表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必死になってサポートしてきた乙女ゲーの攻略対象が、最後の最後で俺のために婚約破棄したんだが  作者: 歩く魚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/29

告白


「アンリ、俺はここに、婚約破棄を宣言する」


 ロンゲールの言葉が広間に響いた。

 俺の頭は、真っ白になった。

 

 今、なんて言った?

 婚約破棄。この人は、婚約破棄と言ったのか?

 聞き間違いだ。そうに決まっている。


 しかし、招待客たちのどよめきが現実だと突きつけてくる。

 貴族たちが顔を見合わせ、ひそひそと囁き交わす。


 オスカー王は動じることなく、ただ息子を見つめている。


「そ、そんな……ロンゲール様……っ」

 

 アンリはうろたえているように見えるが、どうしてか演技のようにも感じた。


(な、なんで……)


 俺は壁際で立ち尽くした。膝から力が抜けそうだった。理解が追いつかない。


 何ヶ月もかけて積み上げてきたものが、たった一言で音を立てて崩れていく。心中エンドの回避が。


 ロンゲールは、アンリを見据えたまま言葉を続けた。


「お前が触れられるような相手ではないのだ、俺は。お前にはそこの——みすぼらしい男がお似合いだろう」


 そう言って、ロンゲールは傍らのオズワルドを指し示した。


 オズワルドが、はっと顔を上げる。


「……ど、どうして」


 その声は、アンリのものではなかった。

 名指しされた青年——オズワルドのものだ。


 みすぼらしい男がお似合い。

 その言葉は、表向きは侮辱だ。


 だが、俺には分かってしまった。

 ロンゲールは、アンリとオズワルドを結ぼうとしている。


 二人の想いを知って、あえてこういう形で背中を押しているのだ。


(そうか。ロンゲールは気付いていたのか……)


 二人が想い合っていたことに。

 俺が見抜けなかったものを、ロンゲールはとうに見抜いていた。


 だから婚約を破棄する。

 アンリを、本当に想う相手の元へ返すために。


 なんて奴だ……自分の婚約を公衆の面前で反故にする。

 その汚名を全て被って。

 ただ一人の女性の幸せのために。


 俺は——感動すら覚えていた。

 

 ロンゲールは、そういう人間だった。

 豪胆だが奥手で、自分の幸せよりもアンリの幸せを望んだ。

 

 それに、アンリはオズワルドと結ばれる。

 心中エンドなど初めから起こりようがなかった。

 二人は幸せになる。ロンゲールの英断で、そうなるのだ。


 だが、ここで一つの疑問が首をもたげる。

 婚約を捨てたロンゲールはどうなる?

 

 婚約者を失った第二王子。

 その先には、いずれ新たな縁が結ばれて——


 そこまで考えて、俺の思考が、ふと止まった。


「どうしてロンゲール様は、このようなことを……っ」

「当然のことだ」


 ロンゲールが再び口を開いた。


「俺が人生を共にするのはお前ではない」


 その視線は、もうアンリを見ていなかった。

 別の誰かのことを朗々と語り始める。

 

「北にそびえるワナムント山よりも高い志を持ち」


 俺は思わず聞き入った。

 誰のことだろう。あのロンゲールが、これほどまでに讃える相手とは。


「我々が未だ全貌を知ることのできない海のように深い心を秘め」


 志が高く、心が深い。

 そんな傑物が、この場にいるのか。

 俺は、その人物を探そうと広間を見回しかけた。


「それでいて、自らの能力を決して鼻にかけない——」


 高い志、深い心、それでいて驕らない。

 まるで物語の英雄のようだ。


 一体どこの誰のことを言っているのか。

 俺には、まったく見当がつかなかった。


「この者だ」


 そう言って、ロンゲールが腕をまっすぐに伸ばした。

 その指の先を、俺は何気なく目で追った。


 指し示された、その場所に立っていたのは。


 ————俺だった。


 時が止まった気がした。


 広間中の視線が俺に集まっている。

 貴族たちの驚愕の眼差し。

 囁きが、さざ波のように広がっていく。


 あの側近か。ロンゲール殿下が讃えたのは、あの男か。

 その声が遠くから聞こえた。


 自分の指先が冷たくなっていくのを感じる。

 何かの間違いだ。俺のはずがない。


 志が高い?

