第9話「影踏み」
「頭を抑えろ!量子爆雷投下、逃すなよ」
日蝕号と比べれば、圧倒的に小型の艦を追いまわす。やっと見つけたんだぞ馬鹿野郎。キャスパーシステムの中枢艦だ。ここで仕留める。仕留めなければいけない。
星間物質の海から現れた、小さな、日蝕号と比べれば本当に小さな戦闘艦が、規模に不釣り合いすぎる加速度で逃走を図った。
電磁気とプラズマの狭間を泳ぐように、忌々しくしぶとい。
「見つけたぞ!ーー海から離れることはないだろうが、出たら出たでドローン艦隊の砲艦が仕留めろ、できなきゃ足止め!本艦はアレを追尾するぞ。ハイテク兵器で原始人のように追いかけ回してぶっ潰すぞ!」
キャスパーシステムでうなされていた患者も跳ねおきる報復のときだ。蹂躙、一方的に狂信者の根元を叩き潰す誓ったように動いた。
「山中、トラクタービームで引き摺り出せないかな」
「いやいや、それは駄目だ、星間物質を引いちまう。ここは重力糸で釣りあげるのが一番だ」
「グダグダやる前に、火をつけて燃やしちまおうぜ」
「星系が丸焼きになるから却下ーーあれ?でももし燃えるなら、恒星だって核融合」
俺のいないところで議論が高速でやりとりされ、最終的には「敵艦を釣ります」とだけ意見された。許可した。
本来は、艦載艇の射出の加速や帰還の減速として使われる重力子ビームが、敵艦に全て指向された。星間物質の海をかき混ぜ、“それ”を釣りあげる。
「成功だ!」
奇妙に疲れる戦いだった。
キャスパーシステム特攻機の絶叫がまだ、頭で鳴り響いている。
「艦内戦の後始末や申請もしないとな……」
やることは山ほど残っているが、それでも俺は重力ベッドに体を沈めた。急ぎの仕事ではない。
「疲れてる?」
「寝て起きてずっと緊張だった。こんなのは流石に始めて……でもないけど、休んだ気があんまりしないからな」
「山中君、誰よりもグーグー寝てたよ」
「見てたのか?七篠」
「隣のベッドでしょ、いやでも見えるわ」
「なんだか頭が痛くなってきた。鼻水もでるし」
「体調を崩したのかも。熱は?」
「少し」
「仕方ないわねぇ、待ってて。風邪薬持ってくる」
七篠は走るが、走らなくても、もうすでにポケットに風邪薬を常備していることは黙っておいた。俺は体調には気をつかえる男だ。そしてこの薬はしばらく封印しようと思う。
「AI」
「せめてコンダクターとお呼びくれると嬉しいですね」
「ではコンダクター……久し振りに話すが、少し口調が変わったか?」
「気のせいでしょう。ソフトスキンの記憶野は極めて曖昧性を担保していますから」
「ふーん」
「ところで用事があって私を呼んだのでは?」
「あぁ、そうだ」
俺はコンダクターに、キャスパーシステムの解体の進捗を訊いた。
「完全解体とはいきません。大変に難しい作業となりましょう。私にできるのは、中枢であった真理の代行号を経由した全体の抑制くらい」
「停止信号でも送れば無力化できるだろう?」
「そうことは甘くありません。山中の言うようなシステムの脆弱性は設計当初より、トップダウン型システムの課題であったのですから」
「脆弱性ね。安全装置ともいえる」
「私にこだわりはありませんが、キャッツの技術団は極めて合理的判断を組み込んだようです」
「面倒くさいということは、それぞれが独立した個体として活動しているわけか」
「そのとおりでございます。真理の代行号は神として崇められ、強い個を抑制し群体として動かす象徴でもありました」
「ならば、今はどうなんだ」
「新しい神をたてたようです。彼女たちには、神という存在ではなく、その存在によって団結することこそが最重要でありましょう」
「意味なしか」
「そうでもありません」
コンダクターが端末に映像を転送してきた。キャッツプラネタリーネットのトップニュースだ。異教徒となったブリキ野郎、とか激しい言葉が並んでいる。
「信じる神の違いは争う心をときに芽吹かせる。人間にはよくあったことですね?」
機械と人間の宗教戦争か。聞いているだけでゾッとする話だ。
「救急箱ごと持ってきたわよ、病人の山中君」
「おぉ、ありがたいぞ七篠。お前は最高のパートナーだ」
「じゃ、その最高のパートナーにご褒美としてプレゼントを買うべきだと思うな」
「何を?」
「それは山中君が選ばないと」
そういうのは一番困るし悩む。
「コンダクターと話を?」
