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祈ればいいってもんじゃない!  作者: 鹿音二号


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第十八話 聖女のため息


「イシス。君を絶対安静にさせます。大人しくして」


国王に呼び出されたかと思うと、執務室には陛下の他に、宰相に王太子、侍女頭と騎士団長、近衛対第一部隊長――と、そうそうたるメンバーが揃っていた。

そうして面食らうイシスに、王太子ベアフレートの言葉。


「……なぜ?」

「もう無駄だよ、イズル様とベニシテ師には確認済みだから」


イシスは頭痛がぶり返してきた。

イズルはともかく、ドワーフの族長には黙っておいてくれと言ったのに!

ベアフレート、そして国王や宰相たちも不安そうにイシスを見ている。


(だから嫌なのよ)


イシスの体調一つで、まるで世界の危機が早まったというくらいの悲壮感。

いや、事実かもしれない。イシスが倒れるような事があれば、計画は頓挫する。

同じことで、なおさら休むなどできるはずがない。


「おふたりには大げさに見えているのかもしれません。ですが、ちょっと疲れている程度で……」

「血を吐いて、立っていられなくなるのがちょっと疲れている?」


ベアフレートは見たことがない異様な表情だった。怒りと悲しみ、だろうか、負の感情が一気に顔に出たような、そんなものだった。


「……しばし休めば問題がないのです。計画に支障が出るほどでは……」

「そうじゃない!」


滅多に聞かない、ベアフレートの大声に、思わずびくりとしてしまう。

彼の視線が、イシスを貫きそうなほど鋭い。


(なぜ、ここまで怒るの?)


大事にされているというのは分かる。けれど、責められる理由が分からない。

ベアフレートが一歩出ようとして、宰相に止められた。


「王太子殿下、冷静に。イシス様」

「はい」

「その不調はいつからですか?」

「……一ヶ月も経っていないかと」


息を呑む音がそこかしらから聞こえた。

静かな、静かすぎる宰相の目も、どこか恐ろしい。


「原因はお分かりで?」

「御典医にお聞きになれば分かると思いますが、疲労によるものだと」


御典医、という単語が出た時、ベアフレートの険が少し取れた気がした。

こっそり相談した御典医にもしばらく休むように言われたけれど、原因が疲労ならどうにでもなるのだ。

聖女の祈りには体を癒すものもあり、定期的に自分にも祈ることができる。


「激務だからですか?」

「それ以上に、力を大量に使う頻度が多くなりましたので……」


力を使うことはやめられない。

聖武具の祝福。鍛冶を行っているときに同時に祈れば、出来上がったときにする祝福と比べ物にならないくらい強いものになる。だからこそ、人間と交流がなかったドワーフを王宮に招いたのだ。聖女の祈りは国事であるから、イシスが国を離れるわけにいかなかった。

手は抜けない。イズルを生かして元の世界に返すと約束したのだ。


「分かりました……では、イシス様は、今より休息に入られますよう」

「宰相閣下!?」

「なぜ?というお顔ですね」


ふっ、と、宰相は冷たい笑みを浮かべた。


「それを理解することを休息の間の課題としましょう。ベニシテ殿には聖武具の製作を中断することに同意いただけました。日々の祈りは教会より聖女を派遣してくださるよう頼みましたので」

