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必死になってサポートしてきた乙女ゲーの攻略対象が、最後の最後で俺のために婚約破棄したんだが  作者: 歩く魚


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23/29

一月前の夜

 婚約発表の日取りが、正式に決まった。


 一月後。場所は下見をした境の町の邸ではなく、王城の大広間だ。

 両家の体面を考え、規模はそれなりに大きなものになるという。

 王族と有力貴族が一堂に会する華やかな宴になる予定だった。


 そして当然のごとく、その準備の差配は俺の肩にのしかかってきた。


「リンタロウ、お前に任せる。好きにやれ」


 ロンゲールはそう言って、面倒事を丸投げしてきた。

 いつものことだ。この人は細かい段取りを嫌う。


 だが、俺としてはむしろ望むところだった。

 婚約発表は俺の計画の総仕上げ。

 ここを完璧に整えることこそ、俺の悲願なのだから。


「お任せください。最高の式にしてみせます」


 俺は胸を叩いて請け合った。

 その日から、寝る間も惜しんで準備に没頭した。


 まずは会場だ。

 大広間の装飾を秋の意匠で統一し、両家の紋章を左右対称に掲げる。

 

 席次は何度も組み直した。ベルナール家の面々が気後れせず、かつ王族の格も損なわない配置を探る。

 

 上座下座の機微を一つ間違えれば、それだけで遺恨が残る。神経を使う作業だった。


 料理も吟味した。

 アンリの好む木の実の菓子は、もちろん献立に加える。


 ロンゲールが素朴なものを好むことも考慮し、華美に走りすぎない品書きを組んだ。


 あの町で食べた保存食を思い出し、似た風味の一品を厨房に頼んだりもした。


「リンタロウ殿、少しお休みになっては? 根を詰めすぎですよ」


 侍女がそう気遣ってくれるほど、俺は熱心に動き回った。


「いえ、これが私の仕事ですから」


 俺は笑って答える。

 疲れはあったが、不思議と苦ではなかった。むしろ充実していた。


 ロンゲールとアンリの晴れ舞台を自分の手で作り上げる。

 これ以上のやりがいがどこにあるだろう。


 ・


 ただ、一つだけ。

 ふとした拍子に、胸の奥に引っかかることがあった。


 席次を決めている時だ。

 ベルナール家の親族の欄にオズワルドの名を書き入れる段になって、俺の筆が止まった。


 あの男も席に着くのだ。

 想い人が別の男と結ばれると宣言される、その場に。


 先日のうなだれた背中を思い出した。

 好きな相手の幸せを願いながら、それでも諦めきれずにいる。


 あの誠実な青年が婚約発表の席でどんな顔をして座っているのか。

 想像すると、なんとも言えない気持ちになった。


(……いや、考えるな)


 俺は頭を振って雑念を払った。


 オズワルドのことは気の毒だ。それは認める。

 

 だとしても、俺の使命は変わらない。

 アンリをロンゲールとくっつける。


 それが原作のバッドエンドを回避する唯一の道だ。

 心中なんていう最悪の結末を防ぐには、この婚約を成立させるしかない。


 オズワルドの想いも、アンリの心も、その大義の前では二の次だ。

 

(……二の次。本当に、そう言い切っていいのか?)


 筆を持つ手が再び止まる。

 いつぞや芽生えた小さな疑問が、また顔を出そうとしていた。


 俺がやっていることは、本当に皆を幸せにするのか。

 アンリは、オズワルドは……ロンゲールは。


「やめだ、やめ」


 俺は声に出して呟き、勢いよくオズワルドの名を書き入れた。


 考えても仕方がない。

 俺はゲームの結末を知っている。

 迷わず突き進むだけだ。余計な感傷は計画の邪魔になる。


 そう自分に言い聞かせ、次の作業へ移った。

 

 ・


 準備は順調に進んだ。


 会場の手配、招待客への連絡、衣装の用意に当日の進行表。

 一つ一つを潰していくうちに、婚約発表の輪郭は着実に固まっていった。


 我ながら完璧な仕事ぶりだ。これなら何の不安もない。


 ある日の夕刻、進行表を確認していると、ロンゲールが執務室に入ってきた。


「精が出るな」

「ロンゲール様。えぇ、おかげさまで滞りなく」


 俺は進行表から顔を上げ、自信を持って報告した。


「席次も献立も、すべて整いました。あとは当日を待つばかりです。きっと素晴らしい式になりますよ」


 ロンゲールは、俺の手元の進行表を覗き込んだ。

 几帳面に書き込まれたそれを、しばらく眺めている。

 何を考えているのか、その横顔からは読み取れなかった。


「……ずいぶん細かくやってるんだな」

「当然です。主の一生に一度の晴れ舞台ですから、手は抜けません」

「一生に一度……か」


 ロンゲールがぽつりと繰り返した。

 その声にわずかな苦みが滲んだ気がした。


「ロンゲール様も、当日の段取りを確認されますか?」

「いや、いい。お前に任せる」


 ロンゲールはそう言って、窓辺へ歩いていった。

 夕陽が、彼の大きな背を朱に染めている。


 その背中を見ながら、俺はこの人の幸せがもうすぐ形になるのだと噛みしめた。


 ・


 その噂を耳にしたのは、準備も大詰めという頃だった。


「なぁ聞いたか? ロンゲール様が、陛下に単独で謁見されたらしいぞ」


 城の廊下で、従者たちがひそひそと話しているのが、ふと耳に入った。


「単独で? 珍しいな。あの方は政務にはあまり出たがらないのに」

「それがな、人払いまでして二人きりで話し込んでたとか。何の話かは誰も知らんらしい」


 俺は思わず足を止めた。

 ロンゲールがオスカー王に単独での謁見。

 それも人払いまでして……。

 

 妙だと思った。ロンゲールは父王と決して不仲ではない。

 だが、自分から進んで謁見を願い出るような男でもない。


 政務は最低限。父との関わりも必要な時だけ。

 ロンゲールの「常」のはずだ。


 その彼が、わざわざ人払いをして、二人きりで話し込んだ。

 よほど重要な、それでいて、他人には聞かせたくない話だったということになる。


 何を話したのだろう。婚約のことだろうか。

 発表を控えてオスカーに何か相談でもしたのか。

 それなら人払いまでする必要はない。

 婚約の話など隠すことでもないのだから。


(まさか、婚約に何か支障でも……?)


