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第十四章


 焦げた焚き火の匂い。

 湯気を立てるスープの暖かさ。


 ロイドは隣に座るルクレアを見つめる。


「……なんなのよ」


 眉を寄せながら、ルクレアがロイドを見つめ返した。

 ロイドは少し震えるルクレアの指先をじっと見つめて、口を開く。


「寒いか?」


 ため息を吐いたルクレアがロイドに呆れたような目を向ける。


「毎度聞いてこないでよ……多少寒いけど、平気よ」


 スープの入った器を両手で持ったルクレアが、肩の力を抜いたのが分かる。


「……寒いのなら」


「先に言っておくけど、いらないわよ」


 肩からかけていた自分の外套に手をかけたロイドにルクレアがぴしゃりと言い放つ。

 そして、少し間をおいてから呆れたような笑いを浮かべた。

 

「……あんたが風邪でも引いたら元も子もないでしょうが」


「俺は、鍛えているから大丈夫だ」


 ルクレアがため息を吐く。

 そして、少しだけ眉を寄せながら顔を上げた。


「……あんたの大丈夫は、大丈夫じゃないでしょ」


 刺があるような、冷たい言い方。

 しかし、ロイドは胸の奥の方が暖かい気がして、触れてみる。


 当然のように何もない。

 そんなロイドを、ルクレアが眉を寄せながら怪訝そうに見ていた。










「ここだな」


 魔獣に襲われている街。

 悲壮な雰囲気と、荒廃した家屋……はなく、街のあちこちを人が走り回っていた。


「……ここ、なの?」


 後ろにいるルクレアが、首を傾げて周囲を見渡した。


「ああ。おそらく、街の入り口辺りで魔獣を追い払っているんだろう」


 ロイドが指差した先をルクレアが見つめる。

 

