偶然にしては意地が悪すぎるだろ…!
オズワルドが城下に来ているらしい——その情報を俺が掴んだのは、厨房の下働きの噂話からだった。
「ベルナールの若いのが、東門の市場に出てたってよ」
「へえ、令嬢のお供かい」
「いんや、一人だったとか」
手にしていた書類を取り落としそうになった。
ベルナールの若いの。一人。市場。
頭の中で警報が鳴る。オズワルド・ベルナール。アンリの幼馴染にして、ロンゲールルートにおける最大の障害物。
彼がアンリと顔を合わせる機会が増えれば増えるほど、二人の関係は深まり、ロンゲールの入り込む隙が狭まっていく。
(なぜこのタイミングで……)
俺は書類を脇机に置き、足早に厨房を出た。
幸い、午後のロンゲールは鍛錬で手が離せない。
今のうちに動けば、彼の予定に影響を出さずに処理できる。
処理とは我ながら物騒な言葉を選んだが、要するに、オズワルドがアンリと鉢合わせないよう、城下での動線をそれとなく管理したいだけだ。穏当にな。
・
東門の市場は城下でも一番賑わう区画だ。
香辛料と魚と、それから何かの果実が混ざった匂いが鼻をつく。露店の呼び込みが飛び交い、人の波が緩やかに流れていく。
俺はフードを浅く被り、人混みに紛れた。
以前、ロンゲールと夜の町に出た時の経験が、こういう時に妙に役立つ。目立たないようにしつつ、視界は広く保つ。
そうして五分、十分と探していると——
(————いた)
布地を扱う露店の前に、見覚えのある——と言っても直接見たわけではないが——後ろ姿があった。
濃い茶の髪、やや痩せた体躯。原作の立ち絵そのままの、けれど画面で見るよりずっと覇気のない青年。これがオズワルドだ。
彼は布を一枚手に取り、しばらく眺め、そっと戻した。
買うかどうか迷っているというより、何かを思い出しているような手つきだった。
(さて、俺はこれからどうするべきか)
俺の頭は高速で回転を始めた。
彼がこのまま市場を抜けて城方面へ向かうルートに入れば、ちょうどアンリが午後に通る予定の道と交差する。
それを避けさせることが最重要目的だろう。
とはいえ直接話しかけるわけにはいかないから、人の流れを使って自然に逸らすか……。
考えながら、俺は露店の店主にさりげなく近づき、低い声で囁いた。
「すみません、あちらのお客さんに、隣の通りの織物屋を勧めてもらえませんか。上等な品が入ったと」
「あ? あんた誰だい」
「ただの親切な通りすがりです」
銀貨を一枚握らせると、店主は胡乱な目をしつつも頷いた。
よし。これでオズワルドは隣の通りに誘導される。アンリの動線とは逆方向だ。
店主がオズワルドに声をかける。オズワルドが顔を上げ、礼儀正しく頭を下げて——隣の通りへ歩き出した。
(よし、成功だ!)
俺は密かに胸を撫で下ろした。
あとは彼が織物屋を冷やかしている間に時間が経ち、アンリの通行時刻はずれる。完璧な仕事だ。我ながら手際が良い。
・
その夜、俺は自分の手際の良さを全面的に撤回することになった。
「リンタロウ。お前今日、城下に行ったか」
夕餉の後、ロンゲールが何気ない調子で聞いてきた。
心臓が小さく跳ねる。
「……少々、買い出しに」
「買い出し? 足りないものがあったか?」
「ええ。筆と紙が切れていたので」
嘘ではない。ついでにそれも買った。
ロンゲールは「ふうん」と言って、それから妙に楽しそうに口角を上げた。
「アンリ嬢から手紙が来てな」
「…………はい?」
「今日、城下でベルナール家の人間と会ったんだとさ。なんでも、織物屋でばったり従兄に出くわしたとか」
俺は危うくスープを噴き出すところだった。
「……従兄、と申しますと」
「オズワルドだよ。お前も知ってるだろ。例の幼馴染だ」
頭の中が真っ白になった。
逆だ。完全に逆だった。アンリの動線を確認していたつもりが、彼女が今日に限って予定を変更し、よりによって俺がオズワルドを誘導したその織物屋に向かっていたのだ。
俺は二人を引き離したのではない。
俺の手で二人を同じ店に集めたのだ。
(偶然にしては意地が悪すぎるだろ……!)
「アンリ嬢は嬉しかったようだな。手紙の字が弾んでいた」
「……それは、良かったですね」
「お前、なんで死にそうな顔してんだよ」
「気のせいです」
ロンゲールはしばらく俺の顔を眺めていたが、やがて肩を揺らして笑い出した。
「お前さ、最近やたら城下をうろついてるよな」
「職務の一環です。ロンゲール様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
「アンリ嬢が城に来る日に限ってな」
「偶然です。ロンゲール様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
「ふうん……?」
彼は明らかに何かを察している顔をしていた。
だが、それが何なのかを口にはしない。
代わりにテーブルに肘をつき、こちらをまっすぐ見た。
「リンタロウ。一つ聞いていいか」
「何でしょう」
「お前、アンリ嬢のことが嫌いなのか?」
予想外の角度から来た問いに、俺は一瞬言葉を失った。
「……まさか。むしろ逆です。素晴らしい方だと思っています」
「だよなぁ。なのに、なんでアンリ嬢の周りをそんなに気にする」
答えられなかった。
まさか「あなたとくっつけたいので、邪魔者を排除しています」とは言えない。言えるはずがない。
きっと、言ったら言ったで彼は大爆笑するだろうが。
「殿下にふさわしい方かどうか、見極めているのです」
苦し紛れに、それらしい理由をひねり出した。
ロンゲールは「ほう」と眉を上げる。
「で、見極めはついたのか」
「……十分すぎるほどに」
まだ泳がせてもらおうかとも考えたが、仮に怪しまれているのであれば、早いうちに曝け出したほうがいい。
「そうか。それで? お前のお眼鏡には適ったのか」
「適いました。アンリ嬢は、殿下にとって最良の相手かと」
言い切った瞬間、ロンゲールの表情からふっと笑いが引いた。
ほんの一瞬だ。すぐにまた、いつもの快活な顔に戻る。
「最良、ねぇ」
彼はそう呟いて、椅子の背にもたれた。
「お前が言うなら、そうなんだろうなぁ」
その声には、俺には読み取れない何かが混ざっていた。
同意のようでいて、どこか突き放すような。納得のようでいて、納得したくなさそうな。
「……殿下?」
「なんでもない。飯が冷めるぞ。冷めたスープは世界で一番マズイからな。食った食った」
話はそれで終わった。
俺は残りのスープを口に運びながら、今日一日の自分の働きを振り返る。
オズワルドとアンリを引き離すどころか、結果的に二人の再会を演出してしまった。最悪の戦果だ。
(明日はもっと慎重に動こう……)
そう心に誓いながら、俺は気付いた。
ロンゲールが冷めかけたスープにはほとんど手をつけず、ずっと俺を見ていたことに。
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