「ん?うん、そうだ。キャスパーシステムについてちょっとな」
「AIのことはAIに訊け、と」
「そゆこと」
「笹葉とか小嵐に訊いてもよかったんじゃないの?吾妻ちゃんもなんか熱心に勉強してるし。皆んな頼られたいんだよ、捨てられたみたいなクローンばっかりだから」
「クローンの話はよく聞くが、そんなに重要なことなのか?」
「呆れた」
七篠が眉間にシワを作る。
「本気?何よりも重大だって、私は言い続けてきたと思ってたけど」
「クローンも人間だろ」
「違うわよ。クローンと人間は違う」
「……?」
「クローン、複製人間はどっちかというと合成人間アンドロイドのほうが近い。目的を前提に製造されるからよ。山中君は、自分が産まれてきた理由を親から聞いたことはある?」
「いや」
「私はあるわよ。日蝕号のクローンは、それになれなかったから此処にいるけど」
「七篠もか?」
「そうよ?私は、七篠家の娘として優秀な、そして失われた後継の穴を埋めるために製造された。でも両親ーー遺伝子配合の元は、オリジナルの仮面しか見てなくてね、私らしいが、オリジナルと変わらないのに、なんで違うの!ていつも怒っていたわねぇ」
「知らなかったぞ、そんな話」
「あんた、自分は親に虐待されてましたー、て言いふらす女に見えてた?」
「全然」
「そういうことよ」
燃えるような赤い髪、小さな背丈、ちょっと大きい胸。キツい目つきに当たりの強い性格。
俺は、ふと七篠烈花について知っていることをあげても、あまり知らないことに気がついた。彼女は……。
「はぁ……あんた、見てるようで何も見てないわよね……知ってたけど」
「面目ない……」
「食堂に行くわよ」
「どうして?」
俺の腕を七篠の細い、しかし力強く引かれた。
「皆んなが集まってるから!へばって失望されたと思ってる連中が多いの」
「そんなことで失望しない。俺も頭痛くなったし」
「クローンは面倒くさいって話したばっかでしょ。個人で抱えて悶々する面倒くさいのが、あんたの抱えるクローンなんだから、ほら、きりきり歩く!」
食堂の空気は重かった。固定された椅子や机と一体化したように、岩みたいになった連中で溢れかえっている。全員が、ただ腹を満たすためにモソモソ食べている、というだけだった。
「面倒くさい捨て子のクローンども!あんたらがおべっか使うべきオトンが来たわよ!」
ーーパンッ!
ーーパンッ!
七篠が大げさに手を叩いて、無理矢理注目させた。
死んだ目線が集まる。腐った魚みたいな目だ。正直、引いた。というよりオトンてなんだ。お前がオカンなわけなのか。
「あー」
何を話すべきなんだ。どう声をかけるべきなんだ。わからん、何もわからん。
「体調は元気になったか、お前ら」
気怠げな声が、「元気です」とバラバラ答えた。
「俺は、気のきいた言葉はかけられん。だから今日は腹一杯食え。食って、寝ろ」
「はぁ」
「お前!阿保っぽい顔!」
「初対面のときから何かな!?ははーん!!さては照れ隠しで一目惚れだな!?」
「お前は牛の丸焼きとかガフガフ食べてるだろ」
「食ってねーです!」
「嘘つけ。この前、子牛か子豚の丸焼きどっちを食べるか悩んでたろ」
「あの時のかー!冗談なんだよね!本気じゃないのよね!」
「そこの羊!」
「……?……え?これ、これ私か?」
「誰かあの孤独の羊の隣り席を埋めてやれ。ボッチだぞ、労われよ。ひとりでパン食ってるの見て涙がでちまったよ」
「見てたの!?」
どこか壁のある連中の関係性をかき回す。凪じゃ何も変わらない。変化は動きなのだ。
「あの……いいか?」
「子牛食べるてマジ」
「誰かもう何人かこっちのテーブルにこいよ!あっ、でも騒がしいやつはくるな、一匹ヒヨコ並みがいるからな」
「AIの声が聞こえるてどんな感じなの?」
「ちょっとこれ!肉がないわよ、肉が!」
「ベジタリアンども巻き込むんじゃねぇ!!」
「寿司食いてぇなー。一緒に握ろうぜ」
長い戦いになるだろう。KTOに身を寄せたということは、そういうことなのだ。
だが、
「なに神妙な顔してるの、山中君」
「家族だな、と考えてたんだ、七篠」
家を守るように生きようか。彼らの彼女達の居場所なのだ。また失わせたくはないな。
それでいこう。
日蝕号という仮にも軍艦に乗っているのに、酒呑みが楽しみ始めている。俺は大嫌いなアルコールの入った酒をあおった。




