交に参加すれば、お付き合いする女性は当然皆、それなりの年齢の貴婦人ばかりで、そのご令嬢とお話することもあったが、如何せんお母様の代わりなので、ご婦人――つまりご令嬢の母親――のほうと会話することが多くなる。勿論流れでご令嬢とも話をするが、母親同伴で、腹を割った話などできよう筈もない。というわけで、友人ができなかったのもあるのだと、いつもお母様には言い訳していた。彼と一緒に参加する夜会では、言うまでもなく彼が付き合うのは同年の従騎士仲間なので、ご令嬢と出会うべくもなかった。この頃には私はお母様の代わりに女主人の役割の一端を担ったりしていて、我が家で――腹の探り合いだの噂話だの醜聞だのは苦手なので正直未だにどっと疲れるから嫌いなのだが、クローディアおば様やアニー義伯母様の特訓のお蔭で何とかなってはいる――茶会を開いたりもしていたのだが、そんなもの、言うに及ばず、である。父に頼まれてのものなので、招待するのは基本的にご婦人方が中心。主人が私ということでご令嬢方も一緒に来たりしていたが、如何せん、茶会の主人である私がご令嬢とばかり話すわけにもいかない。当然、話し相手は専らご婦人方になるわけで。やっぱり友人などできよう筈もなかった。
そんな残念なぼっち状態だった私にも、到頭友人ができるかもしれない、というのはお母様にとっても大事件だったらしい。お茶にお呼びしたの、と言ったら早速張り切り出した。サロンのテーブルがどうの、応接間のカーテンやテーブルクロスがどうの、とか、茶葉はどうするか、お茶菓子は何が良いか、とか。ついでにドレスを新調しようか、とかまで。いやいやお母様、と内心突っ込んでしまった私は悪くない筈。
そんなこんなで一騒動あったが、かのご令嬢とのお茶会は無事に果たされた。
我が家の屋敷に怖じ気づいたり驚嘆したりしていた彼女だったが、興奮が一通り過ぎると初めて会った夜会の時のように楽しく話し始めた。内容はこの年頃のご令嬢のご多分に漏れず、何処其処の家の誰それと誰それが婚約したらしいとか、何処其処家のご令息が格好良いとか、何処其処のご令息は沢山の浮き名を流しているとか、まあ要するに恋愛に関わる噂話や醜聞等が主だったが。その手の話題には正直あまり興味がなかったので、やはり私は主に聞き役だった。聞き流さなかったのは、たまに、何処其処のご令嬢はどんな性格で付き合い易いとか付き合い難いとかといった、私にとって有益と思える情報があったのもあるが、何よりも彼女と友達になりたかったからだ。無理をすると陸なことにならない、と後になって酷く後悔することになろうとは思いもせず。詰まるところ、前世と同じ過ちを繰り返していたのだ。学習能力がつくづくないことは痛いほど分かった。ただ、言い訳させて貰えるのなら、それだけ寂しかったということなのだ。
この頃の私の世界は、確かに広がっていた。だがそれは、表面上だけ。内側では相変わらず、お母様とエリンとターラだけが私にとっての気の置けない相手で、申し訳ないがクローディアおば様やアニー義伯母様でさえ、相談ならともかく、他愛ない話をすることはできなかった。そもそもお母様抜きでお2人にお会いすることもあまりなかったのだが。
少し間を空けてから、今度は彼女の家にお邪魔することになった。
そこで私は初めて、家格の違いというものを目の当たりにした。子爵家と男爵家、格で言えば1つ違うだけなのだが、その1つにどれだけの差があるのか、私は本当の意味で理解していなかったと思い知った。そして、我が家が如何にお金持ちなのかも。
デンパート家に着くと、一家総出で出迎えてくれた――勿論、彼女のお兄様達は貴族のご多分に漏れず騎士になっていたのでいらっしゃっらなかったけれど。
過分な出迎えに感謝して、一通りのご挨拶と会話を終えると、漸く解放してもらえた。そうか末っ子なんだな、とぼんやりどうでも良いことを考えるくらいには消耗した。それくらい熱烈だったのだ。それでもお茶会は無事に終わった。
