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珠巡り  作者: 桜咲 雫紅
二章 記憶
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緊張感持ちましょう

またずいぶん間が空いてしまいました。すみません。自分のやりたいことをやっていたら、いつの間にかゴールデンウィークがすぐ目前に迫っていました・・・。これからまたコツコツと更新していきますので、楽しんで頂けると嬉しく思います。

螢斗の言葉を遮ったのは、この場にするはずのない第三者の声だった。一瞬早く気配に気付いた螢斗はすぐさま武器を構えて警戒態勢に入るが、桜は変わらず棒立ちのまま虚空を見ていた。それも気になったが、今は突如(とつじょ)現れた第三者に集中を余儀(よぎ)なくされていた。


それまでの人懐っこい笑みを浮かべていた笑顔(かめん)がわずかにはがれ、隙間から苛立ちが覗く。冷めた眼差しが見据える先にはいつの間にか人が立っていた。


「№5。何しに来たのですか?」


「何しに来た、ですって?あんたの独断行動を止めに来たに決まってるでしょ。それ以外に理由があるとでも言うの?」


姿は中学生か、見積もっても高校生ぐらいであろう。ライトグリーンの瞳に金髪の髪を持つ見るからに外国人風の顔立ちの少女。西洋風のワンピースを身に纏(まと)い、明らかに校舎の中で浮いていた。


「ちっ、気づかれましたか。今回は自分なりに上手く抜け出したと思ったんですが」


「残念だったわね。№1を出し抜こうなんて百年早いんだよ。さて、№4も見つけたことだし・・・・・。お腹減った・・・」


そう呟きお腹を押さえる少女。ポケットを探ると黒い財布が出てきた。中にはお馴染みの十円玉と五円と、何故か1フラン。


「何故十五円と・・・なぜに1フラン?これじゃあパンも飴も買えない・・・」


「飴は買えるんじゃないですか?」


「この学園に十五円と1フランで買える物はないですよ」


力が抜ける会話にも関わらず、真面目な顔で螢斗が親切に教える。№5は困ったように笑って金を手のひらで弄(もてあそ)ぶ。


「本当?それは困った・・・・・・。てな訳で、お金くれない?」


「わざわざこんなとこまでお金をせびりに来たのですか?相変わらずですね。№5」


さっきまでの殺気と緊張感は何処へやら。骸骨と螢斗が呆然と見ている中、二人はわずかに残った殺気と緊張感をも吹き飛ばしていく。


「あんたを探してたからお腹が減ったんだから、責任を取るのは当然でしょ。早くお金ちょうだい」


「あぁ。すみません。今大きいのしかないんですが、これで足りますか?」


ズボンの後ろポケットからどこぞの高級ブランドの長財布を取り出し、その中から諭吉さんを三枚引き抜いて差し出す真道の顔は真剣だ。しっかりと財布の中身を網膜に焼き付けてしまった少女はガクリと両膝をつき、絶望感たっぷりに呟いた。


「これが、差・・・」


『緊張感、無サ過ギダナ』


やり取りを見ていた炎桜が感想を呟く。螢斗も頷いて同意を示す。数秒そうしていた少女はよろめきつつ立ち上がり、ようやく螢斗達に気づきいて真道に聞いた。


「こいつら、誰?」


「気づくのが遅いですよ、№5。彼らは三珠の者です」


「骸骨も?」


「そんな訳ないでしょう。あの骸骨は我々が求めている方の異能の具象化です。動いて喋る骸骨ですよ」


「へえ、面白い」「思い、出した」


少女の楽しそうな声と震えた声が重なった。震えた声を発した人物が、今にも泣き出しそうなほど顔を歪ませている。


「私・・・・・私ッ・・・は」


次々に甦る記憶。その記憶全てが血濡(ちまみ)れで、血塗(ちぬ)れて、赤く染め上げられた記憶。よみがえる記憶は全て血に染まっていて、血生臭いものばかり。それも何故今まで忘れていたのか不思議なくらい、鮮明に。


