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第十章

 ひっきりなしに響く馬車が石畳を行き交う音。 

 曇りひとつないガラスが張られた商店が建ち並ぶ広い道。


「随分と大きな街だな」


 ロイドの言葉に顔を上げたルクレアの目に一際大きな教会の屋根が映る。


 行き交う人々の服を彩る美しい宝石の光に、思わずルクレアは目を細めて下を向いた。


 この通りに行き交う人々はみな、貴族か裕福な商人なのだろうか。

 

 石畳を行き交う馬車の振動に合わせて心臓が脈動して、息が詰まりそうになる。


「……早く宿を探しましょう」


 ルクレアの言葉に頷いたロイドが歩き始めようとしたその時。


「……ロイド?」


 継ぎ目のない金属鎧に身を包んだ騎士がロイドを見て目を丸くしている。


「やっぱり、ロイドだよな! 久しぶりだな!」


「ああ。久しぶりだな、ノクト」


 ノクトと呼ばれた男は人懐っこそうな笑顔でロイドに駆け寄り肩を叩く。


「ああ! お前こんなところで何してるんだよ?」


「王命の魔獣討伐の旅の最中だ」


「ああ~……単独任務を振られるなんて流石だよな! 流石は、俺らの中でも優秀なエリートだっただけはあるな!」


「エリートになった覚えはない」


「またまた……俺らの中でも出世候補第一番だっただろ? 中央の騎士団所属になるのも早くて、そのまま近衛にでもなるんじゃないかって皆、昔は噂してたんだぜ?」


「そんな話は聞いていないな」


「そうか? あのまま、中央に残ってたら来てたかもしれないぞ? もったいないことしたんじゃないか?」


 一瞬、ノクトの目が弧を描くように歪められた気がした。

 ロイドは気が付いていないのか、特に表情を崩さずにノクトと向き合っている。


 ルクレアは足元に視線を向けた後、僅かに眉をひそめた。


「ノクト。お前の方は何故この街にいるんだ?」


「俺の方はあれだよ! 聖女様ご一行の護衛ってやつだよ……まあ、今は休憩中でぶらぶらしてたんだけどな」


 にこにこと笑いながら、ノクトがロイドから目を逸らして、隣にいるルクレアを見る。


「……こちらは、例の?」


「同行してくれている聖女のルクレアだ。ルクレア、俺の見習い騎士時代の同期のノクトだ」


「……ルクレアさんね」


「……どうも」


 ノクトの視線がルクレアの頭の先からつま先までをゆっくりと行き来して、胸元の聖女の証で止まる。


 見下ろした視線をそのままに、人好きのする笑顔でノクトが明るい声をあげた。


「こんなに可憐な女性が魔獣退治についていくだなんて、凄いですね! 貴族出身の聖女でもないのに……余程、優秀な方なんですね」


 ロイドの王命を知っている騎士であれば、同行者、罪人扱いの聖女について知らない筈はない。


 慣れている視線。

 ルクレアは少しだけ息苦しさを覚えながら、ノクトから視線を外す。


「ああ。ルクレアは優秀だ」


「へ、へえ……」


 視線を遮るように半歩程前に出て、真面目な顔で返すロイドに、ノクトの口の端が少し引きつった。

 ルクレアは少し呆れたような目を向け、息を吐き出す。


「じゃ、じゃあ俺はこれで……! 元気そうで安心したよ!」


 踵を返したノクトの背中を見送りながら、ルクレアはロイドの顔を盗み見る。


「宿を探すんだったな。早くいこう」


「……ええ」














「一人金貨三枚って……いくらなんでも高すぎるでしょ」


 大通りにある、それ程広くはない宿屋の受付で、ルクレアは腕を組み、目を丸くする。


「そうはいっても、うちはずっとこの値段でやらせて貰ってるからねぇ」


 店主は整えられた髭を指先で撫で、二人をじろじろと見つめる。


 ルクレアの胸元にある聖女の証を見た店主は鼻を鳴らした。


「うちは、格式高いお客を相手にしていてね……皆さん、快くお支払頂いてるけど」


「……分かったわよ。他を当たるわ」


「ええ。……良い宿が見つかると良いですねぇ」


 にやにやと笑う店主の視線を背中に感じながら、ルクレアは唇を噛み締めて扉を開いた。









「どうする?」


「……どうするって、もう少しマシな値段の宿を探すしかないでしょ」


 後ろからロイドに尋ねられて、ルクレアは語気を荒くしながら返事をする。


 店主の言葉がただの嫌みでなければ、この辺りの宿はどこもあんな値段なのだろう。

 

