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祈ればいいってもんじゃない!  作者: 鹿音二号


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第二十三話 本当の天罰

声がする。

優しくて悲しい声。


(だめよ、泣かないで)


時折悲しそうにイシスを見る彼に、今なら心から謝れる。

ごめんなさい。

けれど、口に出したはずのそれは、おかしなことに聞こえない。


「……?」


重いまぶたを開ける。

目が、開いた。

それになんだか驚いて、さらに、その飛び込んできた光景にも驚いた。

光り輝くような金髪に、潤んだ青い瞳。

美しい少女が、涙を流しながらイシスを見つめている。

カロリーナ。イシスを陥れようと利用された聖女の力をもつ少女。


彼女は泣きながら、ぱくぱくと口を何度も開け閉めしている。

……どうしたの?

イシスはそう言った。はっきりと喉に通る空気と、舌と口の動きは自覚できた。

けれど、声が聞こえない。


(ああ、そうか……)


思い出した。神の御下にたどり着き、かの存在が何をおっしゃられたのか。

そっと重い腕を動かして、耳のあたりを触る。耳朶はあるが、なにひとつ、音が聞こえない。

カロリーナが、きょとんとイシスを眺めて、それから慌てて……ぎゅっとイシスを抱き締めた。近い距離だと思っていたが、どうやら座り込んで彼女に支えられていたらしい。

あたたかい。


(声は……伝わるはずよね)


きっと、耳で聞こえないので聞き取りづらい発声になるだろうけれど、伝わってほしい。


(お願い)


……イシスの、その言葉はカロリーナは聞き取ってくれた。

微笑みらしいものを浮かべて、手を、指を動かし――


『殿下はご無事です』


漏れ出る嗚咽は聞こえないけれど、イシスはこれでもかというくらいに泣いた。




イシスが、目覚めた。

その一報に、何もかもを放り捨ててあの山――イシスが自らを封印した山へと向かったベアフレート。

山からはとうに降りて、近くの村で休んでいた。その村の小さな家で、彼女は、動いていた。

美しいばかりの岩の中でピクリともしない祈りの姿ではなく。


ベアフレートと見るなり、ベッドから降りて転びかけたイシスを支えたのは、聖女の封印を見守り、ずっとイシスのために祈っていたカロリーナだ。

イシスが自らを封印したと同時刻に、カロリーナが聖女として『目覚めた』。

彼女の祈りの数は3000を超え、聖属性の魔力は格段に上がる。

それを、以前の彼女の無邪気な様子とは違い粛々と、神の思し召しだと、イシスがいなくなったカヤマンディ国と、勇者一行の支援を淡々とこなした。

魔王討伐後も、真摯に祈りを捧げ、特にイシスへの祈りは欠かすことなく毎日行った。

イシスは戻ってくると。


ベアフレートすら一度は諦めかけたのに、カロリーナはまるで預言を受けたかのように。

そうして。


「イシス……!」


戻ってきた、イシスは、ベアフレートのもとに。

よろけながらもカロリーナに手を引かれてベアフレートに近づこうとするイシスへ、全力で走って、抱き締めた。


「イシス……イシス!」


細い身体だった、前よりも。

けれど、弱い力でベアフレート背を抱きしめてくれる、動くイシス。


「……ごめ、なさ、ぃ……!」


ごめんなさい、と。

たしかに聞こえたと思ったのに、イシスの高すぎない声があやふやだった。

泣きじゃくって早口なのだけれど、それを差し引いても彼女は発音は完璧だったはずなのに。

ひとしきり泣いたイシスが、ベアフレートの腕をつかみ、首や肩を撫で、じっと顔を見つめてくる。


「ぁたし、は……」

「どうやら、イシス様は聴力をなくされたみたいで……」


カロリーナが、ひそりと言った。

イシスは、ベアフレートの表情で、自分の事が伝わったのだと気づいたらしい。けれど、それでも嬉しそうに微笑んだままだ。

涙が止まらない。イシスも、ベアフレートも。


「あ、い、し、て、る」


一言ずつ、伝えてくれたイシスに、ベアフレートは歓喜した。

伝わった、やっと、聖女ではなく、イシスに。


「僕もだよ、イシス」


口づけは、とてもあたたかくしょっぱかった。




イシスは、神に会ったらしい。

己の罪と向き合うこと、罰を受けること。

それを諭されて、戻ってきたという。

魔王討伐の顛末も、だいたい知っていた。

けれど、ベアフレートとイズルはどうなったのか、それは聞かされずにいつの間にか封印が解けていたと。


『それが一番の罰だと思うわ』


戻ってきたと確信しても、ベアフレートの無事を聞くまで生きた心地がしなかったと。

目の前のイシスは青い顔をしながら紙に書き記した。


「よほど堪えたみたいだね」


あの、聖女然としていたイシスが、神に見せられたという魔王との戦いの記憶を思い出してはぽろぽろと泣くのだ。

ハンカチを10枚持ち歩くのが癖になってしまったベアフレートだった。


イシスが受けた罰は、力の大幅な減少と、聴力の喪失。さらには耳が聞こえず発声が怪しくなったため、祈ることがとても難しくなった。

けれど、罰は罰だとイシスは嘆くことはなかった。

それよりもベアフレートやイズルたちが無事だったことに神に感謝しているらしい。力を思うように使えなくなっても、祈ることはやめない。


『たったこれでだけでは、罰にならないのでは』

『神のなさることだから、意味があるよ』


ベアフレートもまさか自分が生きて、イシスを戻してくださって、それはいまだに夢のように思えるときがある。

イシスは2年半ぶりに封印から解け、身体は衰弱していた。それに加えてハンデもあり、ちゃんと生活を送れるようになるまで実家の伯領――しょう爵した――で養生している。

以前の、血を吐こうが命の危機に陥ろうが聖女をやるのだと意地を張っていた彼女とはうってかわって、大人しく休んでいる姿にベアフレートも国王も彼女の両親も涙ながらに安堵した。それを見て、彼女は本当に反省したらしい。ベッドからこもってしばらく出てこなかった。


