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必死になってサポートしてきた乙女ゲーの攻略対象が、最後の最後で俺のために婚約破棄したんだが  作者: 歩く魚


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12/29

靴に入った砂


 庭園でのやり取りから一夜が明けた。

 朝の空気は冷たく、石廊下を歩く靴音がいつもより響いて聞こえる。俺は窓の外を一瞥し、昨日のことを頭の中で整理した。


 アンリはロンゲールに「覚悟」と言った。

 ロンゲールは「今を選ぶ」と言った。

 ゲームで何度も見た台詞と、ほとんど同じ言葉だった。


(……計画通りだ)


 そう結論づけて、俺は廊下の角を曲がった。


「よぉ、リンタロウ」


 曲がった先にロンゲールがいた。

 正装ではなく室内着のまま。

 わざわざ待っていたのか、たまたまいたのか。どちらとも取れない顔をしている。


「おはようございます。随分と早いですね」

「眠れなかったんでな」


 珍しいことを言う。

 ロンゲールはどこへ行っても大抵の場所で熟睡できるタイプだ。

 遠征の野営でも、騒がしい宴の翌日でも。それがこの男の図太さであり、俺が密かに尊敬している部分でもある。


「どこか具合が悪いんじゃないですか?」

「そうじゃない」


 ロンゲールは窓の外に目を向けながら言った。


「アンリ嬢、面白い女だな」


 心臓がとくんと跳ねる。


(き……きたぁぁぁぁ!)


 俺は内心で拳を握りながら、表面上は穏やかに答える。


「そうですね。芯があって、賢い方だと思います」

「あぁ。俺が思っていたより、ずっとな」


 ロンゲールはそこで少し黙った。

 続きを言うつもりがあるのか、ないのか。


「……なんだか悔しいな」

「何がですか?」

「分からん。だから余計に悔しい」


 意味が分からなかったが、こういう時に追及するのは野暮だ。

 俺は「そうですか」とだけ言い、話を切り上げようとした。


 しかしロンゲールは動かない。

 窓枠に肩を預けたまま、外を見ている。

 今日は曇りで、光の質が平坦だ。彼の黒髪もいつもより艶を欠いて見えた。


「お前は昨日のアンリ嬢、どう見た」


 これは昨日も聞かれた質問と実質的に同じだろう。

 俺への問いかけの形をとっているが、たぶん彼は自分自身に問うている。


「覚悟のある方だと思いました」


 言葉をを引用するのは、考える必要がなく、一定の説得力を生み出すことができる。前世で学んだ気がしなくもない。

 

「覚悟、か」

「ええ。令嬢として振る舞いながら、その内側はきちんと自分で考えている。あの場で殿下の言葉を正面から受け止めた時の目は、取り繕ったものではありませんでした」


 ロンゲールはふむ、と短く鼻を鳴らした。


「お前、人の目をよく見るよな」

「見なければ間違えますから」

「そういうもんかね。俺はお前の目、あんまり見たことないな」

「私はそれほど面白い目をしておりませんので」


 肩をすくめると、大男は笑った。

 からかいではなく、どちらかといえば呆れに近い笑い方だった。


「そういうとこだぞ」

「何がですか」

「まったく……今日は鍛錬の予定を午後にずらした。昼前に少し時間が空く。昼飯でも付き合え」

「かしこまりました」


 それだけ言って、ロンゲールはようやく窓から離れた。

 廊下を歩いていく背中は相変わらず大きく、堂々としている。

 ただ、今朝だけは歩幅がいつもより少しだけ小さいような気がした。気がした、というだけかもしれないが。


 ・


 昼の食卓は質素だった。

 ロンゲールが「大げさにするな」と指定したためで、二人分の皿が木のテーブルに並ぶだけだ。

 城の食事にしては随分と庶民的だが、俺はこの形式が好きだった。気を張らずに済む。


「昨日の庭園、段取りはお前が?」

「ある程度は。席の位置と、話題のきっかけをいくつか用意しました」

「アンリ嬢が薔薇に近づいたのも?」

「いえ、あれは偶然です」


 ロンゲールはパンを千切りながら「そうか」と言った。


「じゃあ、彼女は自分で動いたわけだ」

「そうなります」

「……なるほどな」


 何がなるほどなのか、俺には分からない。

 分からないまま俺もスープに手を伸ばした。


「殿下は、アンリ嬢のどのあたりが面白いと思われましたか」


 これは純粋な確認だ。

 どこに興味を持っているかを把握しておけば、次の機会に活かせる。俺はあくまで情報収集のつもりで聞いた。


 ロンゲールは少し考えてから、


「逃げないところかな」


 川の流れのようにサラリと言った。


「逃げない……ですか」


 そりゃあそうだろう。

 思考が顔に出ていたのか、彼は眉をあげる。

 

「俺が今を選ぶって言った時、たいていの令嬢なら俯くか、当たり障りのない返しをする。だが彼女は正面に立ったわけだ」

「それが面白い、と」

「面白いし――」


 ロンゲールはスプーンを置いた。


「なんか、真剣にさせられるんだよな。こっちも誤魔化せない感じがして」


 それは褒め言葉だと判断した。

 ロンゲールにとって、相手を真剣にさせる人間は少ない。

 大抵の場面で彼は余裕を持って立ち、それは強さでもあり孤独でもあった。


 だから、アンリ・ベルナールは正しい相手だ。

 ゲームの攻略対象として設計された彼女は、こういう男の核心に触れるのが上手い。


 よし、次は二人が話せる機会を増やそう。

 テーマは……そうだな、彼女が関心を持ちそうな——


「リンタロウ」

「はい」

「お前、いま何考えてた」


 俺は表情を動かさずに答えた。


「次の段取りを」

「俺の話をしながらか」

「殿下のための段取りです。失礼ではないかと」

「……お前なぁ」


 ロンゲールは苦笑し、それきり追及しなかった。

 食事は静かに続く。


 ・


 問題は夜になって現れた。


 べつに考え事をするつもりはなかった。

 窓から見える星の数を数えていたら、気づけばアンリの顔が浮かんでいて、それがロンゲールの隣に並ぶ絵に変わって、それを見ている自分が——。


(……眠れない)


 身体を起こし、水を飲んだ。

 喉は乾いていなかった。


 これは何だろう。

 計画通りに進んでいる。ゲームの流れと同じやり取りがあった。

 ロンゲールはアンリを「面白い」と言い、「真剣にさせられる」と言った。何も問題はない。


 では、なぜ。


 胸の奥に引っかかりがある。

 棘というほど鋭くはなく、だが無視するには少しだけ存在感がある。

 砂粒一つが靴の中に紛れ込んだ時の感覚に似ていた。歩けないわけではないが、確かにそこにある。


(……意識を張り巡らせて疲れているのかもしれない)


 そう決めて、もう一度横になった。

 目を閉じたが、すぐに開いた。


 天井の模様が薄闇の中でぼんやりと浮かんでいる。

 この世界の天井は石で、前世のそれより遥かに高く、遥かに冷たい。


 俺がここに来た理由はロンゲールとアンリを幸せにするためだ。

 転生して、十八になって、田舎を出て、登用制度を使って、マッサージをして、覗きを捕まえて、貴族の嫌味をかわして、ここまでやってきた。

 それは変わらない。変わるはずがない。


 ロンゲールが笑って生きていける未来のために、俺は動いている。ただ、それだけだ。


 理由を確かめ終えたら、少し楽になった。

 その夜は、それで十分にしておいた。


未完の作品ばかり増えると気持ち悪いので、ぼちぼち書いていきます。


評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!


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