七不思議の夜
Night-nightの後、千歳が高校二年生の夏の話。
ホラーもどきになるはずだったのですが続きませんのでお焚き上げ代わりに。
本編未登場のキャラがちょこっといたりしますがこの段階だけではほぼ差支えありません。
片手に明かり代わりの携帯電話を握りしめたまま、千歳は暗い廊下を歩く。
非常灯くらい点いていても良いのに、其処は真っ暗な闇だ。
緑色のそれは、校舎内にいくつも点在している。普段はあまり意識はしないが、学校という施設の特性上、あたりが暗くなれば非常口が分かりやすいように明るくなるはずだ。それなのに、全くと言ってよいほど、あたりは暗闇だ。そもそも、図書室を出ようとした時、まだ外は明るかった。
おかしなことといえば、まだある。
手にした携帯電話は、アンテナが立っているというのに全く通じないのだ。確かに普段から多少電波が通じにくいとはいえ、圏外表示さえなければ校内でも通信が可能なのは、千歳も日常的に目撃している。それなのに、今はコール音さえ鳴らずにふつりと切れてしまう。メールも同様で、送ったものは何故か自分に返ってきてしまった。
それに、何より。
「皆…何処に」
一緒にいたはずの5人と、はぐれてしまった。それが、一番のおかしなことであり、不安だった。
夏の夜特有の、湿った静かな闇の中を、小さな光とともにただ歩く。
早く、皆と合流して、帰らなければ。
そればかりを考えるようにして、千歳は己の足音すら恐れるように、忍び歩いていった。
清林には七不思議がある。
曰く、ひとりでに鳴る音楽室のピアノ。曰く、準備室をうろつく骨格標本。曰く、プールの底に潜む『何か』…云々。
何処にでもある、他愛もない怪談話。他の学校と違うのは――。
「夜とか夕方とかね、学校で行方不明になったひとが何人か、本当にいるの」
全員ではないけれど、と目の前の先輩は付け加えたが、級友なんてもう耳どころか頭ごと抱えて降参している。
確か、この学校では学校祭の前でも長く残ることが許されないんですね、と千歳が言ったところから始まった話題だった。千歳が以前通っていた学校では、文化祭や体育祭などの前には日がとっぷり暮れてからも作業に没頭する姿がいくつもあっただけに、この学校の体制が少し不思議だった。そういえばそうだねえ、なんておっとりした先輩が同意した時に、普段穏やかな少女が静かに言ったのだ。
学校で行方不明になったとしか思われない状況のひとが、何人かいるのだと。
「神隠し、ってやつですか?」
「ああ…うん、そうだね、一般的にそういう感じ」
一般的に、という辺りできょとんと首を傾げると、突っ伏していた級友がぼそりと言った。
「このあたりでは『原因不明の行方知れず』を神隠しって言わないんだよ。ウチの神さんが来歴的にそういう人柱っぽい要素嫌がるから、その言い回しが浸透しなかったっぽい。むしろそういう訳の分からんのにかっさらわれた時、ウチの神さんの…眷属?みたいなのが助けてくれた、っていう説話すらある」
「凄いセ○ムだね…」
「神様を警備会社と一緒にしないように」
ぴしゃりと元級友に窘められたが、この中で一番件の神様の傍に居る少年は、それぐらいは気にしないさ、と言った後、表情を沈ませる。
「ただ…やっぱり、学校みたいなのは、ちょい特殊だからさ。神さんにすら『見えにくい』らしい」
よくわからない、と首を傾げると、級友は言葉を選ぶ。
「何ていうかさ、更科がたとえたセコムで言えば、学校って場所はそのセコムと契約してねーの。何かあっても、神さんからは分かりにくい。だから、何かあっても、神さんが助けてくれるとは、限らない」
だから、帰ってこない場合もあるのだと。
「勿論、見えれば助けてくれると思うけど」
「うん。それなら、納得」
学校で生徒が行方不明になった挙句帰ってこないという事件が複数発覚すれば、それは学校側も困るだろう。しかし噂好きの高校生たちの中にあって、生徒の口の端に上らないということは、下校時刻までならば特に行方不明が出ていないと汲み取るべきだから、それ以降になる活動を全面的に禁止すれば良い。
「ってか先輩たちもお前らも、ホントあっさり頷くよな、俺の言葉に」
級友の言葉に、頷きに使っていた首を軽くひねる。
「や、俺の言うことじゃねーけど、神さんとか、普通の高校生だったら大体笑い飛ばして終わりだぜ?」
なるほど。
諸事情により人外らしき存在がいる、ということに慣れた千歳には受け入れやすい話だったのだが、確かに普通は違うだろう。
「…まあ、神様も怪異も存在するんだろうな、って思うから」
「俺としては後半要らない…」
神職の息子の割にホラーが苦手という級友に、先輩の少女たちは苦笑をこぼした。
そろそろ下校時刻にもなるし帰ろうか、そう誰かが促した。賑やかな司書の声に見送られ、図書室の外に出た。
少し奇妙な話を聞いたけれど、あとはいつもと同じ、のはずだった。
けれど、何故か気づけば辺りは真っ暗闇。一緒に出たはずの五人の姿は既に見えなかった。
「洒落にならない…」
回想を終えて、愚痴と共に浅く溜息を吐く。
歩き回って少々疲れたこともあり、行儀が悪いのを承知で手洗い場の縁に浅く腰かけ、ついでに蛇口をひねって水を出す。最初のぬるいものをやり過ごし、冷たくなった時点で手ですくう。この辺りは水道水も綺麗だから、飲んでも支障はない。こぼれた水を鞄の中から引っ張り出したタオルでふき取って、もう一つ息を吐く。
状況を再確認する。
辺りは暗闇、人の気配なし。携帯電話は原因不明で使用不可能。他の持ち物は学用品を入れたいつもの鞄ぐらいだ。非常ベルを鳴らせば外部に連絡が行くかと試してみたがうんともすんとも鳴らない。外部からの助けは望みようがない。
しかし、あまり考えないようにしていたのだが――これは、怪奇現象、なのだろうか。
「でも、少なくとも、異常事態」
心配なのは級友だ。ホラーが苦手で怖がりな彼がパニックになっていないか。
先輩の少女たちも気遣わしい。三人ともタイプこそ違えど度胸はあるのだが、やはり異常事態の中で、かつ自分のように一人で引き離されていれば、心細くもあるだろう。
反面、残りの一人は大概冷静な人間だ。この事態でも彼が普段のクールさを保てているかは知れないが、彼が通常運転なら心強い。そういう意味で、早期に合流したい。
「あれ…誰も後回しにできない…」
優先順位が決まらない。
少し悩んで、意味がなかったかと結論付ける。そもそも選んで遭遇できるとは思えない。
空になっていた手持ちのペットボトルに水を補給して、ちらりと最寄りの教室のプレートを確認する。
現在地は本館三階、一年四組の前だった。




