機械仕掛けの小夜啼鳥
※おまけ番外編。『Night-night』本編から8年後くらいの小話二つ。
※あくまでおまけなので、未来にこういうことがありうるよ、というだけ。まるっきり続きません。
※零が変なことになってますが、これで一応予定通りです。
※続きません。(大事なことなのでもう一度)
<小夜の前哨>
「此処、だよね」
ぽつりと呟いて、更科千歳は傘を閉じた。半地下のようになっているらしく、七段ほど下の場所にこげ茶色の扉と、慎ましやかに店名の書かれた看板が見える。一人頷いて、身をくぐらせる。
むき出しのコンクリートの階段は、当然ながら降り込んだ雨に濡れていて、油断して滑らないよう千歳は足を進める。靴裏がコンクリートを打つものよりも、立った水音のほうが高く響いた。
扉を押し開けると、からん、とカウベルが鳴った。正面にはカウンター席が並んでいて、僅かだが厨房の様子を窺うことが出来た。テーブル席は、店の輪郭の内側に沿うように設置されている。橙の灯が点在している店内は、薄暗いというよりは仄明るいと表現するのが正しい。レコードを思わせるレトロな音質のジャズ音楽がゆったりと流れているのも相まって、一昔前の映画に出てきそうな、場末のバーといった風情がある。実際には喫茶店なのだが。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか」
問い掛けられて、千歳は首を振った。
「連れが来ているはずなんですが」
目を転じると、店の奥、入り口を見渡せるテーブル席に待ち合わていた顔を見つける。目の動きでそれが分かったらしく、青年店員は傘立を示した後、目的の席まで先導してくれた。
テーブル一歩手前で頭を下げて彼が立ち去ると、待ち合わせ相手こと羽咋零は本を閉じて、千歳にてのひらを向けた。ありがたくその意味を受け取って、彼の向かい側に座る。
「久しぶり」
「そうだね、久しぶり」
再会の挨拶に応じた声は素っ気無かったが、小さな頷きがあることからそれなりの気持ちはこもっていると判断できた。
この元級友と前会ったのは、確か大学生の時に偶然鉢合わせしたきりだった。そうなると4年ぶりぐらいだろうか。けれど、お互い年は取ったが、あまり変わっていないことは、それこそ雰囲気で何となく察することが出来る。
頷きを返してテーブルの端に置かれていたメニューを手に取ろうとすると、すぐに制止の声が飛んだ。
「止めといたほうが良いよ。此処、喫茶店の癖して珈琲も紅茶も不味い。ジュース系はギリギリ及第点らしいけど」
「………一番外れが無いのは」
「水」
遠慮容赦ない発言がなされたちょうどその時、先程の店員が千歳の分の水とおしぼりを持ってきた。思わずどきりとするが、彼は聞こえていなかったのか、平然と注文を訊いた。また後で、と答えると下がっていく。その背中が遠ざかってから、ぽつりと呟いた。
「何で喫茶店…?」
「むしろ何で潰れてないのかが不思議だね。密談にはもってこいだけど」
とりあえずメニューを元に戻して、おしぼりを包んでいた薄いビニール袋を破る。ほんのり熱いそれは、雨の所為で少し冷えた身体には嬉しい。
手を拭って、本題に食い込むつもりで千歳は話を変えた。
「医学部だったよね。今は医者?」
「……まあ、そんなものだね」
彼にしては歯切れの悪い言葉に首を傾げる。
都合がつく日に会いたいと零から連絡が入ったのは、数日前のことだった。訳あって、零は千歳が生きた都市伝説の継承者であることを知っている。彼の進んだ学部を覚えていたし、先代に引き取られて初めて取り組んだ事件のこともあって、てっきりその関係の話だと思っていたのだが、もしかしたら違うのだろうか。
しかし、千歳の反応に零は難しげに眉を寄せた。
「いや、多分更科の予想は大方あってる。僕の患者に対して、《獏》としての君に頼みたいことがあるんだよ。……但し結構厄介な患者でね」
「……厄介?」
思い出すのは、やはりあの“眠り姫”のことだった。だが、零は千歳の職のことは知っていても、その詳細を知っているわけではないはずだ。そういうことについては千歳もあまり突っ込んで話さなかった。だからその厄介という評はむしろ医者としての判断だろうと思ったのだが、零は難しい顔で続ける。
「僕も医者と胸を張って言えるような人間でもなくてね」
「………もぐり?」
「免許は持ってる」
じゃあ、と首を傾げると、一言、「闇だから」という返事があった。
闇医者。
普通の開業医や病院勤務医を表とすれば、明らかに裏。表立って治せない傷を負った人々の駆け込み寺にもなる。
先程の彼の評の理由が、其処で半分ぐらいは分かった気がした。そもそも、患者の立場そのものが厄介なのだろう。
「……何で?」