カタカタ震える手が、身体が、床が、どす黒い赤に染まっている。これはすべて、自分が手にかけた者達の中に流れていた、血(モノ)。



どっくん



焦点の合っていない瞳がこれ以上ないほど見開かれる。


そしてもう一つ。


忌まわしい記憶の蓋がわずかに開く音がした。次々に浮かんでは消える記憶の断片(かけら)が脳裏の中にガラスの破片のようにキラキラ漂う。






炎に呑み込まれていく建物と耳をつんざく悲鳴。


宙に幾筋も走る軌跡と閃光。


紅く燃え上がる空。



「なんでッ。なんでお前がこんな運命(さだめ)を負わなきゃいけないんだ・・・ッ」壁を殴りつけ、血を吐くように呻くのは――――



一つ、また一つと消えていく声。


浅くなる呼気。


静寂(しじま)に浮かぶ哀しげな満月(つき)。



「ごめんなさい。ごめんなさい・・・」嗚咽(おえつ)混じりの声で謝罪を繰り返すのは――――



広がるのをやめた水溜り。


濃い鉄の臭い。


現実を照らす光。



「光を選んでも闇を選んでも、この方の未来には死しかありません」目を伏せて苦しそうにそう呟くのは――――



投げ出された手足。


冷たく動かない身体。


聞こえなくなる鼓動。


闇に染まる世界。



「お前が、俺を壊してくれるのか?」桜が舞い散る中、そう問い掛けたのは――――



届かない指。


かすかに動く唇。


とめどなく降り注ぐ透明な雫達。



「ぜんぶ、忘れていいよ。俺がッ・・・覚えてるから」とても哀しそうな、喉の奥から絞り出され言葉は――――



舞うのは緋色の欠片(かけら)


消えるのは薄桃色の花片(かけら)


伸ばした手のひらをすり抜けていく温もり



「どうか、幸せに――――」そう、紡ぐのは・・・







『副作用ダ!今ノ桜ハ過去ノ思イ出シタクナイ記憶ガ甦リ、情緒不安定ナ状態ニ陥ッテイル。コノママダト』


「桜!!」


螢斗の呼びかけにも反応せず、桜はガクッと両膝をついて頭を抱える。傍目にもわかるほど彼女の身体は震えていた。


「どうしたの?あの子」


「第三の異能の副作用でしょう。今の彼女は第三の異能と共に封じられていた思い出したくない記憶の中にいる。我々の声はおろか、姿すらも認識していない。このままだと」



どっくん



心臓が脈打ち、桜の喉がひくりと鳴る。紅玉色の瞳が極限まで見開かれ、瞬きを忘れたような瞳から涙が零れ落ちる。


「うあぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ」


桜の絶叫と共に紅桜色のオーラが爆発し、骸骨へと姿が変わっていく。


『異能ノ暴走ダ』「異能の暴走が始まりますね」


骸骨達は次々に生み出され、螢斗達へ、より正確には生者へと手を伸ばす。某映画のゾンビのようだ。それを目にした螢斗はさすがに冷静を保っていられず上(うわ)ずった声で炎桜に問う。


「どうなってるんだ!?桜は・・・ッ」


『異能ノ暴走ダ。アイツハ無意識ノ内ニ自ラノ異能ヲ抑制スル癖ガアル。ダガ、我ハ使ウト歯止メガ効カナイ。無理ニ抑エヨウトシテ、暴走シタンダ』


「異能を抑制?何で?」


『十年前ノ事件ノ時起キタ事ハ、全テ父親ガ我ト共ニ封印シタ。ダガ、心ノ奥底デハ、魂ハ、十年前ノ事ヲ覚エテイタ。自分ノ異能ハ危険ダ。ソウ感ジタアイツノ魂ハ己ノ異能ヲ抑エル事ニシタ』


自らの体を両腕で抱き、絶叫する桜。螢斗はその声を聞き、顔を歪ませる。なんて苦しそうな、つらそうな声で叫ぶんだ。


『コノ骸骨ハ今マデアイツノ目ノ前デ死シタ者達自身。少シデモ触レラレタラ骸骨(やつら)ノ死因トナッタ傷、痛ミヲ全テ受ケ、感ジテ死ヌ。一体一体死ニ方ハ違ウカラ運ガ良ケレバ即死ハ免レル』