 一瞬、嫌な想像が頭をよぎった。

 すぐに打ち消す。そんなはずはない。


 婚約の準備は何の問題もなく進んでいる。

 オスカーも乗り気で、ベルナール家も異存はない。

 今さら支障などあるはずがないのだ。


 きっと、当日の段取りか何かの確認だろう。

 俺はそう結論づけることにした。


 気になりはしたが、ロンゲール本人が言わない以上、こちらから詮索するのは不自然だ。


『あの、歩いていたらこんな噂を聞いたのですが、何かあったんですか?』


 なんて聞けるわけもない。

 臣下が主君の謁見の中身を問い詰めるなど、許されることではないのだ。

 

 

 遅くまで進行表を清書していると、ロンゲールがふらりと執務室に現れた。

 手には酒の入った杯を持っている。

 珍しいことだ。彼が執務室で酒を飲むなど、記憶を探っても数回あるかないか。


「まだ仕事か。働きすぎだぞ、体調はどうだ?」

「元気ですよ。もう少しで終わります。ロンゲール様こそ、お珍しい。お酒ですか」

「あぁ、たまにはな」


 ロンゲールは長椅子に腰を下ろし、杯を傾けた。

 その横顔が、燭台の灯りに照らされてゆらりと揺れる。

 物思いに沈んでいるような気配。


(これは……そういうことなのか? この世界の意志とか神とか、そういう存在が俺に機会を与えたのか……?)


 もちろん見当違いの可能性もある。

 しかし、さっきの今でチャンスが訪れたというのは、考えてしまっても仕方ないだろう。


 彼が嫌そうな素振りを見せたらすぐに退く。

 そう心に決めて口を開いた。


「ロンゲール様。一つ、伺ってもよろしいですか」

「なんだ?」

「陛下に単独で謁見されたと、小耳に挟みました。何かおありだったのですか?」


 俺がそう尋ねると、ロンゲールの杯を持つ手が、止まった。

 すぐに、彼は何でもないふうに、杯の酒を見つめながら答えた。


「あぁ、それか。大した話じゃない。ちょっとした確認事だ」

「確認事……ですか」

「そうだ。リンタロウは何も気にするな」


 その答え方が、なんとなく引っかかった。

 いつものロンゲールなら、「お前には関係ない話だ」とか「秘密だ」とか茶化してくるはずだ。


 だが、それ以上は追及できなかった。

 大した話じゃないと本人が言うのだ。

 俺は「左様ですか」とだけ返して、清書の続きに戻った。


 しばらく、沈黙が流れた。

 ロンゲールは黙って酒を飲み、俺は黙って筆を走らせる。

 燭台の灯りが俺たちの影を壁に揺らしていた。


 やがて、ロンゲールがぽつりと言った。


「リンタロウ」

「はい」

「……ありがとな」


 唐突な言葉だった。

 俺は筆を止め、顔を上げる。頭がフリーズしている。


「な、何がでしょうか」

「いや、なんていうか……色々とだ。お前には、本当に世話になってると思ってな」


 ロンゲールは、こちらを見ずに言った。

 その声に軽さはない。身体の奥底から出てきたような、しみじみとした響きだった。


「……水臭いですね。それが私の仕事ですよ」

「分かってる。分かってはいるんだが……言っておきたかった」


 なんだか、おかしな雰囲気だった。

 まるで、別れ際の挨拶のような。

 あるいは、何か大きなことを前にした人間が漏らす感謝のような。


「ロンゲール様、どうされたのですか? 今日はらしくありませんよ」

「そうか? いつも通りのつもりだがな」


 ロンゲールはふっと笑った。

 その笑みには、どこか影があるようだった。


「なぁリンタロウ」


 ロンゲールは俺の目を見つめている。

 

「はい」

「もし俺が……お前の思っていることと、違うことをしたら。お前は、どうする?」


 その問いの意味が俺には掴めない。


「違うこと、と申しますと?」

「いや、たとえばの話だ。お前が、こうなると信じてることと、まるで逆のことを俺がやったら、どうする?」


 俺は、少し考えてから答えた。


「ロンゲール様のなさることなら、何か理由がおありなのでしょう。私は、それを信じてお支えします」

「……そうか」


 ロンゲールは、それきり黙り込んだ。

 杯に残った酒をゆっくりと飲み干す。


「夜も遅い。お前もそろそろ休め」

「はい。ロンゲール様も、お早めに」


 俺は清書を片付け、一礼して執務室を辞した。


 今夜のロンゲールはどうにも妙だった。

 単独謁見の件といい、唐突な感謝といい、あの意味深な問いといい。


 でも、俺にはそれが何なのか想像もつかない。


(もしかして、マリッジブルーってやつなのか!?)


 可能性は大いにある。

 きっと、婚約を前にして少し感傷的になっているのだ。


 俺は前世で結婚しているわけではないからな。

 だからわからなかったんだ。少しだけ安心した。


 一月後には、すべての悩みが消え去ることだろう。

 ロンゲールの幸せが成就する。


 その「ロンゲールの幸せ」の中身が、俺の思っているものとまるで違うということを知るのも、一月後だった。


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