第十七話 王子の苦悩
ドワーフは、人間の間ではめったに見ない幻の種族として有名だ。
昔人間と諍いを起こし、住む場所を明確に区別し、おたがい不可侵の約束まで取り付けて、今に至る。
人間の方はその諍いの理由は歴史書に数行載る程度だが、人間の3倍の寿命をもつドワーフにとってはまだ忘れることができない苦い記憶として濃厚に残っている。同じ理由で姿を見せなくなった別種族のエルフは、完全に存在を隠蔽し、この300年は人間の前に姿を現したことはない。ともかく、ひどい争いだった。
ゆえに、このたびの勇者召喚、それに伴う武器の制作には、鍛冶に長けたドワーフでもあまり乗り気ではない。
それでも、この王宮に一集団が招かれ、日々着々と勇者の武具は作られている。
古の盟約があった。それを違えるほど世界が嫌いなわけではないらしい。
王宮に招かれ、ドワーフの秘術で武器の製作に当たるのは、最も気難しいと言われる部族の長とその一族、それに同調する他種族の代表――あわせて100人の鍛冶師たち。
「……では、日程は調節し、再度お知らせします。くれぐれも……」
「ああ、わかっとるよ」
長い髭をたくわえ、いかつい輪郭と、鋭い目付き。背丈は低いが恰幅が良く、全体的に四角い。種族的特徴がよく出た族長のベニシテは、王太子にも最初から怯むことなく……むしろ、挑発的な態度だった。
人間の、他国の王太子など敬うには値しないとはっきり言われた。だが、もとよりそんなことはどうでもよかった。
聖武具を作れるか否か、問題はたったそれだけだ。
その機微をばっさり取り払ってくれたのはやはり聖女イシスだった。彼女はシンプルに、ハイかイイエで答えてくれと、族長ベニシテにせまり、見事に協力を勝ち取った。
今は人間の王宮に留まって鍛冶を勤しむドワーフたちは、最初の疑心暗鬼が若干薄れてきたらしく、少なくとも刺々しい態度は取らなくなった。
「のう、王子」
……とはいえ、こうやってあちらから話しかけてくるのは珍しい。
「はい、いかがしました?」
計画についての質問かと、驚きは隠して答えると、妙にかしこまった族長がソファーの上で身じろぎする。
「うむ……」
「何か気がかりでも?」
「そうだな……」
いよいよベアフレートはびっくりする。せっかちなドワーフは、いつも会話はぶっきらぼうかつ端的だ。言い淀む族長など初めて見た。
「……いや、何でもねえ」
数瞬迷って、ベニシテは言葉を、飲み込んだ。
ベアフレートは一人がけの椅子の上で固まった。
(なんだ?なにかとんでもない事件でも?)
様子が明らかにおかしいドワーフへ、いろいろと考えを巡らせる。
事件を隠蔽……という器用なことをする人ではない。とある理由からどうしても王宮へと来てくれと招き、離宮を一つまるまる鍛冶場に整えたときも、やれ炉がだめだ、この壁が邪魔だと、文句を言いながら自ら壊して……宮を半壊させたが言い訳の一つもしなかった。人間にたいして気を払うということはいっさいしない。傲慢ではあるもののある意味わかりやすく、単純だった。
その一族の長が、言い淀むとは。
無理にでも聞き出すべきか。
ベアフレートが密かに焦りながら、言葉を繰り出そうとしたとき。
部屋のドアのノックの音。
「殿下。イシス様がお目見えになりました」
「……ああ、どうぞ」
外の近衛に許可を伝えると、すぐにイシスが部屋に入ってきた。ドワーフの族長にだろう、礼を取りながら、
「失礼します。こちらにベニシテ様がいらっしゃると……」
「――お前さんまた予言でもしたのか」
盛大なため息をついて、不穏な事を言ったのはベニシテだった。
「なんのことです?」
キョトンと首を傾げたイシスに、ふと違和感を覚えた。
「どうしたんだい、イシス」
彼女自身のことを聞いたつもりだったが、この部屋を訪ねた用事についてだと思われたらしい。
「ええ、少し鍛冶場で変化があったものですから……族長に判断をと」
「お前さんじゃなく、人をやればよかっただろう、まったく」