彼女と2人になれば、彼女も格式張った雰囲気を崩すので、とても息がし易くなった。彼女はこの日も、一体何処から仕入れてくるのかと不思議になるほどの噂話や醜聞を、彼是とお腹一杯聞かせてくれた。前世でもその手の話に免疫も縁もなかった私には少々きついものもあったが――勿論シモ系の話はないのでそういう意味ではないが――、そういったことが貴族社会ではそこそこ価値のある情報になったりする。どれが本当でどれが単なる噂か、識別するのは難しく面倒なことだが、それが貴族夫人の仕事でもある。少々申し訳ないが、実践勉強だと考えながら彼女の話に耳を傾けていた。なぜなら彼女の話に出てくる人達は大抵、男爵や士爵家の令息令嬢が多く、家格が上の家の話は本当に軽い噂程度で、あああそこのご令息やそっちのご令嬢はそういう風に見られているのか、とかその程度の感想しかなかったからである。思えるのは良くて精々、人の振り見て我が振り直せ、だった。大切なことではある。
シーズンも終わりの時期に出会ったので仕方のないことだったが、彼女とのお茶会はその2回で終わってしまった。夜会では会うことができなかった。
変わりに、手紙での遣り取りが始まった。
彼女の手紙は相変わらず恋愛関係のゴシップが多かったが、無邪気な感じの文面が可愛らしく、同い年であるのに妹のように思えた。――妹と言えば我が家の我が儘姫がいたが、この頃には同じ屋敷に住んでいるというのに顔を合わせるのは食事の時のみになっていた。言わずもがな、例のデビュタント用ドレスの一件以来である。閑話休題。
邪気のない、恋愛に憧れ夢見る妹のような彼女に、もう既に失われてしまっていた実の妹との触れ合いを、知らず求めていたのかもしれない。私は律儀に手紙を返した。興味のない話題故に、書けることは殆どなかったが。
それでも、彼女も返事を必ず返してくれていたので、私は良い関係が築けていると、そう思っていた。
軈て再び社交シーズンになると、また王都で彼女と会うようになった。夜会で一緒になることは、初めて出会った時以来なかったが、時々我が家で彼女だけを招待した茶会を開き、2人だけで流行のファッションの話をしたり、勿論噂話を聞かされたりと他愛ないお喋りを楽しんだ。――父には、他の家のご令嬢も招け、と苦言を呈されたが。
シーズン中頃には、親しいと言っても差し支えない程度には仲良くなっていたと思う。完璧に信頼できるかと言ったら、残念ながら――主に恋愛話と醜聞関係において――少々口が軽いところがあるので――貴族令嬢や夫人にはよくあることではあるが――何でも話せるかと言えばそうではなかったが、私は彼女の飾らない態度が好きだったのだ。完全武装で乗り込まなければならない夜会や茶会は、神経が擦り減る。非常に疲れるのだ。ダンスは楽しいがその他は一切お断りしたいくらいであった私の、唯一の武装なしで済む場所で相手だったのだ。
初めて会った時は礼儀作法をぶっ飛ばした彼女だったが、我が家に来た時にはきちんと礼儀正しく振る舞っていた為、お母様も受け入れていた。父だけは相変わらず、あまり良い顔をしていなかったが。付き合うのならば同格か格上の家の令嬢が良い、と時々言われたが、言われたところでどうしようもなかった。それなら紹介してくれよと思ったが、父は相も変わらず夜会で形ばかり知り合いの貴族に私を紹介するとそれで放置。ご婦人とお話ししながらご令嬢やご令息とも話をするが、大して親しくない間柄だったり、初めましてだったりすれば、親しい相手が挨拶にきたらそちらに行ってしまうのも無理はないというもの。苦言を呈するならもう少し一緒にいて仲立ちをしてくれと言いたかった。勿論、言った。そうしたら、それくらい習っただろう、自分で何とかしなさい、私にも付き合いがあるんだ、と一刀両断されてしまった。正直、私がお母様だったら側から離さないくせに、とちょっとだけ思った。懸命にも言わなかったが。