ということは、この骸骨達に触れられたら桜の目の前で死んだ者の誰かと同じ傷、痛み、苦しみを受け、感じて死ぬってことか。


最後にあまり嬉しくない励ましを受け、螢斗は出かけた抗議をすんでのところで呑み込む。


「厄介だな」


どこぞのホラー映画のワンシーンのように数多の骸骨が両手を伸ばし、螢斗達に群がってくる。鎌に炎をまとわせて構えながら疑問を投げかける。


「こいつらは何を頼りに俺らを捉えてるんだ?」


目も見えていないだろうし、もちろん鼻も耳も利かないだろう。なのに何故正確に自分達目掛けて群がってくるのか。


『貴様ラノ魂ヲ感ジ取ッテイルンダ。生キテイル限リ、コイツラカラ逃レル術ハ無イ。特ニ異能者ニ過剰ナ反応ヲ示ス。異能ノ波動ヲ感ジテイルンダ』


「おやおや、これは怖いですね」「うそつけ」


うそ臭い言葉を呟きつつ骸骨を斬り伏せていく真道こと№4。彼の言葉を一言で斬り捨てる№5。


横目にそれらを捕らえつつ螢斗は群がる骸骨を薙ぎ倒して紅桜色の炎を瞳の部分に灯した炎桜に鋭く問う。


「どうすれば止まる?」


『アイツヲ気絶サセルカ殺スシカナイ』


「気絶な」


迷いなく言い切ると一気に間合いを詰める。が、骸骨が邪魔して上手く桜の元へ辿り着けない。斬っても斬っても骸骨は再生していくのだ。多勢に無勢とはこのことだろう。おまけに少しでも触れられたらいけないという忠告が積極的な攻撃を躊躇(ためら)わせている。


「キリがない」


「こちらの体力が持ちませんね」


「骸骨キモッ。天空 桜(あいつ)、始末しちゃおうよ。№4」


「いけませんよ、№5。№1に怒られてしまいます。あなたはあの方に殺されたいのですか?そういう願望があるのでしたらあなた一人でおやりなさい。僕はご免です」


「ちぇ~」


炎で燃やそうが両断しようが粉々にしようが何度も何度も再生して襲い掛かってくる骸骨。死滅の異能で斃(たお)した骸骨はさすがに再生しないが、それが無意味になるほど新たな骸骨が襲い掛かってくる。桜に近づこうとするが、骸骨に阻まれ一向に距離は縮まらない。むしろどんどん遠ざかっている。もどかしさに唇を噛んだその時。


「桜!!」


突如(とつじょ)響いた声は今ここにいないはずの人物の声だった。螢斗は周りの骸骨の足を斬り、良好になった視界に声の主を探す。声の主は右足を引き摺(ず)り、壁に身を預けた姿で立っていた。彼の後ろの廊下は彼が歩いたであろう足跡が血痕(けっこん)によってあらわになっていた。彼が身を預けている壁にもべったりと血が付着している。


「恭哉!何故来た。治療は・・・」


「龍先輩と姉貴を治療してる間に、逃げた。足の傷は、焼いて血止めしたんだけど・・・・・開いたっぽい」


軽い口調で言ってはいるが、顔色が悪い。新たな生者を感じ取ったのか、骸骨が恭哉の方へ向かっていく。


「螢斗さん。何で桜、叫んでんだ?」


低く剣呑(けんのん)になった恭哉の声に気づいてか、螢斗はゆっくり落ち着かせるような口調で自分の知りえる情報を手短に話す。


「過去の思い出したくない記憶が、フラッシュバックしてるみたいなんだ。桜は今、俺達の声はおろか姿さえも認識していない。桜に見えているのは、過去の思い出したくない記憶のみらしい」