 道の一部と家屋の外壁が少し崩れており、魔獣の痕跡が残されていた。


「ひとまず、話を聞きに行こう」


 ロイドの言葉にルクレアが静かに頷いた。








 手近な町民を捕まえて、町長の居場所を尋ねた。


 案内されたのは、街の中央に位置する大きめの集会所だった。


 目の前には町長と思しき壮年の男性と、その横に座るロイドより幾つか年上であろう男性が並んでいる。


「どうぞ、お掛けください」


 壮年の男性に促され、ロイドは椅子に腰かける。

 少し遅れてルクレアも隣に腰かけた。


「ようこそおいでくださいました。私はこの街の町長を勤めておりますリントと申します。こちらは……」


 町長の言葉を遮るように、隣の男性が大きな声をあげる。


「この街の自警団のリーダーをしているヴァルフだ! よろしくな!」


 ロイドは目の前に差し出された手を取る。


「ロイドだ。よろしく頼む」


 しっかりとロイドの手を握った後、ヴァルフはルクレアへも手を差し出した。


「……ルクレアよ」


 ルクレアは手は取らずに、短く返す。

 ヴァルフは少し楽しげに笑ってから、町長へと顔を向けた。


「町長さんよぉ! このお二人このまま俺らんとこに連れてっていいんだよな!」


「あ、ああ。……魔獣討伐について、後はこちらのものから説明させますが、それでよろしいでしょうか?」


 頻りに汗を拭いながら、町長は頷きを返し、ロイドの方をちらりと見る。


「構わない」


 安堵の息と共に、町長は立ち上がり頭を下げて退席した。

 残されたヴァルフがロイドとルクレアを見ながら、楽しげに席をたつ。


「んじゃ、細かい説明とかは道中でってことで!」










 自警団の詰所へと向かう道中で魔獣について尋ねる。


「ああ、あいつら突然この街を襲うようになってなぁ……俺らで追い払ってんだけど、いくらやってもいたちごっこでな」


 前を行くヴァルフが肩をすくめ、眉を下げながらため息を吐く。


「群れなのか」


「そうそう。で、今俺らの仲間が一人森の方であいつらの巣を探ってる最中ってわけだ」


 集会所からそう遠くない詰所へと着けば、ヴァルフの元へと数人が駆け寄ってきた。


「リーダー! 全部私に任せてどこに行っていたかと思えばやっと帰ってきて!」


 一人の男性が、眉間に皺を寄せて、ヴァルフの襟首を掴み前後へ強く揺すり始める。


「まあまあ……落ち着けよ、カナン」


「あんたが、ちゃんと書類仕事を片付けてから出掛けてれば私だって落ち着いてましたよ!」


「ほらほら、お客さんだっているんだからさ……」


 その言葉に、カナンはヴァルフの襟首から手を離して、慌てた様子で二人に向き直る。


「これは、失礼しました……私はここの副長をしていますカナンと申します」


「ロイドとルクレアだ。よろしく頼む」


 差し出された手にロイドが答える。

 それと同時に、外から何度も打ち鳴らされた鐘の音が聞こえてくる。


「魔獣だ!」


「急いで配置につけ!」


 周囲がどたばたと駆け始める。

 ロイドは腰の剣に手を添えて、ヴァルフに視線を向けた。


「お出ましだ。……早速だけど、協力してくれるんだよな?」


「当然だ」









 街の入り口に戻れば、丘の向こうが黒く染まっていた。


 黒は蠢きながら、徐々にこちらへと近づいてくる。


「まあ、待て」


 ロイドは剣を構え、駆け出そうとするが、ヴァルフが手を上げて静止する。


「……連中、数はいるが頭はよくねえ。並んで順番にきたのを正面から囲んで叩けばこっちもそう苦労はしねえよ」


 ロイドは構えを解こうとはしないまま、その場に立ち止まり、少し後ろにいるルクレアを振り返る。


「ルクレア、もう少し下がっていろ」


「……分かったわよ」


 何か言いたげに口を開けたルクレアに、ロイドが問い返す前に、先頭の魔獣がやってくる。


 目の前にはやってきた魔獣を見上げて、ロイドは剣を構え直す。


 丸い胴体を節が付いた黒い足が複数で支えている。

 ぎろぎろとこちらを見下ろす複数の瞳は、あちらこちら、好き勝手な方向を向いていた。


 致命傷を与えるならば胴体だが、深く切りつけるには位置が高い。


「ならば……」