 心が深い?

 驕らない?


 そんな傑物、俺であるものか。

 俺はただ田舎から出てきた、ゲームの知識を頼りに立ち回ってきただけの、普通の臣下だ。英雄でもなんでもない。


 だが、ロンゲールの指は確かに俺を指している。

 力強い眼差しが、まっすぐに俺を捉えている。

 ふざけている様子は微塵もない。


 国王の御前で、招待客の面前で、ロンゲールは本気で俺を讃えたのだ。


(なんで……なんで、俺なんかを……)


 混乱の中で、俺は必死に考えを巡らせた。


 そうな、これは何かの方便だ。そうに違いない。


 アンリとの婚約を破棄する。

 その口実として、たまたま俺の名を挙げただけ。

 臣下を持ち上げて、婚約破棄の場を丸く収めようとしている。


 そうだ。きっと、そういう政治的な駆け引きなのだ。


 そう思い込もうとした。


 しかし、ロンゲールがゆっくりと、俺の方へ歩いてきた。


 一歩、また一歩。

 革靴が床を鳴らす音が、静寂の中に、やけに大きく響く。


 彼は、俺の前で足を止めた。

 見上げるほどの長身。

 その双眸は俺だけを映している。


 周りの音が消えたように感じた。

 

 貴族たちのざわめきも、楽団の余韻も、何もかも。

 ただ、ロンゲールと俺だけがそこにいるようだった。


 彼が口を開いた。

 これまでに聞いたことのない、静かな、それでいて熱を孕んだ声で。


「……リンタロウ。俺と結婚してくれないか」


 ————?


 思考が、完全に停止した。


 結婚?

 

 俺は男だ。ロンゲールも男だ。臣下と主君だ。

 結婚なんて、そんな、ありえないだろう。


 だが、ロンゲールの目は笑っていなかった。真剣そのものだ。


 俺の答えを待っているのだ。

 緊張と覚悟を秘めて、俺を見つめている。


 その眼差しに見覚えがあった。


 火事の療養明けに、ロンゲールが俺を見ていた時だ。

 好きな奴はいるかと尋ねてきた、あの夜の目だ。

 俺にありがとうと呟いてくれた、あの時の——全部、同じ目だった。


 俺はこれまで、それを緊張だと思っていた。

 感傷だと、マリッジブルーだと、都合よく解釈してきた。


 だが、本当は俺に何かを伝えようとしていたのだ。

 俺が気付かないふりをしてきた、何かを。


(まさか——)


 心臓が大きく跳ねる。

 

 まさか、あの視線の全てが、あの言葉の全てが?

 ロンゲールは、ずっと俺を……?


 なぜ、俺はこんなにも動揺しているのだろう。


 なぜ、ロンゲールに求婚されて——本来なら怒りでも湧いてくるだろうに——ただ困惑するだけでなく、胸の奥が、こんなにも熱く締めつけられるのだろう。


 嫌悪ではない。恐怖でもない。

 もっと別の何かが、俺の中で暴れ出そうとしている。


 俺は認めたくなかった。

 だから、必死に口を開いた。声が震える。


「な……何を、おっしゃっているのですか、ロンゲール様。私は臣下で……男で……」

「知っている」


 ロンゲールが静かに言った。


「お前が男だってことも、俺の臣下だってことも、全部、知っている。その上で、言ってるんだ」


 その言葉に、逃げ道が塞がれていくように感じた。


「なぜ、ですか?」


 そう問いかけていた。

 

「なぜ、俺なんかを。俺はただの臣下で、あなたに、好かれるようなことなんて……」


 ロンゲールは少しだけ目を細めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