ベニシテの言葉はつっけんどんだが、態度はむしろベアフレートへのものより親しげだ。
離宮を改造した鍛冶場には、最初からイシスも入っていた。
これは、ドワーフの秘術と合わせて聖女の祝福も行い、聖武具をより強いものにするためだと計画されていたからだ。
人間の、しかも若い女性となるとドワーフたちは仕事場に立ち入ることに反発した。
しかし、イシスや国王が頑なな態度で祝福は必ずだといい、イシスが半ば強引に鍛冶場へ入っていくこと数日――あっさりと、彼女はドワーフたちに受け入れられた。
理由を聞いても、よく分からないと彼女自身も首をひねっていたが。
「じゃあ、儂は戻る。邪魔したな」
「いえ、引き続きどうぞよろしくお願いいたします」
ベアフレートが立って頭を下げると、そういうのはいい、とぞんざいな手振りで断られた。
イシスも合わせて鍛冶場へ戻るらしい。
「イシス、何かあったらすぐに言うんだよ」
たまに、自分だけで問題を解決しようとするクセがある。
勇者召喚の儀の時がそうだ。神託を黙って、勇者召喚は結果的には失敗した。
失敗したことはどうしようもなかった。けれど、ちゃんと説明をしてくれたら、ベアフレートもイシスを否定せず、彼女の罪悪感を減らすことができたはずだ。
イシスに能力がないというわけではない、むしろ誰よりも有能で、そして自負の念が強い。それが悪いことではないのだが、周りは時に不安になるのだ。
聖女ばかりに頼って、彼女の負担をむやみに増やしたくはない。
やはり、イシスは物わかりがいいように、もちろんです、と笑って部屋を出ていく。
ふと。
ベニシテがこちらをじっと見ていた。
口を出す前に、扉が閉まってしまったけれども。
夕方。
ベアフレートが執務室で仕事をしていると、来訪者があった。
勇者イズル。
同年代の青年で、不思議な雰囲気を持っている。
所作も美しく堂々としていて、少し頑ななところはあるようだが、すっきりとしている。
そのまま、勇者であってもおかしくないような人物だが――勇者の証である黄金の眼を持ち合わせていない。
黒目黒髪の、やや小柄なイズルは、ベアフレートが部屋に招き入れるなり不機嫌そうに切り出した。
「あれのあれ、君は気づいてないの?それとも放置してる?」
「……なんのお話で?」
「気づいてないほうか」
どうしたことか、出会った頃と近い機嫌の悪さだ。あの頃は強引な召喚に腹を立てられていたとか。けれど、今となっては彼にできる限りの対応をして、何よりこちらの意を汲んでくれたため不満はなかったように見えたのだが。
イズルはソファーの背もたれに体を預け、腕を組んだ。
「イシスだよ。あの聖女様のことさ」
「彼女が何か」
「ずっと体調悪いみたいだけど?」
イズルのその言葉に、ざっと腹の中が冷えた。
イシスが、体調を崩している?
いつから?ずっと?
「どういうことですか!?」
「え、本気?」
「ええ、毎日会っていますが、そんな素振りは……」
「ふぅん、完全に隠蔽してたってのか」
呆れたようにイズルがため息をつくが、それどころではない。
ベアフレートが知らなかったことを、彼は知っている。
「なぜあなたはお知りに?」
「言ってる場合か?」
「ええ」
じろりと睨まれるが、ここで手を間違えれば、また、イシスは、さらに頑なになり……
首を振って、ベアフレートはもう一度尋ねた。
「彼女は、あなたが思う以上に意固地です。私が知らないということは、彼女は完全に隠し通すつもりです。そして、何を言っても聞かない」
「ええ……?」
「お願いします、ご協力を。おそらくあなたの助言も聞かなかったのでしょうイシスは。そして、婚約者である私に何をしていたとお叱りに来たのでは?」
「読まれてるし」
やれやれ、と、イズルは肩をすくめて苦笑した。
「分かった。俺だってそこまで知ってるわけじゃないけど……」
イズルの語る事情を聞くと、ベアフレートはまっさきに父王のところへ駆け込んだ。