 ロイドは、一歩踏み出して細い足をまとめて薙ぎ払うように切りつけた。


 乾いた枝を踏み割ったような音と共に、魔獣が体勢を崩す。


「……やるな!」


 まともに動けない魔獣の止めは他の者に任せて、ロイドは次の魔獣を斬りつける。


 ロイドが動きを止めた魔獣に、自警団の者たちは打ち漏らすこともなく、止めをさしていく。


 騎士団程ではないが、十分に統率が取れており、個人の実力も悪くはない。


 何度かそれを繰り返している間に、魔獣の群れは動かなくなっていく。


 最後の一匹を仕留め、周囲に残党はいないか見渡すロイドの肩をヴァルフが強く叩いた。


「あんた! 滅茶苦茶強いな!!」


「……そうか」


 生返事をしながら、ロイドは後ろを振り返り、怪我もなく立っているルクレアを見つけて、ようやく身体の力を抜いた。


「なんだよ、そんなにあの姉ちゃんが大事か?」


 にやにやと笑うヴァルフに、ロイドは剣を鞘に戻し、少し考えてから首を縦に振った。


「ああ」











 魔獣の後始末を終えて、自警団の面々と共に詰所へと戻る。


「魔獣の問題の解決はまだだけど、今夜は軽く宴でもするからよ! 楽しんでいってくれよ!」


 ヴァルフがそう告げ、カナンが頭を抱える。


「……着いて早々に、魔獣とやりあったばかりでお疲れかもしれないでしょうに」


「構わない」


 ロイドの言葉にヴァルフが楽しげに声をあげ、カナンが肩をがくりと落とす。


「そうだ。……宴の前に」


 呟いたカナンが顔を上げて、ロイドの後ろに立つルクレアへと歩み寄った。


「ルクレアさんは、聖女様ですよね? ……その、怪我人の治療をお願いすることは可能でしょうか?」


 カナンの言葉にルクレアが息を飲んだ、気がした。


「……ルクレアの治癒魔法への報酬を用意して貰う」


 ロイドの言葉にカナンが頷き、ルクレアが顔を上げた。


「そりゃあそうだよな! いくらでも、用意しろよカナン!」


 豪快に笑うヴァルフにカナンが眉間に皺を寄せて、声を張り上げる。


「あなたは、財政状況を分かっていないでしょう! ……一人辺りこのくらいで、お願いしたいのですが」


 カナンが差し出した銀貨を、ルクレアは頷きながら受けとった。











 詰所の奥。

 怪我人が数人寝かされた部屋に二人は案内される。


 清潔な包帯が巻かれた彼らは苦しげな声を上げていた。


「お願いできますか?」


 カナンの言葉にルクレアが眉を寄せた。

 彼らのうちの一人に歩み寄り、傍にしゃがみ手を取る。


「……怪我は治せるけど、毒はあたしじゃどうしようもないわよ」


「分かりました。怪我の治療だけでもお願いします。毒の方は……今、毒消しの薬も手配していますので大丈夫でしょう」


 少し固い表情でルクレアは頷き、手元が光り始める。

 

 何度目にしても、不思議な光だ。


 怪我人が呻き声を大きくして、ルクレアの額に汗が浮かぶ。

 ロイドは少し前に出て、ルクレアの顔色を確かめた。


まだ、大丈夫だろう。


「終わりよ。次は」


「こちらをお願いします」


 カナンが示した怪我人の元へとルクレアが向かう。

 後ろで見ているロイドの隣でヴァルフが感心したような声を上げた。


「治癒魔法ってもんはすごいな……うちの街に居着いてくれりゃあ、助かりそうだが」


「……ルクレアは王命を受けて魔獣討伐の旅に同行している」


 何故か、思ってよりも低い声が出て、ロイドは首を傾げる。

 ヴァルフはそれに目を丸くしてから、にやにやとロイドと肩を組んできた。


「助かりそうだって言っただけだろ?」


「……そうだな」


 足元が覚束ないような心地で、懸命に治癒魔法を行使し続けるルクレアの姿をぼんやりと眺めていた。









 数日滞在して、ロイドは自警団の数名から剣技を教えて欲しいと請われていた。

 断る理由もなくロイドはすぐに首を縦に振る。


 魔獣の襲撃の合間、もて余していた時間をそこに当てることにしたロイドにルクレアは少し呆れた顔をしていた。


「……人には休めって言うくせにね」


「俺も休んではいる」


 少し眉を寄せながらも、ため息を吐きながらルクレアが口の端を持ち上げる。

 