「この骸骨共は?」


「桜の思い出したくない記憶。敵、味方関係なく桜の目の前で死んだ者達だ。触れられると死んだ人の傷や痛みを受けるらしい」


「そうか」


恭哉は螢斗から桜へと視線を移す。ここからでも桜の体が小刻みに震えているのがわかる。彼には聴こえたのだ。助けを求める、桜の声が。



――――独りでいい。



深い悲しみに彩られ、暗い絶望に今にも押し潰されてしまいそうな桜の心の声が。



――――失ってしまうなら。壊れてしまうなら。最初から、無い方が。



あの雨の日のように、自らの心に蓋をして膝を抱えている。


「桜」



――――求めてしまわないように。縋(すが)りついてしまわないように。独りでいよう。



誰よりも大切な者の脆(もろ)さを、儚(はかな)さを、温かさを、温もりを知っているからこそ、亡くすことに耐えられない。桜は優しすぎるから。


それでも。そうだとしても、俺はッ。


「桜!」


一歩一歩ゆっくりと、しかし確実に歩を進めながら声を張り上げる。


「俺、あの日も言ったよな!」


桜の耳に、心に、魂に届くよう切なる願いを込めて。


「俺はお前を独りにしたくない。我が儘(まま)だけど、俺はお前と一緒に居たいんだ」


彼の体から微量に流れる波動を感じた骸骨が群がってくる。足を負傷している彼に避けるだけの体力はもはや残っていない。息を詰めた彼の前に二つの影が滑り込む。


「紅翼流剣術一式二番『草薙』!」


「邪魔ですよ」


低い位置から真横に振り切った螢斗が骸骨の足を薙(な)ぎ倒し、真道が斬り伏(ふ)せる。驚いて真道の顔を凝視すると、彼は意味深に笑ってみせた。


「貸しにしときますよ。ここで天空 桜に壊れられては困りますから。僕、まだ死にたくないんで」


「それはどうもっ」


軽い口調で返した途端右足から力が抜け、頭がぐらぐらした。過去何度目かの経験なのでわかる。血を流し過ぎたのだ。それでも恭哉は止まらず右腕で右足を無理矢理動かす。激痛に眩暈(めまい)がしたが、それも振り払って歩を進める。あと少し。


決めたんだ、あの日から。俺が、桜を守ると。身体も、心も、魂も、全て俺が護ると。


一生桜を護り続けると。


「俺はお前に光を貰ったんだ。桜がいたから、俺は前を向いて歩いてこれた。お前がいたから、俺はこの世界に光を見出せたんだ」


壁についていた左手を桜に伸ばす。いつの日か言われた言葉が脳裏を掠(かす)める。



――――手を伸ばせば、いつだって。



あぁ。本当に、その通りだ。


「言っただろ。 俺が守ってやる。お前の守りたい者は俺の護りたい者だ。俺も一緒に守ってやるって」


左手が桜の薄黒の髪に触れる。恭哉は桜の頭を引き寄せ、そのまま抱き締めた。そしてそっと彼女の耳に囁き掛ける。


「戻って来い。桜」


俺の元に、戻って来い――――









目の前に、もう何度目かの血生臭い記憶が、自分が殺めた者達の姿が繰り返されている。叫ぶ気力も体力も、もう尽きた。ただただその光景を見つめているだけ。目をそらす事も出来ず、閉じる事も叶わない。桜の精神(こころ)は崩壊寸前(ほうかいすんぜん)だった。


そこへ、


「桜」


声が、聴こえてきた。聴こえてきた声はとても大切で、切ないぐらい温かくて、これ以上ないほど優しい声。でも、返事はしない。口を開いたらきっと、縋(すが)りついてしまうから。


助けて、と言ってしまいそうだから。


一人でいい。私と関わったら、私が大切だと思ったら、それだけで容易く零れ落ちてしまう。壊れてしまう。


大切だから、失いたくない。失いたくないから、もう大切なモノはいらない。大切なモノがなければ、失わなくて済む。


だから、独りでいいんだ。



――――死神。



その言葉が私にはお似合いだ。


「桜!」


呼ばないで。私はあなたの言葉には答えられない。私のような死神に、答える資格などないのだから。



―――― 甘えてんじゃないよ。



いつの日にか誰かに言われた言葉にはっと瞠目(どうもく)する。



――――それは逃げてるだけ。



逃げてる。私が・・・。


そうだ。差し出された手から、向けられた笑顔から、私は逃げてきた。


怖かった。また失ってしまうことが。だけど・・・。


「「桜」」「桜ちゃん」


何度も何度も呼んでくれる人達(こえ)に、私は無意識に応えていた。差し出された手を握ってしまっていた。そのことに気づかない振りをして逃げているのが甘えだと指摘されたのだ。


