表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必死になってサポートしてきた乙女ゲーの攻略対象が、最後の最後で俺のために婚約破棄したんだが  作者: 歩く魚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/29

むしろ、好都合かもしれん

 翌日からアンリが城へ招かれる頻度が目に見えて増えた。


 名目は様々だ。茶会、庭園の散策、王妃エレオノールへの挨拶。

 だが、本質はどれも一つ。第二王子であるロンゲールとの親睦である。

 王とベルナール家の思惑が水面下で噛み合い始めた証拠だった。


 俺にとっては好都合だ。

 二人が顔を合わせる機会が増えるほど、関係は前進する。

 あとはその一つ一つを丁寧に整えてやればいい。


 席は隣同士に。話題は、アンリが関心を持ちそうなものをロンゲールにそっと吹き込んでおく。

 沈黙が落ちそうな瞬間には、俺が後ろから軽く咳払いをして合図を送る——とまでは流石にやらないが、それに近いことはしている。


「リンタロウ、お前、最近やけに仕事が丁寧だな」


 茶会の準備をしている最中、ロンゲールが感心したように言った。


「恐れ入ります」

「アンリ嬢の好きな菓子まで把握してるとはな。どこで調べたんだ? 貴族名鑑にも載っていない情報だぞ」

「侍女から聞き出しました。彼女は木の実を使った焼き菓子を好まれるようです」

「そこまでするか普通」

「殿下のためですから」


 俺は当然のような顔で答えた。

 ロンゲールは「なるほどなぁ」と気の抜けた相槌を打ちながら、用意された茶器を一つ手に取って眺めた。


「お前、こういうの楽しいか」

「楽しい、ですか」

「人と人をくっつけるみたいな仕事だよ。媒酌人みたいな」

「……役目を全うできるのは、嬉しく思います」


 ロンゲールは茶器を置き、しばらく俺を見ていた。

 それから、何かを言いかけて、やめた。


「いや、いい。続けてくれ」


 その「いや、いい」が、近頃やけに増えた気がする。

 言いかけて飲み込む。俺に何かを問おうとして、寸前で引っ込める。

 普段は思ったことを片端から口にする男なのに、こと俺に対してだけは、奇妙な躊躇いを見せるようになった。


 理由は分からない。

 考えても仕方がないので、俺は茶会の準備に意識を戻した。


 ・


 茶会そのものは、これ以上ないほど順調に運んだ。


 会場には小さな円卓を据えた。大広間ではなく、庭に面した日当たりの良い一室を選んだのは俺の差し金だ。

 格式張った場所では、アンリのような立場の令嬢は必要以上に身構えてしまう。窓から庭が見え、風が通る場所の方が、自然な会話が生まれやすい。


 アンリは木の実の焼き菓子を見て、ほんの少しだけ目を見開いた。

 その小さな反応をロンゲールは見逃さなかった。


「気に入ったか」

「……ええ。幼い頃、よく食べたものですから」


 アンリの声がわずかに柔らかくなる。

 懐かしさの色だ。俺は壁際に控えながら、内心で頷いた。

 狙い通り、彼女の警戒が一段ほどけた。


「幼い頃か。ベルナールの領地で?」

「はい。秋になると、領内の森で木の実が採れて。従兄と一緒に、よく拾いに行きました」


 従兄。その単語が出た瞬間、アンリの表情がほんの一瞬、別の場所へ飛んだ。

 ここではないどこか、今ではないいつか。そういう目だった。


 俺は壁際で密かに眉を寄せた。


(また従兄の話か……)


 オズワルドの影は、こうしてふとした瞬間に顔を出す。

 原作ではこうも邪魔になることはなかったはずなのに——というのは当たり前か。


 もちろん、アンリ本人に悪気はない。

 ただ、彼女の幸せな記憶の多くに、あの青年が当たり前のように居座っているだけだ。


 厄介なのは、そこに作為がないことだった。

 計算ずくの恋敵なら対処のしようもある。


 だが、ただ「昔からそこにいた」という事実は、どんな策をもってしても揺るがしようがない。積み重なった時間というのは、それ自体が一つの城壁なのだ。


 ロンゲールはそれに気づいているのかいないのか、穏やかに微笑んだ。


「いい思い出だな」

「……はい。すみません、昔話など」

「謝ることじゃない。昔を大事にできる人間は信用できる」


 その言葉に、アンリは少し驚いたように顔を上げた。

 ロンゲールはこういう時、妙に的を射たことを言う。

 本人は何気なく口にしているのだろうが、相手の心の柔らかい部分にすっと触れる術を心得ている。


「ま、その点リンタロウは計算づくな部分があってな。あいつ、肝心な部分は隠すんだよ」

「殿下、余計なお世話です」


 こちとら前世の話をしないか心配なんだ。

 常に綱渡りをしている気分である。

 だが、このやりとりが気に入ったのか、アンリの頬がほんのりと色づいた。


(よしっ! 好感度が上がったな)