 ならば、大通りから逸れた場所を探すしかない。

 その分、治安も良くはないかもしれないが、街にいるのに野宿するよりはマシだ。


 ルクレアはロイドを連れて細い道に入り、奥へと進む。

 

 煤けて、黒く汚れた道に倒されたゴミ箱から溢れたごみが散らかされている。


 靴を汚さないように、ルクレアは端によって進もうとした。


「お嬢さん、どうかお恵みを……」


 道に座り込んだ老婆に外套を強く引かれ、バランスを崩した。


 傍を歩いていたロイドが支えてくれなければ、そのまま転んでしまっていただろう。


「どうか、どうか……」


 まばらに生えた白い髪に隠れた顔は痩けた輪郭で、目は落ち窪んでいる。

 ルクレアは俯き、手をぎゅっと握り締めた。


「……離して」


 ルクレアの言葉に老婆は目から涙を溢れさせながら、外套から手を離した。

 ルクレアは少し眉を下げ、地面に頭をつけて踞った老婆から視線を逸らす。


「……旅人向けの、手頃な宿を知らないか?」


 ロイドが老婆の傍へとしゃがみ、尋ねた。

 老婆は顔を上げてロイドをじっと見つめる。


「……良い宿を知っております」


「場所を教えてくれ」


 懐から取り出した銅貨数枚を老婆の手に乗せたロイドに老婆は何度も頷きながら、道の奥を指差した。


「この道を真っ直ぐ進んで、通りを一つ越えた先に、気の良い夫婦が営んでいる宿屋がございます」


「分かった。ありがとう」


 何度も頭を下げる老婆の肩に手を置いてから、ロイドは立ち上がりルクレアの方を振り向いた。


「宿の場所は聞けた。行こう」


 呆れた目を向けたルクレアを余所にロイドは奥へと進もうとした。


「旦那……こっちにも、お恵みを」


「どうぞ、あたしにも……」


 ロイドの外套を浮浪者達が掴み、引き留めた。

 

 老婆とのやり取りを見られていたのだろう。

 いつの間にか集まっていた浮浪者達がロイドを取り囲んだ。


「……手持ちには限りがある」


「少しで良いんです!」


「どうかお恵みを!」


 顎に手を添えて、少ししてからロイドが自身の懐に手を伸ばした。


「バカ言わないで!……あたしたち急いでんのよ!」


 しかし、浮浪者を押し退けるようにして駆け寄ったルクレアが、半ば無理矢理にその手を取り、囲いの中から引っ張り出す。


 目を吊り上げ、周囲を牽制し、ロイドの手を引き老婆の説明の通りに道を駆け出した。


 後ろから、何人もの声が追いかけてくるが、振り払うように足を動かし、ロイドに強い言葉を投げつける。


「あんた、全員を助ける聖人君子にでもなるつもりなの!?」


「……いや、俺は聖人君子にはなれない」


「だったら、ああいう時はさっさと逃げなさいよ!」


 怒鳴りながら駆ければ、少し広めの通りに出る。

 ここまでは、彼らも追いかけてこないだろう。


 少し乱れた息を整えながら、ルクレアは引っ張っていたロイドの手をはたくように離した。


「……ほら、早くいくわよ」


「……ああ」


 首を傾げながらはたかれた手を見ながら、ロイドはルクレアの背中を追いかけた。














「……それで、うちの宿に来てくれたのかい!」


 豪快に笑いながら、恰幅の良い女将がロイドの肩を軽く叩く。


「大通りの宿は金持ち向けの豪勢な商売してるからねぇ……うちは、値段は控えめだけど、その辺の宿にも負けないくらいの気概だけはあるからね! ゆっくりしていってちょうだい!」


 受付で帳簿をつけている旦那が眉を下げながら、ルクレアとロイドに軽く頭を下げる。

 