一度応えてしまった人達(こえ)から離れる勇気もないくせにその事実から目を背けていた。そのことが皆を傷つけていた。それを思い知らされた言葉だった。


大切なモノを失くすつらさを嫌というほど思い知ったはずなのに、いつの間にか大切なモノをまた背負ってしまった。背負った大切なモノはとても重くて、それでもその重いモノを捨てることはどうしても出来ないのだ。


「俺、あの日も言ったよな!」


あの日・・・?わからないけれど、不思議と心に沁み渡っていく言葉。


「俺はお前を独りにしたくない。我が儘だけど、俺はお前と一緒に居たいんだ」


なんでよ。独りにさせて。私は独りがいい。


一度知ってしまった温もりは温かくて、優しくて、泣きたくなるほど幸せで、失いたくないほど大切だった。 だけど、その温もりはもうない。だから私は、独りでいることに決めたの。


お願いだから独りにさせて。もう二度と、失くしたくないの。


失うときの絶望を思ったら、独りでいたほうが何倍もマシ。


「俺はお前に光を貰ったんだ」


私が、光をあげた?


「桜がいたから、俺は前を向いて歩いてこれた」


私がいたから・・・?まったく覚えがないんですが。


「言っただろ」


いいや。知っている。この心に響いてくる声は・・・。


「俺が守ってやる。お前の守りたい者は俺の護りたい者だ。俺も一緒に護ってやるって」


その言葉が傷ついた桜の心に、魂に沁み渡っていく。一歩、足を踏み出す。


「戻って来い。桜」


囁かれた声と共に抱き締められている感覚が伝わった。思い出した。この温もりは・・・。


「恭・・・哉」


小さく呟くと繰り返し見せられていた光景が嘘のように消えた。それと同時に驚いたような声が耳を打つ。


「骸骨が」


「消えていく」


『暴走ガ、止マッタ。何故』


炎桜は動揺(どうよう)を隠し切れないといった様子で恭哉に抱き締められて荒い息を繰り返してる桜を見る。同じく彼らを見ていた螢斗がなんて事ないとでも言いたげな口調で呟く。


「恭の声が、届いたんだよ」


不意に桜の身体から力が抜け、恭哉が更に強く抱き締める。そうしないと怪我と出血で弱っている彼には支えきれない。どうやら『リミット』したらしい。


『異能ノ使イ過ギデ気ヲ失ッタンダ。失血ノセイモアルガナ』


「あいつら、いつの間にいなくなったんだ」


真道と№5の姿は消えていた。まぁ今はその方が良かったが。


「桜・・・」


意識を失いぐったりしている桜を大切そうに抱き上げた恭哉はぐっと目を閉じた。痛切に桜を護りたいという思いが今まで以上に心の中を占める。


ゆっくりと開いた双眸には、強い意志がこもっていた。


「俺、決めた。桜が目覚めたら・・・」










乱立する木々の中、二つの影が揺らめく。


一つは左右へぶれつつ、もう一つは大きくなったり小さくなったり。


「ふっふふ~ん」


ぴょんぴょんと弾むような足取りでスキップをしながら上機嫌な鼻歌を歌っているのは先ほどまで三珠学園の特別棟にいた№5である少女。頬を高揚させ、これ以上ないほど嬉しそうな表情で時に回り、時に見つけた花を摘み取っていきながら先へ先へ進んでいく。


「何が楽しいんだか、理解しかねますね。僕らは任務に半分失敗したんですよ。お叱りを受けるのがそんなに嬉しいんですか?だったらあなた一人で行ってください」


心底からげんなりした様子でダークブラウンの髪をぐしゃぐしゃにかき回すのは真道こと№4。その唇から重いため息が吐き出された。聞く者すべてを不幸に陥れそうなほど重い、重過ぎるため息だ。