そして、漸く友人と言える人ができて多分少し安定していたこの頃に、そろそろ彼との婚約を公にしようという話が持ち上がってきた。彼の翌年の騎士叙勲がほぼ確定した、というのが要因だった。
主に積極的だったのは、士爵夫人だった。でもお母様が積極的でなかったかと言ったら、そうとも言えなかった。
この頃の私と彼の関係は、幼馴染から少しだけ進んだ婚約者、というところだった。少しだけ進んだ、というのは、婚約したという事実があるというだけのことで、2人の間にある空気は相変わらず友人と言うほうが相応しいものだった。彼は忙しい従騎士だったからそう回数自体は多くないが、それでもこの3年間、一応夜会に2人で出掛けたり、観劇や散歩に出掛けたり、彼が我が家にやって来たりと、婚約者らしいことはしていた。けれども、私達が恋人同士である、という噂話はついぞ聞くことはなかった。おそらく傍から見ていても、私と彼が、家柄云々を抜きにしても、友人以上には見えなかったからではないかと思う。事実、彼と一緒に夜会に出席しても、初めこそ彼の友人に、恋人か? とからかわれることもあったが、その後にその話題が出ることはまずなかった。勿論、婚約したことは内密だったので、バレないように振る舞っていたというのもあるとは思うが。
彼に、公にしても良いのかと確認すれば、以前と何一つ変わらず、君が良ければこちらは構わないよ、と返ってきた。つまり、あの頃と気持ちは変わらないということ。どうしても結婚したいというわけではない、けれど断る程嫌でもない、ということだ。
この頃には、彼が社交界でどう見られているのか、どんな立ち位置にいるのか、ということは分かっていた。
しがない士爵家の子息。騎士になることはできるだろうが、功を立てられるほどの腕でもない。父親と違って大人しいから、士爵位を賜ることはないだろう。
言葉は悪いがはっきりと言ってしまえば、大方の貴族の見方はそんなものだった。だから父が反対するのは或る意味当然だと思った。父は結構な野心家であったから、本音を言うのなら自分が紹介した格上の家の令息の誰かと婚約させたかったのだろうと、そうも思っていた。
それでも、私は結局是と返事をした。
お母様が勧めるのもあった。でもそれ以上に、この頃の私は貴族であることに疲れていた。そして、明白ではないけれど、男性に値踏みするような目で見られるのも、ご機嫌取りをされるのも嫌だったし怖かった。勿論、彼等だって将来が懸かっていた。必死になるのは仕方がないと分かっている。できれば才色兼備でお淑やかで嫋やかで、尚且つダイナマイツバデイが良いと思うのも分かりはする。だが私は、お母様の娘でありながら、非常に残念なことに格別美人というわけではない。その上更に残念なことに鶏ガラ体型は今世でも健在だった。胸は子供の状態からちっとも成長しなかったのだ。しかし私がお母様の娘であることは有名だった。あの何もかもが完璧な美人のお母様と比べてしまえばがっかりするのも分かりはするが、明白にがっかりされれば私だって傷つくのだ。
そんなこんなで、この頃の私は、恋愛結婚なんていうものは諦め始めていた。それよりも、彼と結婚して平民として暮らしたほうが、平和で穏やかでのんびり生きていけるんじゃないか、そのほうが自分には余程合っているのではないかと考えていたのだ。実際に平民として暮らしたことはないから、断言はできなかったが。
そんな私の事情はともかく、そして彼の本音は分からないけれど、2人とも嫌がることはなかったので、この話はトントン拍子に進んだ。
そこで私は、彼に彼女を紹介することにしたのだ。それがどんな結果を招くことになるか、知るよしもなく。考え至ることもなく。それくらいには、私の知る彼と彼女を――特に彼を――信じていたのだ。それが、本当に極一部であったと思い知ることになろうとは、思いもしなかった。




