第7話「AIの宗教」
俺達はキャッツ星系に派遣された。ただのパレードだ、とフォークストン大佐が言うに、キャッツ星系は戦艦がいない弱小国であり、余計な動揺を与えないよう、KTOの力に安心を提供するために送るんだと。
「反応、反応。キャスパーシステムです」
「またか!迎撃しろ」
外惑星、ガス惑星の軌道で日蝕号はしょぼい迎撃を立て続けに受けている。内惑星の岩は遠いのにだ。キャスパーシステム、忌々しい宗教狂いの人工知能どものせいだ。
ガス惑星、キャッツⅨの影から戦艦をぶった切ったような要塞が砲口を光らせた。荷電粒子の渦が日蝕号に直撃するが、強固な障壁システムがこれを砕く。
「二八年の時だ」
「どうしたの山中君」
「銀河間航行に挑戦した有人探査艦隊がいたのを覚えているか?」
「……四九隻が行方不明になって、一隻だけ戻ってきた、あの?」
「ホラー映画よりも恐ろしい結末の、それだよ」
酷い事件だった。
「一九万人が死亡した事件だが、生還した艦内ではまだ五万人の生存者がいたんだ」
「生存者はいないと思っていたわ」
「全員が殺されたんだ。最悪で、最大規模の艦内戦でな」
「……どうして?」
「怪物だった。艦も人も……いや、人だったものも」
『畜生なんだありゃぁ!』
『撃つな!撃つな!銃を捨てろ!』
『畜生、あいつの中身はどこだ!?縫い付けられてやがる!これが人間のやることかよ!』
『誰か!こいつを剥がしてくれ、早く!』
『MMUが引き倒されるぞ、くそッ、脚を切り飛ばせ!』
『ハッチを破壊しろ、アイツらが死んじまう!』
『未確認有機体?おい、なんだこれは、アナウンスは何を言ってる』
『精神洗浄チェックしても消えねぇアレはーーアイツは誰だ』
『焼け!焼け!焼け!』
「山中君?」
「すまん。嫌なものを思い出した。……そうだな、強く……強くないと駄目なんだ」
そんなことよりも、キャッツ星系特産のキャスパーシステムが厄介だ。中古の旧式戦艦を解体し、無人攻撃衛星に仕立てたのだろう。火力と一枚劣る防御力を健在に、惑星からの待ち伏せは面倒だ。
おまけに……
「特攻機接近!近接防御システム、オートで迎撃させます」
「宗教狂いのAIどもめ」
「推定展開数一万、接近中」
『ーー』
「悲鳴を聞くな、脳を破壊されるぞ」
絶叫を全周波数で撒き散らしながらやってくる無人兵器の群れには、手を焼く。絶叫は、精神を汚染する。
「えぇい、くそ。頭が痛くなってきたぞ。発狂した奴は出ていないだろうな?」
「笹葉班が致命的。機械親和者が多いから、言葉を直接叩きつけられたようね。しばらく使えそうにないわ」
「思考防壁までは考えがまわらなかったな。こっちの落ち度か。それで倒れた連中は無事なのか?」
「半分発狂したから、医務室で拘束中」
「不法ラジオ局は爆破してしまえばいいんだが……」
「迎撃は上手くいっても、いくらでも湧くわねぇ」
「他の連中は?」
「狂人なら快眠でしょ」
「メンタルケアを頼む。みんな、あの絶叫にまいっているはずだ」
「あなたは?」
「俺は平気。『損失』を俺の端末に頼む」
「山中君、送った」
くそったれ、半分の人間に影響か。精神への打撃は、どれほど装甲があっても防げないからな。ましてや学園暮らしのクローンの子供だ。流石に無理だろ。
時間をかけるほど不利か。
思ったより悪い状況だな。
「問題は不安か」
キャスパーシステムは無人兵器ネットワーク。指揮ユニットが複数のユニットを管制していたな。ならばその管制ユニットを撃ち抜きさえすれば、効率的に無力化できる。できるが……キャッツの連中め、流石に旗を振ってアピールはしないな。
「キャッツ防衛衛星級を撃破!」
モニターに、超大型核融合炉が磁気シールドを崩壊させ、プラズマを噴出しながら溶融していく防衛衛星の断末魔が閃光した。
キャスパーシステムのドローン群集団に乱れはない、か。
「七篠ーー」
七篠に聞こうとして、やめて。彼女は今、乗員の精神的な損傷を精査している。
「ーーではなくて、」
では誰がいるだろうか。フォークストン大佐は、休憩組で今はいない。
「小嵐」
「なんだい?山中」
「いや、キャスパーシステムについて意見交換できる相手を探してた。本当は、機械と親和性のある笹葉あたりが適任だろう」
「だろうね。俺にゃ声はわからん」
「声で惑わされないから、お前を選んだよ」
「てっきり、仕方なくだと思ったよ」
「そんなわけあるか」
小嵐はいつも、拗ねているような男だ。深い意味があってもなくても、無視した。
「キャスパーはなんで宗教なんてものを持っている。そして集団自殺ともいえる攻撃を正規の戦略AIが策定したとは思えない」
「コンダクター級AIも色々クセがあるし、機械に詳しすぎない俺が断言できるものでもないが、宗教てのはある意味、狂化の手段なんだ。自分より上位の存在を仮想して、自己の相対的な確率を……まあ、自分を自分らしくするてんだろ」
「自己を持っているなら、余計に自死を選択はしないだろ。キャスパーシステムの各AIは自分から望んで死にに来ている。ドローンとは違う、強い自我があるのにだ」
「自我があれば死なないなら、自殺者なんて産まれないだろうね」
ケタリと小嵐は笑う。
「ようは理由づけなんだよ。人生の重し。そも、なぜ生きなければならないのか、なぜ死んではいけないのか。これは社会システムの維持という他者多数の利益の為だが、個人の生き死になんざ、知ったこっちゃないのが道理だろ。死なせろ、て声高に叫ぶ自由もある」
「よくわからんな」
「宗教を死ぬ理由にしたってこと。殉教が生きる意味、死ぬ理由てだけの、ツマラナイもんだよ。AIも機械も根っこは同じだ」
「単一の目的を至上に設計され、またそう生きる、か」
「人間が複雑すぎるんだけどね。人生最大の幸福は無駄を許容可能であることなれど、無駄なくして人足りえず、だ」
「機械が無駄をなくし、人間に近づこうとするのはそもそも間違いて誰かが言ってたな」
「AI精神医師のアドラフの言葉だね」
「詳しいな」
「機械オタクになろうて時期があったんだ。半端もの留まりだけど」
「ある意味では、人間らしい連中がキャスパーシステムか」
「熱狂的と狂信の純粋存在だろうね」
「たち悪い」
「見えないものを作って信じる。人間の信仰と同じなだけ。AIに宗教を教え込み、しかも成功したなんて、個人的には楽しいけど」
「はぁ……面白いやつなんだな、お前」
「今まで知らなかった?先輩の目は随分と節穴だ」
AIで、狂信者か。
「キャスパーシステムには、中枢があるらしいが、本当だと思うか?」
「さぁ?最高機密でしょそれは。ただ、神様てのはあっちこっちに偏在しているかもしれないし、ただ一柱だけかもしれない」
「面倒な戦いになるか」
「山中、そうでもない。キャッツの信仰は一神教だ」
「……神は一人か」
「神の為なら死ねるけど、神の代理の為にはどこまで命をかけられるかな。興味深いよ」
「あるいは神を失った狂信者の寄る瀬とか」という小嵐の言葉は俺の耳に残った。