「ダメですよ、№4。あたしはあんたを連れて来てってあの人に頼まれたんだから。あたしはあの人の頼みだけは断れないの。わかってるでしょ」


身を翻して逃亡を図ろうとした真道の服の裾を素早く捉え、問答無用で引き摺(ず)っていく。どこからどう見ても中学生にしか見えない少女の力とは思えない。その細腕のどこに大の大人である真道を引き摺る力があるのだろうか。


「とかなんとか言って、結局はあの人に褒めてもらいたいだけでしょうに。魂胆見え見えなんですよ。自分の欲望のために仲間を売るとはね」


「なんとでも言えば?あたしはあの人に褒められるためなら何でもやれるの。仲間を売ることも――――人を殺すことも厭(いと)わないよ」


ふふっと恋する乙女のように両手を組み合わせ、うっとりとした眼差しが天を見上げる。物騒な内容にそぐわない実に可愛らしい表情である。服から手が離れたのを認め、すかさず脱走を試みる真道。が、その足は数歩も行かないうちに止まった。


「どこへ行くのですか?№4」


穏やかな問い掛けに真道の顔に緊張が走り、赤い瞳が気まずげに斜め上へ泳ぐ。どんなときでも動じなかった彼の人懐っこい表情に初めて亀裂が入り、奥にある感情がちらっと顔を覗かせる――――焦りだ。


「九頭竜さん!!」


そんな彼を力一杯押し退け、歓喜の声を上げた№5がすごい勢いですっ飛んでいき、彼の前でピタッとうそ臭いほど唐突に止まった。


「ご苦労様、№5」


労いの言葉をかけたのは二十代後半ぐらいに見える男性。光を弾く白銀の髪が彼の動作につられてさらりと流れ、髪と同じ色の瞳が至福のあまり今にも倒れそうな№5を映す。人目をひくほど綺麗な顔立ちだが、直視するのを躊躇わせる何かをかもし出している。よしよしと子供を褒めるように頭を撫でられ、№5の顔が熟したリンゴより赤く染まる。熱を出してもここまで赤くならないだろうというほど。


「№1・・・」


諦めのため息を吐いた真道が流れるような動作で片膝をつく。無機質な白銀の瞳が自身の目前で跪いた真道を映し、口元に薄っすらと笑みが刻まれた。


「どうでしたか?」


「仰ったとおり、素晴らしい異能でした。そして、あなたが彼女に興味を持つ意味もわかりました」


「そうですか」


笑みが深みを増した。瞬間、真道の胸に赤が咲いた。


「――――っ!!」


胸元を押さえている真道の手が見る見る赤く染まっていく。堪らず両膝をついた真道の顎を指ですくって上げさせ、苦痛に歪んだ顔を眺める。


「なかなかいい表情をしますね。№4。もっと見せてくれますか?その苦痛に染まったあなたの表情を」


「・・・ぐ・・・ぁ・・・」


血に染まった手を退かし、その下にいくつもある直径一センチ程度の傷口の一つに指を這わせる。襲い来る痛みに真道の顔がさらに歪む。嗜虐的な色で綺麗な白銀の瞳を塗り潰した№1は鮮血に染まった指を傷口から離し、唇を噛んで耐えていた真道を解放する。


「帰りますよ。№4。№5」


「はい!」


ペロッと赤く濡れた指先を舐め、傷を負った真道を放置して歩き出す。その後を№5が元気一杯の返事をして追いかけ、さらにその後をよろめきつつ立ち上がった真道が続く。


「九頭竜さん。今回のお仕置きはあれだけでいいんですか?」


ちらっと後方に視線を投げながらつまらなさそうに唇を尖らせる№5の問い掛けに、クスッと愉しげな笑みを返した№1は頷く。


「えぇ。良いモノを見れたので、今日はあれだけにしておきます」


「良いモノ、ですか?」


ムーと難しい難題を解く子供のような顔をして小首を傾げる№5には何も答えず、手についた血を横に振ることで払う。


「あの日から何も変わらない、真っ直ぐな眼差しを、ね」

これで第二章終了となります。振り返ってみると長かったような、短かったような、下書きの状態から随分と改変したなという感想が出てきます。


珠巡りはこれで終わりではなく、次は三章に突入します。どうぞお楽しみに。

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