 最近、よく見るようになった表情だ。


 旅を始めた頃に比べると、ルクレアの雰囲気は随分と柔らかくなったように思える。


 この街の気質が彼女に合っているのかもしれない。


「……どうかしたの?」


「いや。何でもない」


 開きかけた口を急に閉ざしたロイドにルクレアが首を傾げる。

 ロイド本人ですら、今何を言おうとしたのかが分からなかった。








 魔獣を追い払う日々にも慣れてきたロイドは、今日も空き時間に自警団の面々に剣技の稽古をつけていた。


 各々での実践形式での打ち合いの最中、加減を間違え、大きく身体を打ち付けてしまった者をロイドは念のためにとルクレアの待つ詰所へと連れていく。


 扉を開く前に、聞こえた会話にロイドは動きを止めた。


「ルクレア、本当にうちの街に残らねえか?」


 楽しげなヴァルフの声。

 何故かロイドの身体に力が強張る。


「いやよ。なんであたしが……」


 きっぱりと言いきるルクレアの声にロイドは少し息を吐く。

 しかし、ヴァルフは尚も楽しげに言葉を続けた。


「なんで? 王命だか知らねえけど、上手くやりゃ引退だって出来るんじゃねえか? たった二人で魔獣討伐なんて大変な思いも危険な目に遭うこともなくなるだろ?」


「……ヴァルフ」


 嗜めるようなカナンの声。

 ロイドは扉から一歩後ろへと下がり、同行者を振り返る。


「俺は鍛練に戻る。中で診て貰え」


 それだけ告げると、踵を返して、詰所から出ていく。

 別に、あの中に入ればよかった。


 だが、ルクレアが自然に二人と話していて、あんな会話を聞いていたくはないと、不思議とそう感じた。


「……確かに、危険な目に遭わせたか」


 自分の実力不足。

 そう断じて、鍛練に励めばいい。


 今までのように。


 何故か、それではダメな気がして。

 ロイドは一人で立ち尽くし、腰の剣を抜けずにいた。









 暫く街で過ごしている中で、それは突然のことだった。


「やつらの根城が分かったぜ!」


 ヴァルフの言葉に街全体が活気づく。

 すぐに、自衛のための最低限以外の戦力で討伐隊が組まれた。


 勿論、ロイドとルクレアもそこに組み込まれていた。


 ルクレアはロイドとは別動隊の、後方に配置される筈だったが、彼女自身の希望で後ろではあるが、ロイドともそう離れてはいない場所に配置された。


「ルクレアさんはきちんとお守りしますから、ご安心なさってください」


「……ああ」


 カナンの言葉にロイドは何故か胸が落ち着かなくなる。

 ルクレアの安全が保証されるのは良いことの筈だ。


「じゃあ、向かうぞてめえら! 遠慮はいらねえ! いつも俺らんとこに押しかけてきやがる仕返しだからな!」


 ヴァルフの力強い声に各々が声をあげた。

 士気をあげ、ヴァルフは森へと向けて先頭を進む。


 ロイドはそのすぐ後ろを行きながら、後ろにいるルクレアの様子を何度も確かめていた。










 巣の制圧は呆気なく進んだ。

 

 士気は十分。

 実力も連携も十分な彼らには難しい仕事ではなかった。


 ロイドは先陣を切って、魔獣を斬り払っていく。

 今ここでロイドが数を減らしていけば、後方へと回される敵は減り、ルクレアの安全が確保される筈だ。


 魔獣の数は減っている。

 それでも、こちら側にも多少の損耗があった。


 少し後ろで、ルクレアの治癒魔法に光が灯る。


「……ありがとう、助かったよ」


 そんな声にルクレアが少し安堵したように表情を和らげたのが見えた。

 

 そんなことを見ている場合ではない。

 しかし、ロイドの脳裏にはこの街の中で笑顔を浮かべて生きていくルクレアの姿が浮かんでしまった。


 ロイドがいくら強くとも、ルクレアに安全を確約できるわけではない。


 剣を握る手に力が籠りかけて、目の前の魔獣を斬り払った。


「……おでましだぞ!」


 ヴァルフの指す方を見れば、一際大きな個体が巣から這い出してきていた。

 自警団の面々が少し後ろに下がる。


 それと同時にロイドは地面を蹴り、駆け出していた。


 こいつはここで仕留めてしまおう。

 自分だけでも十分やれる筈だ。


「……ロイド!」


 ヴァルフが呼ぶが、ロイドは止まらずに魔獣の懐に潜り込んだ。

 ここならば、ロイドの剣が魔獣に届く。


 節の付いた足を数本斬りつけ、魔獣の体勢が崩れた。


 胴体に剣が届く。

 それと同時に残った足が一本ロイドには襲いかかる。


 速さ、攻撃を受ける範囲。

 そして、治療してくれるルクレアの位置を確認して、ロイドは問題なく受け止めきれると判断する。


 鎧を凹ませ、切り裂き、肩の辺りに強い衝撃を受けるが、ロイドは剣を大きく振りかぶり、魔獣の胴を両断した。


 魔獣はすぐに地面にぐしゃりと崩れ落ちる。

 周囲に生き残っている有象無象も多くはない。

 

 すぐに、片が付くだろう。


 そのまま、振り返ろうとしたロイドは身体から力が抜ける感覚に襲われた。


 それほど大きな怪我ではない。

 流れ出た血の量もそれほどではない筈だ。


「……ロイド!」


 焦ったようなルクレアの声が聞こえて、顔を上げる。

 どうしたのか尋ねようとしたロイドの口が震えて上手く動かない。


 肺が上手く広がらず、呼吸が出来なくなっていく。


 何故か、考えようとしてロイドはその場に膝を付いた。


 霞む視界の中で、走り出そうとしているルクレアの表情は今までに見たことがないものだった気がした。


 あまり、似合わない表情だ。

 そう考えながらロイドの意識は黒く塗りつぶされていった。






 

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