「そんな……」

「イシス」


ベアフレートが近くに来た。


「ゆっくり休んでくれ。僕は……君が苦しんでいるのに気づかなかった。パートナー失格だ」

「なぜです?そのようなことをおっしゃるなんて」

「……今は休んで。落ち着いたら話そう」

「聖女イシス、いい機会だ、ゆっくり体を休めてくれ」


悲しげに国王に言われた、それが最後通牒。

侍女頭に促され、近衛隊長に付き添われて退室する。

足元がおぼつかない。

どこで、何を間違ったのだろう。




イシスを休暇という名の軟禁状態にして数日、イズルがベアフレートを訪ねてきた。


「イシスさんは大丈夫?」

「ええ、だいぶ回復してきました」


彼の言葉があったから、大事に至ることがなかった。


「ありがとうございます、再度お礼申し上げます」

「彼女のお見舞いにいっていい?」

「もちろんです」


彼女も喜ぶだろう。暇でしかたがないようだった。


「前にもこんな事あったの?」

「はい。状況はだいぶ違っていますけど」


あのときはもっと差し迫っていた。

苦い思い出で、いまだに忘れられない。


「数年前……王国の地方でひどい魔物の災害がありました。イシスも聖女としてその戦いに参加したのですが……」

「もしかして、相当無茶したの」

「はい。あのときは、大型の魔物の巣が山奥にあったのを見つけられず、手狭となった巣から魔物たちが引っ越しをした……その途中の村や町を食い荒らしながら」

「うわ、いかにもっていう様子だな」

「いかにも?」

「この世界っぽいなって。元の世界でも大型の動物とかいて人間が被害にあったりするけど、大量に群れが、っていうのはあんまりない」

「そうなのですね」


聞いてはいたがやはり、勇者の元の世界というのはこちらよりいくぶんも平和らしい。


「陥落しそうな村で、逃げ遅れた人々のために祈り、結果的に多くの命を助けました。けれど、イシス本人は取り残され、大怪我を負うことになりました」

「……撤退命令とか、そういうの無視して?」

「よくお分かりで」


ベアフレートは肺から息を絞り出した。

思い出しても背筋が冷たくなる。

撤退したはずの隊にイシスがいないのを知って、あのときは立っていた地面が消えて真っ逆さまに落ちていくような気分だった。


「救出作戦がうまくいき、大怪我のイシスも命に別状はなく……ですが、それからが問題だったのです」


イシスの血に触れた魔物が、強大な個体に成長した。

教会の文献には載っていた。聖女の血を、魔物は好物よりも好み、それに触れたものは恐ろしい魔物になる。


「イシスの血で強化されたたった数体で、1週間で5つの集落が壊滅しました」

「げえ……」

「彼女が目の前で殺されていく人々を放っておけないのはしかたないでしょう。聖女とは……そういうものらしいので」

「そういうもの?」


首をかしげる勇者。

苦々しい思いで、彼に失礼にならないように目を伏せ、顔を隠す。


「自分よりも、人のため世のため、何ができるかを考えている。あの時、死んでしまうかもしれない時、何を考えていたかというと目の前の人々の安全だけだったと、イシスは言いました」

「筋金入りってやつだ……」


イズルは真顔で呟いた。

それには同感だ。


「あの時ばかりは教会を恨みました。なぜ、聖女にばかり犠牲を強いるのか」

「……それを、なんの疑問にも思わないんだな?聖女っていうのは」


イズルも、イシスの様子を見ているのだ、なんとなく気づいたらしい。

イズルが騎士団に出入りし、練習場で切磋琢磨しているのは聞いた。彼がイシスを見つけたのは偶然だった。

王城から離宮には少し距離があるため、馬車を使うことが多い。けれど、体調を崩したイシスは送り迎えの馬車は使わず、裏方で運搬をしている荷馬車を使い、そっと戻ってきていたのだ。その荷馬車を止める場所が、騎士団の駐在棟の近くだったのだ。

イズルが隠れるように移動するイシスを見つけられたのは、本当に幸運だった。


「はい。……イシスも自分の間違いに気づいたらしく、もう絶対にしない、と言いました」

「……で、今回は、体を壊してまで武器づくり」

「どうも、危険もないためそこまで深く考えていない様子でした」

「危険がないって……」


呆れたように言葉を途切れさせるイズルも、危険がない、には頷けないようだった。

疲労といえど、血を吐くほどなら重症と一緒だ。


「彼女自身が心配されているというのは分かっているのでしょうが……いえ、結局は分かっていません。『聖女』の心配をしていると思われている気がします」

「……難儀だなあ」


イズルはしみじみとしたようだった。

こんなときだが、少し嬉しくなった。

イシスについては、どうしてもベアフレートの手に余る。まだまだ研鑽を積まねば、イシスの良きパートナーとは名乗れない。

今のように、他人に言われてようやく彼女の不調に気づくようなことは、あってはならない。

けれど、それがいつ合格に達するのか、とてつもなく遠い未来のような気がするのだ。

王太子として、聖女の伴侶として、ベアフレートにはその苦労に嘆く時間も少ない。


目の前の異世界の勇者は、役目を押し付けられたにも関わらず納得して協力してくれる懐の深いお方だ。イシスの欠点も見抜き、こうやってベアフレートに向かい合ってくれる……そんな人間が現れてくれたことに感謝したい。


「貴方には感謝しきりです。今回のことは私の落ち度です。イズル様には、今後はなんの憂いもなく魔王討伐のことだけを考えてくだされば」

「……俺は『偽勇者』だからさぁ」


イズルは足を組み、笑ってみせた。


「自分も、だけど、誰かを犠牲にしてまで魔王を倒す!とか言えないんだよね。そことんとこよろしく」

「ええ、心に刻みます」

「堅苦しいな……まあ、お願いするよ」


イズルは小さく息をついて、仕方がなさそうに首を振った。


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