第二十四話 祈り祈られ
とうとう、イズルが元の世界に帰る日がやってきた。
召喚したときと同じ様に、一番異世界が近づき、その時に100人の魔道士と、聖女の力で道を作る。
そこへ、イズルを送り返すのだ。
カロリーナが儀式の中心となる。イシスはまだわずかな力しか扱えない。けれど、どうしても儀式に参加したいと言えば、誰にも制止されなかった。
それどころかカロリーナと同じ、儀式のための白い最上級のローブと、この日のためにドワーフが作ってくれた聖杖を持つ。
ドワーフはカヤマンディと今でも交流がある。
ベニシテはせっかく整えた炉を放棄したくないと、元離宮だった鍛冶場に常に何人かのドワーフを常駐させている。見返りに人間の鍛冶師の指導をしてくれるのだから、破格だろう。
その炉で作られた、祝福精錬ミスリルの端切れを組み合わせた、二本の聖杖。
祈りの力を高めてくれる、聖女にはありがたいもの。
準備は整った。
城の大ホールに、イズルが入場した。
服装はこの世界に来た時に着ていたタイトな礼服。学府の生徒のお仕着せというのだから驚いた。今はサイズが合わなくなったと窮屈そうに言っていたが、どうしても残して行けないとお針子に手直ししてもらったという。
彼の入場に合わせて、全員が膝をつき、頭をたれた。
国王も、王太子も、教会の尊位司教も。
イズルに世界が救われたのだから、最大限の感謝を表すのだ。
長々とした式典などいらないと言うから、代表してベアフレート王太子が挨拶を述べるにとどまった。
友人同士、きっと万感の思いだろう。真摯に頷き合う彼らと、ベアフレートの目尻に光るものがあるのを見て、イシスは胸がいっぱいになった。
ここで予定外のことが起きた。
いや、儀式を仕切るカロリーナが何も言わないので、ある意味予定どおりだったのかも。
挨拶が終わったイズルが、イシスに近寄ってきた。
驚くイシスに、隣のカロリーナがにこりと笑い、手話。
『イズル様が、イシスさまにお祈りをしたいと』
え?とイズルを見ると、少しイタズラっぽい、よく見かけた笑みを浮かべている。
彼らに促されて、イシスはその場で膝をついて手を組んだ。
そして、正面に立ったイズルの祈りの所作。
聖女のものだ。
――不思議なことが起きた。
『あまねく光。あまねく闇』
『声』が、聞こえた。
イズルの声だ。朗々と響く、青年の声。
聞こえるはずのない『音』に、イシスは呆然とイズルを見上げた。
こう改めて見ると、イズルはこの3年で顔つきも精悍になり、ずいぶんと大人びた。
勇者を立派に務め上げ、堂々としているのは変わりないけれど、雰囲気は落ち着いた。
その彼の、今は金色の目が静かにイシスを見下ろしている。
強く、清廉な力を感じる。
『あまねく空、あまねく地、あまねく海、あまねく山、神の意に従い存在し給うたすべてのものよ、神霊よ。我、勇者イズルが願い、祈る。この者へ神の祝福があらんことを。魂の道行きに幸多からんことを』
自然と垂れたイシスの頭頂部に、イズルの手が触れる。
何か、あたたかいものが、ふわりとイシスを包んだような……気がした。
『イズル様は1年修練されました』
立ち上がったイシスに、カロリーナが手話で伝えた。
『つらい修練もこなされて』
相変わらず、何も聞こえない。
けれど、さっきイズルの声が聞こえたような。
(……どちらでもいいわ)
イズルが、こうやって『祈ってくれた』。
それだけで嬉しい。
2078、最上級の祝福の祈り。
一年も修練したというと、まだイシスの封印が解けていないときからだ。
きっと、イシスを救うためにしてくれた。
ありがとうございます、と一音ずつ声に出してから、イシスはお礼の祈りを返す。発音が怪しいので、やはり十分な祈りにはならなかったけれど、イズルは分かったように微笑んだ。
――帰還の時。
儀式は滞りなく、イズルは元の世界に帰っていった。
『行ってしまいましたね』
カロリーナが寂しげに言った。
それに同じく手話で返して、かたわらに来たベアフレートの同じく寂しげ……そしてどこか悔しそうな顔を見上げる。
『どうしたの?』
イシスには、苦笑に近い表情を見せベアフレートは、こちらの手をとって軽く持ち上げて……額に押し付けられた。
「!?」
「……僕も祈ればってことかな」
その声が、耳を通して、届いた気がする。
相変わらず、周りの音は聞こえない、けれど。
「アフィ」
「……?」
やはり、聞こえない。
けれど、イシスは微笑んだ。
「あなたの声が、聞こえたかもしれないわ」