 確かに、大通りにあった宿よりは調度品なんかも随分と質素なものだ。

 しかし、よく掃除が行き届いており、清潔感を欠くような印象を抱くことはない。


 受付をしているロイドを少し後ろから眺めていれば、少し声を抑えた女将が話しかけてくる。


「お客さん方旅人さんだろ? 今、この街には聖女様御一行とやらが来てるからね……気をつけなよ」


「何に気を付けるんだ?」


 受付を済ませたらしいロイドが首を傾げながら、振り返った。

 女将は潜めるそぶりだけは見せつつ、徐々に声を大きくしながら話を続ける。


「そりゃあ、勿論……下手に関わったりしちゃいけないってことだよ! ああいう、手合いはどう因縁つけてくるか、気分次第でどうしてくるか分かったもんじゃないからね!」

 

 目を瞑り、腕を組んで頷いている女将は、眉を下げて止めようと片手を上げた旦那には気が付かずにすらすらと言葉を続ける。


「そもそも、聖女だかなんだか知らないけどねぇ……お高く止まって、あたしたち平民には見向きもしないじゃないか! 治療の相手だって金持ちの商人だとか、貴族のボンボン相手だとかそんな話ばっかり聞くよ!」


 そこで言葉を区切り、女将は目を開ける。

 そして、ルクレアの胸元でその視線が固まった。


「あ……」


 胸元に下げられた聖女の証。

 明らかに気まずげな表情で冷や汗を流す女将にルクレアは少しだけ呆れたような苦笑いを浮かべる。

 

「いいわよ。……あたしも同じようなこと考えたことあるもの」


「い、いやぁ……すまないね。まさか、聖女様だなんて……」


 眉を下げて、頭を下げる女将にルクレアは首を横に振る。

 宿屋の旦那も同じように頭を下げるが、ルクレアは困ったような表情を浮かべた。


「部屋に案内してもらってもいいか?」


「あ、ああ! 勿論!」


 いつもと変わらない調子でロイドが問えば、女将が元気よく頷いた。

 荷物を持ち、部屋へと案内してくれる。


 先導する女将とロイドの背中を見ながら、この街に来て初めて、肩の力が抜けたような気がしていた。







 




 


「……これだけあれば、次の大きな街までは十分に持ちそうだな」


「……少し、買いすぎなくらいじゃない?」


 宿屋に荷物を置き、食料等の買い出しの帰り道。

 ずしりと重みを伝えてくる携帯食料にルクレアは眉を寄せる。


「俺がもつから問題はない。それに、途中で魔獣討伐で村々に寄る必要があるだろう」


「まあ、それはそうだけど……」


 自分よりも大きな袋を抱えているロイドをちらりと見て、ルクレアは少しだけ唇を尖らせた。


「明日の朝には、ここを発とう」


 買い出しも済み、この街に用はない。

 異論もなく、ルクレアはロイドに頷き返した。


 二人は宿へと黙々と歩みを進める。

 旅の道中とは違い、街の喧騒や生活音が足音すら埋もれさせる。


「……それで、ロイドのやつさぁ!」


 そんな音の調和を崩す声がした。

 教会の塀の中から響く大きな声は、街に入った際に声をかけてきた騎士、ノクトのものだ。


「すっかり落ちぶれてやがったんだよ! 優秀だからとか何とかで上から散々目をかけられたのに無様だよな!」


 げらげらと笑い声が聞こえてくる。

 あからさまに悪意の籠った声に、少しだけルクレアの足が重たくなった。


「まあ、あいつって元々何考えてるか分かんなかったしな!」


「親切とか優しいとか、たまに言われてたけど良いように使われてるだけだもんなぁ」


「そうそう。……その挙句に、中央の騎士団から外されて、単独で魔獣討伐とか俺だったら絶対やってらんねぇわ!」


 ロイドが足を止め、ルクレアを見つめる。

 それに気が付いたルクレアも同じように足を止めて、ロイドを見つめ返した。


「あー……騎士様の世界も大変ね?」


 少し、軽い口調でルクレアがそう告げれば、ロイドは一瞬黙ってから頷きを返す。


「ああ」


 再び足を動かし始めたルクレアの隣にロイドが並んで歩く。

 今度は、まっすぐと前を向いたまま、ロイドは口を開く。


「ルクレア」


「……何よ」


「俺は、何を考えているか分からないのか?」


 ちらりと横目で見たロイドの横顔は至極真面目な普段の顔だ。


「……そうね。でも、別にそれでも困らないし、いいんじゃない」


 後ろから聞こえてくる下品な笑い声をかき消すようにルクレアの言葉は辺りに静かに染み込んでいった。





 

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