確かに勤務医に向いた性格とも思えないが、わざわざ医学部を出て免許まで持っているのだから、いくらでもまともな働き方は出来た筈だ。闇医者として無事に生活を送っているのだから本人の腕は恐らく良いと考えると尚更奇妙に感じる。
「敢えて言うなら、師匠の影響」
「師匠……」
大学の教授やインターンにおける担当では無いだろう。そんなことがありうるなら、何人が真っ当な生活から外れていることになるのやら、考えたくも無い。
一つ頭を振って物思いを振り切って、千歳は尋ねた。
「それで、本題は」
多分、今回の問題では自分とリヤンが主に動くことになるだろう。流石にそんな厄介さをもつ問題では、いりなに手伝わせるのは気が引ける親心がある。
けれど、拒否するつもりは無かった。《獏》の技術を求められた以上、出来るだけ協力する心積もりは、出来ていた。
ほんの少し目を眇めた羽咋零は、彼にしてはゆっくりと口を開く。
店内を流れる音楽が変わり、千歳のグラスの中の氷が一回転した。
<小夜の悪魔>
「……どうやって僕を割り出したわけ?」
「乙女の行動力を舐めないでくださいね!」
回答になっていない。薄い胸を張る少女を、零は呆れた面差しで見下ろす。
制服らしきものを纏った少女の容姿にも、『仙波いりな』という名乗りにも覚えが無いが、彼女が出した名前は流石に記憶にあった。
更科千歳――零の高校時代の同級生であり、日本で唯一の生き残りの《獏》でもある青年。そして、つい先日、零の患者の件で呼び出して協力を要請した相手でもある。
少女は彼の『自称助手』だという。自分で自称をつける辺りを謙虚と受け取るべきか、学生の感性は分からないと年寄り臭く判ずるべきかというところだが、零は彼の性分を存分に発揮して「それは別にどうでもいい」で済ませた。聞くべきことは別にある。
「じゃあ、どうして僕のところに来たわけ?」
「だってチトセ、依頼を受けたみたいなのに、わたしには内緒にしてるみたいなんですもの。チトセが言う気が無いんなら、依頼人に突撃するしかないでしょう!」
いい迷惑だ、と言いたいところだが、少女に伏せているのは更科千歳なりの親心というものだろう。何しろ、患者が厄介なのだから。
しかし、零が言うまでもなく、少女も分かっているのだろう、彼女は続けた。
「そりゃあね、わたしに頼むまでもない、一人で何とか出来ることだっていうなら、わたしだって知らんぷりしていられるんですけど。でも、何だか久々に大事になりそうな雲行きなのに、わたしは何も教えてもらえないんですもの」
子どもっぽさは鳴りを潜め、真摯な面持ちで少女は零を見上げた。
「わたし、自分が出来ることなんてちっぽけだって自覚ぐらいあります。それでも、出来ることがあるかもしれないって思ってしまうんです。何もかも手に負えない事態なら、せめてどういうことが起こっているのかぐらいは教えてもらえれば諦めが付くのに、って思います」
「更科に言いなよ、そんなことは」
「言いましたよ。申し訳無さそうに却下されましたよ」
拗ねるような調子になって、少女は腕を組んだ。更科千歳には、ただ気弱なようでいて、そのくせ妙に折れないところがあるようだ。それぐらいの気質がなければ、《獏》という都市伝説を頼ってくる有象無象を相手にしきれないだろうが。
しかしそれを分かっていてなお諦めきらないこの少女もまた、ある意味で曲者だろう。強引というのとはまた違う、正攻法で飛び込んでくる一途さだ。まっすぐ過ぎて、読みきれない。
「君さ。どうしてそんなに更科に拘るの?」
「そりゃあ、チトセが好きだからですよ」
溜息混じりを隠そうともしない零の言葉に、少女は迷うことなく即答した。
「好きな人の役に立ちたいって思うのは、そりゃあ総合して考えれば、普通に微笑ましい感情じゃありません?」
「微笑ましいかどうかはまあ置いておいて、そこそこ、解せる論理ではある」
「あ、ちょっと意外です。お兄さんクールそうですもの、『理解できない』って言われるかと思ってました」
素直に驚いてみせた少女にどう反応しようか、少々零は眉を顰めたが、構わず彼女は本筋に戻った。
「我儘だって分かってます。だけど、わたしにはどうしても必要なんです。出来る限りで良いですから、お話してもらえませんか?」
懇願というにはあまりにもまっすぐな視線で、少女は告げる。
「……………趣味が悪いね」
こんな事件に好奇心ゆえ以外で首を突っ込もうとすること。そして、更科千歳に入れ込んでしまっていること。
そんな意味を込めて呟いた零へと、少女はにっこりと笑った。
「しょうがないです、多少の悪趣味は」
だってわたし、“悪魔”らしいですから。
数度目かの溜息を吐いていた零は、少女が小声で付け足した言葉を拾うことはなかった。




