番外編「間違っていても」
正直、今でも僕の判断が正しかったのかはわからない。親は確実に泣くだろうけど。でも……いられてよかったのかなぁ、少しは。
「奈緒子!」
「あっ、はい」
「班長なんだからシャキッとしなさいな」
「ご、ごめん……」
「謝るまえに!消耗品の申請を主計課に提出する!もう纏めた?」
「しまった、まだだ!」
「吾妻さん怒るわよ。あの人、数字担当の笹葉君と火花散らしているんだから。データ報告が無くて遅れて負けたなんて、何を言いつけてくるか」
ごもっともです……。
「日蝕号は巨大な武器庫で、それをどう使うか、何を使ったかはとても大事だよ。本当にしっかりしてね。ーーそうだ、疲れてるなら、何か飲み物を持ってきて」
「あっ……」
言い終わるまえに行ってしまった。報告書纏めないと。えっと、
「……」
どうやって?
報告書の形式は?書体は?必要なデータはどこで確認できるの?僕は何をすればいいの?わからない、わからないよ。何もわからない。え?何を、どうするの?誰かやってくれる?待ってればきっと誰か
「ッ!」
ぺちん、と両頬をサンドイッチみたいに挟んで叩いた。ちょっと、ひりつくけど、よし、落ち着いた。僕がやらないとね。駄目だよ。
「あっ、なんだ、ちゃんとデータあるじゃん」
大宮班ーー僕の名前がつくって恥ずかしいよーーのグループネットの中に、戦闘で消耗したものが報告としてあがってる。このデータを纏めて、主計課に転送すればいいんだよね?
「数字を足していくだけだから簡単、簡単」
と思ってたんだけど。
「うん?」
個人宛のメールだ。差出人は山中祐樹……怒られ案件かな?戦々恐々と開封した。
〈本日の戦いぶり、見事なり〉
それだけ。……なにかのジョークなのかな……笑えばいいんだろうけど、失笑でごめんなさい……。山中さんて変な人だよね。
色々と悩んだけど、クローンとか、お金をかけて調整してるのに能力が低いとか、新しいクローンの私とか。色々あったけど、前の私は死んだて考えよう。
ーーということを七篠さんに背中叩かれながら言われた。
「あんた何考えてんの」
「え!?わ、私……何か?」
「辛気臭いのよねぇ。一回くたばったんだから前向きに生きなさいよ」
「くたばったて……」
「クローン仲間だからさ、代わりなんて幾らでもいるくらい知ってるわよ」
「はぁ」
「はい!でしょ!!」
「は、はい!」
「いいじゃん。私なんて素体が悪いのに、失敗作だって姉妹が一〇人いるわよ」
「お、お沢山で」
「そんなことより、あんた、大宮奈緒子として生きようって考えがバレバレなのよ」
「はぁ」
「天才なんてなれないんだから、おどおどしてるなりにがんばりなさい!」
七篠さんて、ちょっと変わってる。山中さんもその影響を受けたのかな?
変と言えばそう、山中さんはやっぱり変。
「ずるくね?」
「え?」
「ハンデつけて、ハンデ」
「シミュレーターは訓練なので、あまり都合が良い状況にこだわるのは……」
「大丈夫、大丈夫、遊びだけ」
「でも駄目です。七篠さんに禁止されたんです。山中さんを甘やかせないでね、て」
「あいつ、そんな口調だった?」
「正確に再現すると、あの馬鹿の肉を取り上げるために足腰砕いて半殺しにしてくれ。て言われました」
「あの女ぁッ!」
七篠さんと山中さんは仲がいい。羨ましい。でも七篠さん、最近の山中さんと距離を感じてると思う。気になるな。
「マラソンキツイ……」
「ほらほら、軟弱モヤシ、お尻蹴られる前に走った、走った!」
「鬼だ……」
「あら。角を生やして、食べちゃうわよ」
「七篠は化け物てわかったけど、大宮まで俺より体力あるとは思わなかった。オタクでモヤシだと信じてたのに」
「あはは……」
日蝕号は広くて、時々体力維持というか訓練で走り込みがある。山中さんはいつも最後列で、七篠さんに背負われて完走している。七篠さん、背が小さいから山中さんの足を引きずるけど。
奇妙な縁で、私は日蝕号に乗り込んだ。KTOが募集した乗員に、勢いだけで応募した。家出して、どこにも行けないから、お腹が空かなくて、家がある場所をと流れ着いただけ、なんだけど。
「大きいフネだもんね」
部屋は大きい。個室でも、家よりも大きいかも。足を伸ばして寝られるし、部屋に本棚も
「あ゛!!」
忘れてた。本棚からプリントされた教本を取り出す。本当は、記憶を焼いたほうが早いけど、そうでなくてもデータ管理すればいい話なんだけど、私は紙束をめくるのが好きだから印刷した。
面倒なのは、本を開かなくちゃだけど、そこは好き好きだから。
ニューカーマインの『対抗ミサイル戦におけるアタックアンドディフェンス理論』て論文だ。従来は、エネルギーシールドを維持しつつ接近するのにプロトンビームを控えてE消費を抑えるのがセオリーだけど、この理論だと相手と倍するなら、あるいはミサイルの効率的運用を列記しつつ、プロトンビームの積極的な利用を書き込んでいる。
面白いな、と思った。
数字の機微に詳しい笹葉さんとも相談して、プロトンビームを拡散させて掃討する技を使うには、なかなか大変だ。
あっ、あとで謝っておかないと。
拡散にはシールド整流装置を利用してたから、たぶん、いくつかは溶けたかも。
「ミサイルの弾頭にももっと詳しくならないと」
対艦ミサイルと言っても、色々なのだ。分厚い装甲を侵食して分解する弾頭、衝撃波で結合を破壊する弾頭、シールドに過負荷を与えやすい弾頭……素早く、相手を見て切り替えないと。それでも遅い、もっと早く予測して、先手を打ち続ければ敵も管理できる。迎撃しか考えられないなら、勝つのは簡単だ。
先手ーー先手には、知ること。知っていれば、勝てる。