 俺は心の中でガッツポーズを決めた。

 計画は順調。むしろ順調すぎるくらいだ。

 このまま重ねていけば、二人の婚約は確実なものになる。


「殿下は」


 アンリがふと、菓子から視線を上げて尋ねた。


「幼い頃、何がお好きでしたか?」

「俺か? 俺は……そうだな、木登りだ」

「木登り……ですか」

「城の庭に古い樫の木があってな。一番上まで登ると、城下が一望できた。よく兄貴に怒られたよ。第二王子が木の上から手を振るな、ってな」


 アンリが小さく笑った。

 その笑い方は、令嬢としての作法に則った控えめなものだったが、それでも先ほどまでより幾分か自然だった。


「想像できます。きっと、堂々と手を振っておられたのでしょうね」

「おう。誰よりも高い所からな」


 二人の間に、柔らかな空気が流れる。

 俺は壁際でその光景を眺めながら、満足感を噛み締めていた。


 ——これだ。これが見たかった。


 ロンゲールが誰かと笑い合い、その相手が彼の隣に立つにふさわしい人物である光景。


 ゲームの中で、俺が見られなかったもの。

 心中という結末の代わりに、俺がこの手で用意したかったもの。


 それが今、目の前にあるんだ。


 ・


 茶会が終わり、アンリを見送った後。

 ロンゲールは自室に戻ると、長椅子にどさりと身を投げ出した。


「……疲れた」

「お疲れ様でした。良い会だったと思います」

「そうかぁ?」

「ええ。アンリ様も心を開かれていました。手応えは十分かと」


 ロンゲールは天井を見上げたまま、しばらく何も言わなかった。

 

 俺は卓上の茶器を片付け始める。冷めた茶を捨て、菓子の皿を重ね、布巾で円卓を拭く。

 こういう雑事は侍女に任せてもいいのだが、手を動かしている方が落ち着くので、つい自分でやってしまう。


「リンタロウ」

「はい」

「お前、わざわざ木の実のやつにしただろ」

「ええ。お好みだと伺っていましたので」


 ロンゲールは身を起こし、片肘を膝についた。


「お前はアンリ嬢が喜ぶものは知ってるが、彼女が何を寂しがってるかは、考えたことあるか?」


 俺は布巾を持つ手を止めた。


「……寂しがる、ですか」

「菓子を食った時、一瞬だけ遠い目をしただろ。あれは嬉しいだけの顔じゃない」


 やはりロンゲールも気付いていたのか。

 確かにアンリは、焼き菓子を前にして懐かしさと、オズワルドの事を思い浮かべていた。

 それを「警戒が解けた」という都合のいい解釈で片付けてくれれば良かったのだが……。


「故郷を懐かしんでおられたのでは?」

「故郷か。それとも、故郷にいる誰かか」


 ロンゲールの声は責めるものではなかった。

 ただ、隠されている一点を、静かに指で示すような言い方だった。

 俺は布巾を卓に置き、慎重に言葉を選ぶ。


「……仮に後者だとして。それは殿下にとって、不都合な話では」

「不都合? なんでだよ」


 ロンゲールはきょとんとした顔をした。

 まるで、俺が突拍子もないことを言ったとでもいうように。


「アンリ様に、心に留めた相手がいるかもしれない。それは、これから縁を結ぼうという殿下にとって——」

「リンタロウ」


 遮られた。


「お前、人の心は商談か何かだと思ってるのか」


 言葉に詰まる。

 ロンゲールは長椅子から立ち上がり、片付けの途中だった皿を一枚、ひょいと取り上げた。

 大きな手に小さな皿が乗ると、玩具を持たされた熊のように見える。


「殿下、それは私が」

「いいから。たまには手伝わせろ」


 彼は皿を重ねながら、独り言のように続けた。


「俺はな、アンリ嬢のことは買ってる。賢いし、芯もある。一緒にいて退屈しない。お前が褒めるだけのことはある」

「では——」

「だが、退屈しないってのと、隣にいてほしいってのは、別の話だろ」


 俺は手を止めた。

 ロンゲールの横顔は穏やかで、けれどその穏やかさの奥に、俺の知らない種類の確かさがあった。

 何かをもう決めかけている人間の、静かな顔だ。


「アンリ嬢が誰かを想ってるなら、それはそれでいい。むしろ——」


 そこで、ロンゲールは言葉を切った。

 また「いや、いい」が出るのかと思った。だが今回は違った。


「むしろ、好都合かもしれん」


 好都合。その単語の意味を、俺は掴み損ねた。

 アンリに想い人がいることの何が好都合なのか。

 婚約を進める上で、それは障害でしかないはずだ。


「……どういう意味でしょう」

「さあな」


 ロンゲールはにやりと笑い、重ねた皿を俺の手に押し付けた。


「お前が自分で気づくまで、言わないでおく」

「気づくとは?」

「気づいてないから聞くんだろ、それは」


 からかうような口調だったが、目だけは笑っていなかった。

 俺を試しているのとも違う。どちらかといえば、待っている。そういう目だった。何を待たれているのか、俺にはまるで見当がつかない。


 手の中の皿が、やけに重く感じられた。


「ま、難しい話は抜きだ」


 ロンゲールはぱん、と手を叩いて空気を変えた。


「次のアンリ嬢との会、段取りは任せていいか。お前のことだ、どうせもう三案くらい考えてあるんだろ」

「……四案です」

「多いんだよ」


 ロンゲールは声をあげて笑った。

 いつもの彼に戻っていた。豪快で、軽口が多くて、第二王子らしからぬ気安さを持った、俺の推し。


 俺もつられて口元を緩めながら、片付けの続きに戻る。

 皿を運び、卓を拭き、茶器を布で包む。手は淀みなく動くのに、頭の片隅にはさっきの一言が引っかかったまま離れなかった。


 好都合かもしれん。

 お前が自分で気づくまで、言わないでおく。


 何のことだ。俺が見落としているもの。

 ロンゲールには見えていて、俺には見えていない何か。

 俺は最後の茶器を棚に戻した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