「やあ、来たぞ」

「お久しぶりですわ、イシスお姉様」


今日はイズルとカロリーナも来訪した。

王都から近いとはいえ、馬車で5日以上かかる伯領のイシスの実家だから、あまり頻繁には客人も来られないが、イズルは勇者をやめて悠々自適に過ごし、カロリーナは定期的に聖女同士の交流が必要であると言質をとってよく顔を出している。

とはいいながら、イズルはまだ残っている魔物の討伐になんだかんだと参加し、カロリーナはカヤマンディ国の代理聖女としてお勤めをしている。

なかなか忙しいのには変わりない。


「殿下、国王陛下が泣いていらっしゃいましたよ、そろそろお戻りくださらないと国が傾いてしまうと……」

「国の頂点たるいまだ壮健な父王がいれば何ら問題はないでしょう?」

「はは、言うね王太子様」


一番怠けているのは、目下イシスのそばから滅多に離れなくなったベアフレートである。

けれど、また後悔するくらいなら怒られようが今だけはイシスのそばにいてやりたい。まだ体調も良くはなく、実のところ落ち込み気味で心も弱っているのだ、そんな時に彼女を放って置きたくない。

だが、魔王討伐の英雄譚の一つになってしまったベアフレートとイシスの事情は、カヤマンディ国の人気も高まる一役にもなり、それで執政の免除を宰相が黙認している。


『アフィ、本当に大丈夫?』

『陛下がわがままを言っているだけだ』


ベアフレートが綴りながら首を振ると、くつくつとイズルが笑った。


「今日もイズル様の世界の話を聞かせてほしい」

「そんなに面白い?」


金色の瞳を輝かせ、首を傾げるイズルだが、面白いのだからしょうがない。

まるで違う、想像もしていなかった世界。

王は残すところあと数カ国に存在するのみ。大半の国は、代表はいるがそれを選ぶのは国民……平民だという。

戦争は、なくなってはいないが、それを抑制する組織がある。

魔法はなくても指先一つですぐに着火し持続する竈、同じく一瞬であつあつの食事ができあがる仕組み、服はシンプルで機能的、機織りも美しいレースも人の手ではなくからくりで数十分で編み上げられる。家屋は100階以上のものも少なくなく、鉄で作った船が大洋を行き来し、人が鉄の箱に乗り、馬も使わず同じかそれ以上の速度で移動する……


『魔法ではないのですよね?』

「有名な作家だかが言ったらしいけど、高度な科学……からくりや物事の事象を極めれば魔法と変わらないと」


そうかもなー、とこの世界に来て初めて魔法を使ったという勇者は楽しそうに笑う。

それらのイズルの言葉は、カロリーナが手話でイシスに伝えている。修道院で修道女の心得として教えられ、イシスとなら筆談より手話の方が早い。

ベアフレートも今は習得中で、早く同じように会話したい。カロリーナは前の件のことが忘れ去られるくらいにイシスと仲良くなり、だからベアフレートはうらやましいのである。


「帰りたいな」


ぽつりと、イズルが、おそらく誰に聞かせるつもりもない独り言。

カロリーナとベアフレートは、一瞬動きを止めてしまい、イシスは敏感に感じ取って、部屋に沈黙が下りる。


約束は約束だ。

イシスがその約束を果たす予定が、この状態ではできそうにない。それを本人は泣くほど悔しがった。

だが、そのかわりに、カロリーナがいた。カロリーナはどうも、そのためにこの急速な覚醒をしたらしい。

結論として、イズルはあと2ヶ月後に彼の世界に帰ることが出来る。

寂しくなる。


ベアフレートはイシスがいなくなったと思い、自暴自棄になって勇者一行に同行した。

迷惑をかけたと思う。けれど、慰め時に励まし、仲間として一緒に戦ってくれたイズルには、感謝と同時に友情も芽生えた。


だがそれ以上に、彼への申し訳なさが募る。

彼の国では人がいなくなるなんてことはそうそうない。役所や国の機関に重大な事件として取り扱われる。両親にも心配をかけているだろうし……なにより、彼の夢が潰えたかもしれない。

厳格な教育を施される国で、それをちゃんとこなさないと彼の医者への道は閉ざされるという。


けれど、まあなんとかなるだろ、と、けろりとイズルは言った。

魔王討伐後、生きているだけで偉いのだというような、不思議な納得の仕方をしていた。

……なんとなく、意味は分かったような気がするが。



「……そういえば、俺の世界じゃ魔王伝説とかは最近流行りの物語だけど、別の古い伝説はいろいろあるよ」


努めて明るく、イズルは話し始めた。

彼は優しい。


「海の底には竜宮城っていう楽園のような宮殿があるという。ある時浦島太郎という漁師が……」


……が、少しばかり意地が悪いのは確かだ。

最後まで聞いて、ベアフレートたちは落ち込んだ。



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