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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
11/32

回想 10


 社交界デビューは無事に果たしたものの、果してコミュニケーションが苦手なのは直りようがなかったらしい。外身は変わっていても中身は私なのだから当然と言えば当然かもしれないけれど、全く有り難くない。しかしそうも言っていられなかった。

 デビューすれば否が応にも夜会への招待状がやって来る。この歳まで仲の良い同年代の貴族令嬢というものがいなかった私だが――クローディアおば様のところもアニー義伯母(おば)様のところも男の子ばかりだし、彼も兄弟しかいないから当然なのだが――どこのご令嬢やご令息がデビューしたという話はあっという間に貴族社会に知れ渡る。故に、父の知り合いの貴族家から夜会の招待状は勿論、お茶会の招待状までやって来た。

 普通、貴族令嬢のお茶会デビューは夜会デビューより早いものだったりする。大抵母親の知り合いの貴族家――その中でも特に親しい相手――とのお茶会についていってデビューするのだ。礼儀作法の授業の最終テストみたいなものである。そして、大抵は同じ年頃の女の子がいる家に連れていかれるもの、らしい。

 らしい、というのは、私が実際に経験していないからなのだが、その理由にはお母様のお身体の問題が関わってくる。

 お母様はとてもお身体の弱い人だった。幼い頃から病弱で、成人するまで生きられないだろうと言われていたらしい。だから長いこと生家の領地から出たことがなかった。それどころか子供の頃は屋敷の自分の部屋から出ることも殆どなかったと聞いている。私の知るお母様も確かに風邪を引きやすいが、社交シーズンには王都まで出られる程度にはお元気なので、この話を聞いた時は驚いたけれど。

 とにかく。

 そんな、お身体の弱いお母様だけれども、それでも何とか15歳を迎えた。

 社交界デビューは貴族令嬢の晴れ舞台だ。当然、お母様も憧れていた。けれどせっかく大反対のお祖父様とお祖母様――お母様からするとお父様とお母様――を説き伏せた15歳の時は、王都に向かう途中で体調を崩し領地へ逆戻りとなってしまった。お母様は大層がっかりしたという。だから来年こそは、と強く思ったらしい。お母様のその願いに、お祖父様とお祖母様は勿論物凄く心配し猛反対したが、結局は折れた。しかし残念ながら結果は15歳の時と同じ。けれどお母様は諦めなかった。我が母ながら中々(こわ)い人だと思う。そうして17歳の時は何とか王都に辿り着いた。辿り着いたけれども、そこで体調を崩してしまって、王城での舞踏会には参加できなかった。18歳、19歳の時も同じ。それだけ体調が悪くなるのに、よくお祖父様とお祖母様が許したなと思ったら、お母様曰く、諦めていたらしい。多分そこには、長く生きられないのなら、娘の好きにさせてあげたい、という思いがあったのでは、と私は勝手に推測している。

 そうして、粘った――ではなく頑張ったお母様は、20歳の時に遂に滔々憧れの王城での舞踏会に参加できたのだ。デビュタントのダンスはお祖父様と踊ったと聞いている。余談ではあるが、だから私も父と踊ると思っていたのだ。

 結局、その1曲しか踊れずに王都の屋敷に戻ることになってしまったらしいけれど、それでもとても嬉しかった、とお母様は話してくれた。

 そしてその舞踏会が、その1曲のダンスが、お母様の運命を変えた。

 お母様は、娘の私が言うのも何だが、途轍もなく美しかった。緩く波打つ髪はプラチナブロンドでその儚げな容姿を更に際立たせ、よく整った美しい花の(かんばせ)、大きな目は儚げな雰囲気に反するように強い意思を浮かべたような、きらきら輝く透き通るようなエメラルドグリーン。(まさ)に絶世の美女。

 そんな令嬢が現れれば、当然男性は大騒ぎだっただろう。男性だけでなく、貴族社会は大騒ぎだった筈だと睨んでいる。多分間違っていない筈だ。

 果して、お母様の元には沢山の求婚の手紙が届くようになった。たった1度、王城での舞踏会にしか出ていないにも関わらず。

 しかも年齢は20歳。貴族令嬢の婚期ぎりぎりである。普通に考えたらまずない話だ。我が母のことながら誇らしい――じゃなくて。

 届くようになったのは求婚の手紙だけではない。お茶会の招待状も山のように届くようになった。けれどもお祖父様とお祖母様は、求婚は全て断り、お茶会は、厳選に厳選を重ねてお受けした。たった1つだけ。それが、お祖父様と親しい伯爵家のご令嬢で、その時には既に別の伯爵家に嫁いでいた、クローディアおば様だ。クローディアおば様は子供の頃からお母様の生家に、クローディアおば様のお父様と共に訪れていた、言わば幼馴染だったので、当然お母様のお身体のこともよくご存知だった。だから何かあっても大丈夫だろうという考えからだったらしい。

 つまり何が言いたかったかというと、そういうわけでお母様の社交先は非常に制限、どころかたった1つしかなかった――フェイ伯父様とアニー義伯母(おば)様のところ、つまりアルトレイ家は除外して。となれば当然、お付き合いのある貴族はたった1つ。クローディアおば様の嫁ぎ先のハルムヘイマー家だけだ。だから私も、お母様についていけるお茶会はクローディアおば様の開くもののみ。そしてクローディアおば様には、娘がいなかった。当然私に同世代の友人ができる筈もなく。貴族の普通の付き合い方、というのを実践で学ぶ機会はなかった。代わりに、と言えるのか、娘が欲しかったというクローディアおば様には非常に可愛がって頂けたけれども。――閑話休題。

 そんな事情で、私には知り合いの令嬢がいなかった。そこへ急にお茶会だの夜会だのへのお誘い。前世でも人間関係における運はからきしで、友人と呼べる友人など殆どなく、そこへ恐怖の侍女のトラウマも相俟って、私は怯えた。

 しかし父はデビューした私を――私からすると容赦なく――お母様の代わりに夜会に同伴した。

 敵は父だけではなかった。騎士としての付き合いで夜会に参加しなければならない彼も、私を連れ出した。父の同伴には渋るお母様が、彼の誘いには喜んで送り出す。この頃はお母様も敵だった。思わず乾いた笑いが出てしまいそうな程には。

 しかしというか何というか、お蔭様でとでも言えば良いのか、少しずつ夜会やお茶会に参加し、貴族の付き合い方を――これに関してはお母様は残念ながら全く頼りにはできなかったので――容赦なく実地で学び、振る舞い方や暗黙のルールなども徐々に知っていった。理解は全くできなかったが。

 それでも、お母様の代わりに父を手伝えることは、この時の私には喜びだったのだ。1人で社交する大変さを知った後には尚更だった。

 父と彼の容赦ない連れ出しと、クローディアおば様とアニー義伯母(おば)様の助け、それからエリンとターラの慰めとお母様の励ましもあって、私の世界は徐々に広がっていった。それでも、残念なことにお母様とクローディアおば様のような気の置けない友人、という関係を築けた令嬢はいなかった。

 今世では前世よりも更に酷い、ぼっちになるのかと項垂れた出来事だった。

 そんな私に転機が来たのは、17歳の社交シーズンも終わろうとしていた時だった。

 それは(のち)に、私の運命を大きく変える出会いとなった。



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